ワクワクするストーリーで世界遺産の価値を伝えます

藤居 重雄
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藤居 重雄

私、藤居重雄は、博物館の展示や観光ガイダンス施設など多くの展示施設づくりに携わっています。今回は大牟田市石炭産業科学館に整備された、世界遺産ガイダンス施設づくりの業務で感じたことをお伝えします。

世界遺産がドラマチックに輝く時!

福岡県大牟田市三池港のほとり。ここは、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」に登録されている石炭産業遺産の三池港の閘門(こうもん)を正面から眺望できる岸辺です。大牟田市は、この開け放たれた閘門に夕日の光が丁度差し込む現象を「光の航跡」と名づけてアピールしています。年に2回10日間ほどしかない特別な時にあわせて沢山の人々が集まり、世界遺産の光のドラマに酔いしれるようになりました。

驚き! 100年先を見据えた「三池港」が今も活躍


古写真:団琢磨肖像写真、三池港閘門完成当時の様子

大牟田市を中心にしたエリアに広がる三池炭鉱は、日本の明治期の産業の近代化や戦後復興期のエネルギー供給を石炭で支えてきました。ところが当時の三池炭鉱は、干満差の大きい有明海に面し干潟が広がるため、水深が浅く大型船が入港できませんでした。炭鉱で採掘された石炭は、小型船に積み込んで大型船が接岸できる港まで運び、そこで積み替えて各地へ送るという低効率高コストという輸送問題を抱えていました。それを解決すべく造られたのが「三池港」です。海岸を埋め立て、沖合3kmに伸びる長い堤防を2本築きその間を浚渫し、更に干潮時に水が港湾から出てしまわないように閘門を設け、1万トンクラスの輸送船が入港できる港を完成させました。明治政府から三池炭鉱を買い取った三井財閥の団琢磨(団は、買い取り後に三井財閥に所属/作曲家団伊久磨の祖父にあたる)は築港に際し、『石炭が尽きても地元の人が生活できるような置き土産が必要。築港をすればいくらか100年の基礎になる』と語りました。1908年の完成から113年経た現在も重要な港湾として地域の産業を支える、稼働中の世界遺産として輝きを放ち続けています。

世界遺産が新しい価値基準で決まる時代に変化してきた

みなさんは世界遺産といえば、どんなイメージをお持ちでしょうか? 屋久島、姫路城、法隆寺が良くあがりますが、屋久島は日本固有縄文スギ。姫路城は、日本の城を代表する存在。法隆寺に至っては世界一古い木造建造物など、世界中の人々が納得できる分かり易い価値基準を持ったものが大半でした。ところが近年、この世界遺産に幾つかの変化が起こっています。その一つが「シリアル・ノミネーション」です。

「シリアル・ノミネーション」とは、地理的に離れたいくつかの文化財をひとつのストーリーの下でひとまとめにして推薦することで、「複数の連続性のある資産の推薦」と訳します。例えば「明治日本の産業革命遺産」は、23の資産で構成されており、北は東北から南は九州まで全国に散らばっています。その資産全部をつなぐことで、日本の産業革命の大きなスト―リーが見えてくるといったことです。

23の資産全体の「明治日本の産業革命遺産」の価値を伝えるストーリー

日本は明治期初頭に工業立国の土台を構築し、製鉄・製鋼、造船、石炭産業という重工業分野において、急速な産業化を成し遂げてきました。日本政府は、推薦書を通してユネスコの世界遺産センターに、以下の3段階のストーリーで産業化の歩みを説明しています。

1.「試行錯誤の挑戦」蘭書をもとに大砲鋳造や洋式船の模倣に挑戦した時期
2.「西洋科学技術の導入」直接、西洋技術を導入して運用することで知識を習得した時期
3.「産業基盤の確立」人材が育成され、国内需要や社会的伝統に合うように改善した時期

この3段階を経た50年余りの短期間に、日本は非西洋諸国で初めて産業革命を成し遂げました。ここでは詳しくは説明しませんが、そこには明治期の日本人たちが、涙がでるほどの努力と失敗の末に成し遂げた、幾多のドラマがありました。

見るだけでは分かり難い、市内のあちこちに残る近代化産業遺産の価値


世界遺産:宮原坑、三池炭鉱専用鉄道

団琢磨は、三池港閘門以外にも新しい技術導入に積極的に取り組みました。坑内で大量に湧き出る地下水との闘いにおいて、イギリス製の最先端・世界最大級のデビーポンプを導入し、これを克服しました。また、産出した石炭を効率よく三池港に運ぶために専用の鉄道をつくりあげるなど、日本最大規模の炭鉱としての発展に尽力しました。これらの足跡は、世界遺産の構成資産「宮原坑」や「三池炭鉱専用鉄道」から伺い知ることができます。


近代化産業遺産:(左から)宮浦坑跡、大牟田市市役所本庁舎旧館、三井港倶楽部、旧三川電鉄変電所

大牟田市では世界遺産に登録された資産以外にも石炭産業由来の遺産が多く残されていて、この特徴を活かした「近代化産業遺産を活用したまちづくり」に取り組んでいます。地域の財産が「世界の宝」になることで、市民にわがまちへの愛着と誇りを強く持つきっかけとしようというねらいです。しかし、産業遺産という性質上、ただ資産を見るだけでは、その価値を見出しにくいため、いかに知的探究心を深めて遺産を楽しく理解してもらうかが課題でした。そこで、今回大牟田市石炭産業科学館の世界遺産ガイダンス施設が、その課題解決を担うために整備されることとなりました。

