- text and edit by
- 梅田 晶子
フェアウッド・プロジェクトの最近の取り組みとして、 「もりまちドア」プロジェクトをご紹介いたします。
“もり側”の林業・木材産業事業者と、“まち側”の空間クリエイター(デザイナー、プランナー、施主)が、お互いの背景を知り、人と人で深くつながることを通して、“森を育む空間デザイン”を共同創造していくことを進める
プロジェクトです。空間づくりにおいて国産材の価値を活かす木材利用を増やすことで、木を植え育てる費用がもり側へ戻り、次世代に健全な森を受け渡していくことのできる状態をめざしています。仲間も活動も大きく広がってきています。
https://morimachi-door.kinohei.jp/
「もりまちドア」プロジェクトの発足へ
筆者は、今年度設置されたソーシャルグッド戦略室に所属しています。これまでの長い間、ミュージアム等の展示やプロジェクトの企画開発等に様々な立場でプランナーとして携わってきました。その中でずっと想っていたことがありました。特に風光明媚な土地の建設予定地に向き合う時に感じる、ここに立っている木やそのおかげで生きている生きものたちの暮らしをおいてでも実現すべきと思える何かをかけて、自分自身この仕事に取り組んでいるのか…ということ。
目に入らないもの、知らないものも含め、いろいろな生きものたちがそこに自然に暮らしている、という情景がとても好きだからかもしれません。もちろん、仕事である限りそこに何かが誕生することで社会へ価値を提供するためにつくっています。比較のできないことかもしれませんが、素朴な想いとしてそんな気持ちがありました。
長年の想いに一つの希望となったのが、“今の日本では、スギ・ヒノキ等の人工林の木をつかうことが、次世代の森を育むことにつながる”ということでした。株式会社ワイス・ワイス 佐藤岳利氏が弊社に伝えてくれたもの。これなら仕事そのもののプロセスの中で環境へもプラスの価値がつくれるかもしれません。しかも、一つ一つの案件で木について提案していくこと自体が、プロジェクトチームや関わる方々と、木のこと、林業・木材産業のこと、環境のこと、それらと私たちの仕事との関わりを学びあい伝えていくことになります。木材の相談で「仕事で森に行かなくちゃ!」という具合になったら、皆楽しく元気になるでしょう。
日本の国土の66%を占める森林の、約4割が人工林(スギ、ヒノキ等)。それらは「ちょうどよい使い時」と言われる50年生前後が圧倒的に多くなっています。一方で、持続的な森のサイクルをつくるためには、各林齢が均等なボリュームになることが理想です。未来の森を育むために、今収穫期を迎えている木を積極的に価値高く活用し、その対価を森林所有者へお戻しして次の育林・造林につなげていくことが求められています。
*図は『木質空間デザインアプローチブック MOKU LOVE DESIGN』(農林中央金庫ウッドソリューション・ネットワーク発行)より抜粋
そこで木材利用の普及啓発的な活動を始めることになるのですが、進める上で二つの問いがありました。一つは、クリエイターが木に関心を持ち木材利用へ一歩を踏み出すために何が必要か?ヒントになったのは、木質空間デザインの先達のお話でした。伺っていると、つくるプロセスに、森・木の達人とのデザイン・素材・技術アイディア等の往来があります。また製材所や木工所へ足を運んで木材の実物を見ながら相談をしています。更に、背景には何らかの森・木・木材に関する個人的な体験があり、それが原動力となって探求が深まっていくようでした。
もう一つは、 “スギ・ヒノキ等の木を使えば森を育むことにつながる”というだけの理解で推進して大丈夫か?ということでした。浅い理解で取り組み気づいたら逆効果といったことも起きかねないのでは。ここでも、“もり側”の林業・木材産業に携わる方々と、“まち側”のクリエイター・事業主体の方々等が、人と人で知りあえている状態をつくることが大切に思えました。そうすれば、次世代の森を育むための目標や課題を共有して一緒に考えることができるし、状況が変われば早く気付くこともできます。
地道なようでも、もり側/まち側がお互いを知っている状況をつくることが、私たち一人ひとりの想像・創造力の成長と共に広がるサステナブルな木材利用への着実な一歩になると考えました。そのような想いから、弊社クリエイター、顧客企業の方々、協力社の方々等と共に、近隣の木材産地を訪ねるスタディーツアーを行ってきました。延べ100名ほどにご参加いただき、感動と共に木を見る目が変わっていく姿に驚かされてきました。
