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- ノムログ編集部
2021年4月に東京都江東区のパナソニックセンター東京内にオープンしたミュージアム AkeruE(アケルエ)。この空間を担当した乃村工藝社の5人のデザイナーに、「アケルエができるまで」の流れと想いを語ってもらいました。
前編はこちら
原理展示は、物理の知識とデザインセンスがあったからこそ
――物理が好きで、一時は物理系の仕事に就くことを目指していた谷さんの知識が活かされた展示があると聞いています。
谷
原理展示については話し始めると、長くなるんですが……。
佐々井
いや、ここでは短めで(笑)
谷
では簡単に(笑)アケルエ内のアストロ展示エリアにはA展示、B展示という2種の展示があります。A展示はアーティストさんがサイエンス的な原理を用いて作ったアート作品の展示、B展示はそれらの作品がどういう仕組みや原理であるかを抜き出して説明したものです。
中出
『同じ条件で実験したときに何度でも同じことが再現可能である』というのが、サイエンスの基本なんですよね。
谷
子どもが自分で実験しても結果が出て、観察できなければならない。そこを念頭に置いて原理展示のデザインを考えていきました。また、これまでのミュージアムなら隠してきたであろう実験の裏側の器具類なども、あえて見せるようなデザインにして。僕が子どもなら、裏側や仕組みを知りたいと思うだろうから。
古賀
で、『こういう実験はどうですか』と、ロフトワークさんにたくさん提案して……。
谷
方向性が決まってからは、繰り返し試してうまくいく実験かどうかを、ロフトワークさんに行き、実際にみんなで片っ端から試していきました。もちろん、中には成功できなかった実験もあり、苦労が無かったと言えば嘘になる(笑)
中出
ロフトワークさんも、事務所にいろんな道具を準備して協力してくださったんですよね。
谷
ロフトワークさんは企画力が素晴らしいのはもちろん、ノムラからの提案を尊重しつつ一緒につくりあげてくれるので、とても楽しかったです。
山口
原理展示のデザインは、物理の知識とデザインのセンスがある谷くんの発想があったからこそ、このスピードで実現できたと思う。
谷
ありがとうございます。展示は今後の更新のしやすさ、修理のしやすさも考慮してデザインしました。たとえば、子どもたちがいるときにあえて修理を行い、その様子を見せるのもいいんじゃないかなと考えてます。
古賀
これまでのミュージアムでは、修理はお客さんのいないときに急いでこっそり行うもの、だった。でも、そこも変わっていっていいところなんだよね、今後は。
谷
はい。修理の様子を見て『こうやって直すのか!』と子どもたちがワクワクして、興味を持ってくれたなら嬉しいですね。
(左)谷さんの手書きスケッチ(右)実際に制作された原理展示装置
リスーピアの歴史を積み上げながらアップサイクルも
――今回はSDGsを強く意識したと聞いています
古賀
取り壊しではなく、アップデート。『コストを下げるために、パーツを再利用するんでしょう?』というイメージを持つ人もいるかもしれませんが、実は一概にそうとは言えないんです。
山口
古民家や建築躯体(建築物の構造体)を活かしたデザインはこれまでも多くされてきたんですが、内装や展示デザインの空間となるとブランディングに関わることだったりするので、わりと空間を一新することが求められることが多かったんですね。それに対して今回は、内装や展示を残してアップデートすることにチャレンジをしたわけです。
古賀
たとえば、さっき谷くんが話していたステンシルの話。裏話があるよね。
谷
はい。リスーピアの什器を移動させてみたら、床がかなり古くなっていて。色を完璧に合わせるためには、新しくエリア全体の床を貼りなおさなければならない。これまでなら、その選択をしたかもしれませんが……。
中出
アケルエはそうじゃないよね、と。みんなで話し合って意見が一致した。
山口
床はそのまま活かし、あえて跡を残しました。『ここにリスーピアがあった』という証となる展示の痕跡などに対しては、例えばステンシルアーティストの方に、そこにあった展示の情報を転写してもらったりしました。そうすることで歴史を積み上げることもできるし、デザインとして昇華させることもできる。アップサイクルですよね。
谷
リスーピアは、ファンが多いミュージアムだった。そういう人たちに今度はアケルエのファンになってもらえるように、そういった仕掛けを全館に散りばめています。
佐々井
リスーピアにあった特徴的な花柄のタイルを壊さずに白に塗装し直したのも、リスーピアの面影を感じてほしいという意図があったから。また、テクニートいうエリアの天井部分にはメッシュが貼られていて、それを全部外し、アケルエの壁面に再利用。子どもが使う道具などを、そこにかけられるようにしました。
谷
とはいっても、実際やってみると問題点もあったよね。
佐々井
そう。メッシュは天井に貼ってあったものなので、四方が処理されていなくてトゲトゲ。子どもの手の届くところにそれは危険だとなり、手作業でその部分に紐を巻くことにしたんですが、想像以上に時間と手間がかかってしまい……。
山口
でもまだまだ使えるものを捨ててしまうよりは、人が頑張ればどうにか対処できるものは対処すればいいと思う。それもSDGsの中の“作る責任 使う責任”っていうところだな、と。