分かり易いストーリー展開とインパクトあるビジュアルで遺産周遊につなげる

一見バラバラに見える市内の遺産群も、三池らしい特徴があるはずです。悩みましたが、石炭産業科学館の坂井館長より、以下の三池炭鉱3つの特徴をアドバイスいただきました。

1つ目:国内で最も古い室町時代から石炭の記録が残り、閉山後の今も石炭産業が継承中
2つ目:三池炭鉱の光の部分だけでなく、苦難の歴史もある。この両面を併せて伝えたい
3つ目:石炭産業の流れや時代技術の変遷が、概ね環(リング)状に市内を巡っている
石炭産業の環【採炭(坑口)⇒運搬(鉄道)⇒出荷(港)】
時代と技術の環【室町(人馬の力)⇒近代(蒸気の力)⇒~現代(電気の力)】

3つの特徴を市民、観光客に分かり易く伝え、石炭産業科学館を起点にして産業遺産の周遊につなげるために、主人公の少年が産業、時代と技術変遷の時空をめぐるストーリー展開の「三池のヒストリー映像」とインパクトのあるビジュアルで環(リング)状の遺産周遊をアピールする「プロジェクションマッピング」の2つをガイダンス展示のメインコンテンツとしました。


ドラマ映像:三池港の線路跡に興味を持った少年は、ここで出逢った古風な青年と一緒に石炭発見の旅に出る


ドラマ映像:少年と青年は、団琢磨の時代、戦後の活況、三池炭じん爆発など、時の環を巡る

「三池のヒストリー映像」は、約8分のドラマ性のある映像ソフトです。中学生の少年“みらいくん”が、三池港で興味をもった鉄道跡をきっかけに古風な青年と一緒に石炭発見の旅に出ます。団琢磨の時代の挑戦、戦後の活況、三川坑炭じん爆発、三池争議など、来観者は“みらいくん”といっしょに産業・時代と技術の環を巡ったような気分でドラマに感情移入してもらうことで、市内に点在する産業遺産の意味やそこに石炭産業の“光”と“苦難”の両面があり、石炭産業の炎は今もここに継続していることを理解してもらう効果をねらっています。


(左から)三池のヒストリー映像:少年が産業、時代と技術変遷を巡る 導入:明治日本の産業革命遺産を紹介


プロジェクションマッピング映像:環状の周遊をアピールするマッピングシーンと環状のフィールド地図

「プロジェクションマッピング」は、展示室床面の径6mの航空写真に近代化産業遺をプロットした地図に映像を投影します。産業、時代の環をめぐるシーンをリズム感あるテンポとメリハリのあるビジュアルで展開。100年先を見据えた団琢磨の名言で締めくくり、環(リング)状に広がる遺産周遊を印象的に伝えています。説明とは異なる体感的演出を楽しんだ来館者は、実際にレンタサイクルに乗って石炭産業科学館を起点に、終点の三池港を目指して周遊したくなる気分に誘うことをねらっています。

世界遺産も展示企画もワクワクするストーリーづくりが大事

今回、大牟田市の世界遺産ガイダンス施設を通じて、「産業、時代の環をめぐる一連の流れが100年以上を経た今も現存していることは凄いことで、この遺産の価値を実際のまちめぐりを通して感じて欲しい」この想いをどんなストーリーでつないで、伝えるかが私の中での重要なテーマでした。

冒頭に紹介したように、「100年後の人たちが三池港閘門を日没の光を絡めて産業観光のストーリーを展開するとは、きっと団琢磨も想像しなかったかもしれない」。私はこんなことを考えながらも、世界遺産ガイダンス施設の展示企画に取り組みました。その中で生まれたのが、ドラマ仕立ての映像展開で遺産のもつ多様な価値を伝えて、インパクトあるプロジェクションマッピングで遺産周遊に誘うストーリー展開でした。

実は撮影の中で面白い発見がありました。団琢磨役の俳優が、三池港など様々な遺産に佇むと、本当に当時ここに団琢磨本人が立って考えをめぐらせたのでは?と感じられるシーンが多々あったのです。産業遺産の景色が全く違って見えた瞬間でした。館長に伺うと、実際に団琢磨を俳優が演じてみせる映像は、今まで無かったとのこと。どうやら産業遺産を舞台にドラマを演じることで、その映像を見た人にリアリティのある物語を現地で感じさせる効果がありそうです。みなさんも石炭産業科学館でガイダンス施設をみてから、遺産周遊をしてみませんか?きっとあなたに何かを語り掛けてくるかもしれませんよ。

産業遺産の価値はその数だけ多様な価値が存在します。
みなさんでしたら、どんなストーリーでつないでその価値を伝えますか?

大牟田市石炭産業科学館、館長坂井さま、株式会社アクロス、関係者のみなさま心より感謝を申し上げます。


ドラマ映像シーン:団琢磨役と青年役の撮影シーン

リンク:
福岡県大牟田市 大牟田の近代化産業遺産ホームページ
大牟田市石炭産業科学館ホームページ

参考図書:
「世界遺産ビジネス」 著:木曽功 発行:小学館
「明治日本の産業遺産」パンフレット 発行:「明治日本の産業遺産」世界遺産協議会
[事務局]鹿児島県世界文化遺産課
「大牟田の宝もの三池炭鉱を学ぼう!」発行:大牟田市近代化産業遺産を活用したまちづくり協議会
エピソードが語る「人の三井」
協力:大牟田市石炭産業科学館、株式会社アクロス

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藤居 重雄

藤居 重雄

チーフプランナー
地域・企業の歴史・文化を分かり易いストーリーでつなぐ

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