より多くのクリエイターを多くの地域へおつなぎし、木材利用を一つでも増やしたいと考えていた昨年度、突然のコロナ禍で、様々な仕事もペンディングという状況になりました。そんな中でも今できるだけのことをしておきたい想いが、非住宅分野での国産木材の活用を促進する一般社団法人 全国木材組合連合会の意図と重なり、 “森を育む空間デザイン「もりまちドア」プロジェクト”が誕生しました。
次世代の森を育む、共同創造のドラマが生まれる
“森を育む空間デザイン「もりまちドア」”で、実施・製作した主な内容です。
① デザイナー、プランナー、事業主体者等による産地体験会(多摩、尾鷲、飯能)
② 産地体験会ドキュメント映像
③ 3Dバーチャルツアーコンテンツ
④ もり側/まち側の方々へのニーズ調査
⑤ 木材を価値高く活かす空間デザインの考察
⑥ もりとまちをつなぐコーディネーターの紹介
⑦ もり側/まち側が対話するオンラインセミナー
⑧ プロジェクトを発信する「もりまちドア」ウェブサイト
プロジェクトの第一歩は、気付きと行動変容の起点となる “木材の背景を知る体験”をつくること。そのための産地体験会からスタートしました。それをきっかけに、次世代の森を育むことへフォーカスした共同創造のドラマが育つよう対話を促進し、そこから生まれる動きや発信をサポートしていきました。
一つずつ概要をご紹介します。
① デザイナー、プランナー、事業主体者等による産地体験会
多摩、尾鷲、飯能の木材産地で、森から木質空間へ木が姿を変えていく順を追って巡り、林業、原木市場、製材所の方々のお話を伺いました。最後に地域の木材を用いた木質空間を会場として対話の時間を持ちました。参加者(デザイナー、プランナー、事業主体者等)が気付きをシェアし、林業・木材産業の方々からコメントや回答をいただきます。この体験会を通じて木材の背景を知ることで、“次世代の森を育むためにできることは何か”を、もり側/まち側共通のテーマとして考えていくための土壌をつくりました。
クリエイターが本物の木・木材に触れ、素材からデザインを発想して用途を創りだすことは、木材の価値を高めたり、無駄なく使ったりすることにつながります。また、内装・家具等の空間デザインは建築ほど量は使いませんが、木材に直接触れたり、柔らかい光や香りに包まれたりといった、木の様々な良さをユーザーに体感していただく機会をつくります。
② 産地体験会ドキュメント映像
多くの方に産地を共体験していただくために、参加者が見つけた“問い”を切り口にドキュメント映像としてまとめました。起きることをそのまますくい取ることを目指しシナリオなしで撮りました。最初の仮組映像が完成したとき、産地の方から、「私たちがずっと頑張ってきたことが伝えられる! SDGsの話もできる。これがあれば頑張れる!」と感想をいただき、離れたところで必死に企画、制作してきた私たちも、想いを共有できたことに安堵し、産地の顧客開発のお役に立てる手ごたえを感じました。
是非ご覧いただき “森を育む空間デザイン”を一緒に考えてみていただければと思います。
もりまち産地体験会 Visit 01. 東京都 多摩産材 林業地 「木の“ストーリー” をデザインに」
もりまち産地体験会 Visit 02. 三重県 尾鷲ヒノキ 林業地 「デザインがつくる未来とは」
もりまち産地体験会 Visit 03. 埼玉県飯能市 西川材 林業地 「わたしたちにとって “よい木“とは」
③ 3Dバーチャルツアーコンテンツ
手のひらのスマホの中でもいつでも森を訪れることができる「バーチャル産地体験」のコンテンツです。埼玉県飯能市・西川材産地「井上山林」を、Matterport、BLK360で撮影しました。アイコンをクリックすると、林業の施業、樹種、生きもの、地域のことなど、森からつながる様々な解説が見られます。枝打ちの解説で上を見上げたり、足元のシダがスギの指標植物であることを知ったりと、林業家・井上淳治さんに森を案内していただいているかのように、周囲を見回しながら自由に散策できます。木材利用促進に対してDXが持つ可能性を探る試みでもあります。
https://mpembed.com/show/?m=JHut6f1Fise&mpu=970&mpv=ver1.0
④ もり側/まち側の方々へのニーズ調査
産地体験会が意識や行動にどのような変化をもたらすのか。参加された61名の方々を対象に、体験会前後と約1ヶ月後に、意識・行動の変化についてアンケート調査を実施しその結果をレポートしました。
例えば、1か月後の調査では、産地側の半数以上が「クリエイター(事業開発者や空間デザイナー)に対する認識・意識が変わった」と答え、参加したクリエイターの90%以上が「国産材に対する意識・イメージが変わった」と答えています。また、もり側の背景を知った参加者側からは、「手間暇をかけて木材を生産していることを知ってほしい」「体験会後50人くらいの人に森林の循環について伝えた」「木材を仕上げ材としてもっと使っていきたい」等多くの面で、もり側の声かと思うほどの共鳴がありました。また体験会前のアンケ―トで、国産材を利用している理由は、「持続可能な森林経営へ寄与するから」「SDGs目標への貢献やESGを意識しているから」が合わせて半数以上。社会的意義への意思をもって使っていることがうかがわれました。