谷
アップサイクルでいうと……3階の入り口はメッシュで囲まれてましたが、それを取っ払い入り口をより広くデザインしました。ゴミを減らすという命題もあったので、そのメッシュをなにかに使えないかなと試行錯誤したんです。
中出
それで、『あのトイレ前問題をこれで解消しよう』と閃いたんですよね。
谷
そう。手前にあった展示を撤去したことで、トイレの入り口が丸見えになったのをどうにかしないといけないなという課題があった。そのメッシュをアール(曲線)に組み替えて設置したら……トイレ前がぐんと素敵な空間になったんです。
山口
『うまいことやったね!』と、思わず唸りたくなるようなアップサイクルだった。
(左)リスーピアの展示の痕跡が記された床のデザイン(右)メッシュをアップサイクルしてトイレ前の目隠し壁に
古賀
循環型社会(リデュース、リユース、リサイクルの3R)を考えながら現場を改めて見回すと、リスーピアは本物の素材で丁寧につくられていたんだなと感心しました。
中出
リスーピアを作りあげた先代の知恵と丁寧さには、驚くばかりでしたね。
古賀
アケルエの仕事をしてからは、なんでも『なにかに使えるかな』とまず考えるようになりました。気づきがたくさんあった現場でしたし、視点が変わりました。
佐々井
どんなジャンルであれ、修理ができない、簡単に捨ててしまう、という考え方は変えていきたいですね。
山口
後世の人たちにも長くずっと使ってもらえるものづくり、だよね。今後意識したいのは。
谷
インスタントにつくって壊す、ではダメ。
中出
今だけ乗り切ればOK、ではなくって、普遍的デザインであるべきなんですよね。
プロダクト本部の理解があってこそ
――空間デザインが決まると、プロダクト本部と実際の施工にあたっての話を進めていくことになるんですよね。
谷
プロダクト本部は、私たちの理想を実現する、エンジニア的な役割。今回は、プロダクトディレクターの熊澤さんに非常にお世話になりました。早い段階から相談にのってくれて『そういう意図なら、こういうやり方もある』とアドバイスを多くもらえ、とても心強かったです。
山口
先ほども話しましたが、今あるものを再利用するより、いったん全部壊して、何もない空間へリセットしてから新しいものを積み上げるほうが簡単だし、手っ取り早いところはある。リユースとなると素材を外すときにも丁寧に扱わなくてはいけませんから、それを面倒だと思う人もいるでしょう。その点、熊澤さんは手間暇を私たちと共に面白がってくれた。ありがたかったよね。
古賀
実際、現場で既存展示の内部を覗いて『こんな風になってる! すごい! 丁寧!』と人一倍興奮して喜んでたのは熊澤さんだったね(笑)
地球に後ろめたくないデザインを
――最後に今後の目標などがあれば。
谷
今回は『僕が自分の手でつくっていくとしたなら、どうするかな』といつもと違う切り口で進めることができ、新しいことをたくさん発見できた。自分は “ものづくり”が好きなんだと改めて気づかされました。この経験を今後の仕事にも活かしていきたいです。
佐々井
アケルエの仕事で、自分の空間デザインの概念が変わりました。今後はただただきれいな空間というよりは、使う人がずっと長く使う空間になることを考慮しながらデザインをしていけたらいいなと考えています。
古賀
コロナ禍で『空間は、どう人の役に立ってるのか』と悶々としていたのですが……。アケルエの仕事を進めるうちに、『アケルエは次世代育成や教育という面で人の役に立ってる』と考えるようになり、『空間もインフラ的な捉え方ができるかもしれない』と前向きになりました。漠然とした言い方ですが、『役に立ちたい』、今はそう考えています。
中出
地球に対して後ろめたくないデザインを考える流れがきていると感じています。デザインは、美しいことやカッコいいことが正義で重要であってほしいと頑なに思っていて。それは完全に間違っているわけじゃないけど、価値ってそこだけじゃないんですよね。今後の仕事でも忘れないようにしたいです。
山口
言いたいことはほぼみんなが話してくれたけど(笑)。これまで大量消費社会が煽ってきたことは本当に正しいのか…真剣に考えなければならない時期にきてますよね。モノの使い捨てだけが表面化して問題になっているけれど、それをデザインしているデザイナーのチカラも大量に消費されているように感じることがあります。今後SDGsが広く浸透することで、そこも変わっていけばいいなと強く思ってます。たとえば今回の原理展示やSDGsのテーマのように内容がある程度世界で普遍的なものについては、オープンソースにして、世界中のミュージアムが自由に取り入れてくれたらいいんじゃないかな。同じことを一から考えて時間を消費するのはもったいないですものね。その分の時間を使って、もっと大事なデザインにチカラを注いだらいいと思う。例えば修理のしやすさ、とか、永く使えるアイディアを考えることなどに。そんなことも含めて、アケルエの仕事は価値観が変わる機会を与えてくれたプロジェクトになりました。
――ありがとうございました。
パナソニック クリエイティブミュージアム AkeruE(アケルエ)
文:源祥子/ファシリテーター:阿部智佳子/対談写真:山崎圭、鈴木志乃
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プロの目線で“空間と体験”の可能性を切り取ります