もり側/まち側の開きが目立つのは、価格・納期・メンテ・バリエーション等の実用面のみ。実際の導入決定への影響の大きい項目ですが、どちらかのニーズに合わせようとするだけでなく、お互いの背景を知りサステナブルな木材利用への目標を共有して、そういった課題にこそ新たな解を共創していく必要があると感じました。生産者であるもり側と、ユーザーであるまち側、普段会うことの少ない双方の顔が見える貴重な資料となりました。
https://morimachi-door.kinohei.jp/voice-to-voice/02/index.html
⑤ 木材を価値高く活かす空間デザインの考察
ニーズ調査から見えてきた、もり側/まち側の想いが一致する点。例えば、木材の歩留まりを高めたいもり側の想いと、製材などのプロセスからアイディアを出してみたいまち側の想い。それらは、“木材を価値高く活かす空間デザイン”へのヒントになるのではないでしょうか。「木材の背景を価値にする」「まるごと一本全てを活用する」「プロセスからリデザインする」。体験会に参加したデザイナーと共に抽出した三つの視点を、その視点で課題を価値に変えたデザイン事例と併せてご紹介しています。
https://morimachi-door.kinohei.jp/case-study/index.html#case1
定尺の柱材を、伐って、割って、表情豊かな壁材として使用している例。
SEVEN GARDEN(株式会社7garden)
空間デザイン・設計、制作・施工:雨上株式會社
⑥ もりとまちをつなぐコーディネーターのご紹介
本プロジェクトにとって重要なキーパーソンであり、国産材を使ってみたい時に相談できる方として、今回訪問した三つの地域から、木材調達・加工のコーディネーターの皆さまについてご紹介しています。仕事への向き合い方、お人柄が分かるインタビューも掲載しています。アンケート調査でも、国産材の利用を進めるために必要なこととして、「木材の調達や加工についての総合的な相談先(人)」を求める声が非常に多くありました。全国で様々な立場で、森を育む木材コーディネートを実践されている方々を、見出し、紹介していくことも大切なのではないかと思います。
https://morimachi-door.kinohei.jp/connect/index.html
⑦ もり側/まち側が対話する オンラインセミナー
最後に活動報告を兼ねて、対話と共創への一歩としてオンラインセミナーを開催しました。林業・木材産業事業者、空間デザイナー、両者をつなぐ木材コーディネーターに、国産材(スギ・ヒノキ等)の魅力や、価値高く活用することの先にある空間デザインの可能性について、それぞれの立場でお話しいただきました。
また、“樹木と人の共生”を哲学に掲げるスキンケアブランド「BAUM(バウム)」より、株式会社資生堂エグゼクティブクリエイティブディレクターの信藤洋二氏をお招きし、一般社団法人 日本空間デザイン協会会長の鈴木恵千代氏と、サステナブルなブランドストーリーづくりをテーマにお話しいただきました。「もりまちドア」プロジェクトを通じて時間や場所を隔ててつながりあい協力しあってきたプロジェクトメンバーと、支えてくださった方々が、初めて一堂に会す機会でもありました。
【アーカイブ動画リンク】
⑧ プロジェクトを発信する「もりまちドア」ウェブサイト
これらすべての活動を掲載し「もりまちドア」ウェブサイトを制作しました。大勢の方々と共創した今回の取り組みは、もり側/まち側の出会いと対話から広がるドラマそのもののような成り行きでした。もり側の方々にとっては、木材ユーザーの姿が見えるドアに、まち側の方々にとっては、木材の背景や産地の方々に出会えるドアになっています。そしていつのまにか私たち自身が双方を結ぶ「もりまちドア」になっているかもしれません。日常の中にある絵本のような本当の世界。是非ゆっくり訪れていただき、皆さまの心の中の森への入口としていただけますことを願っています。
https://morimachi-door.kinohei.jp/
「もりまちドア」の先にあるもの
森を育む空間デザイン「もりまちドア」は、実際に木を使うプレーヤーを一人でも二人でも輩出すること、一つでも多くの木質空間事例の誕生につながることを目指しています。そして、プレーヤーとは、直接木材を指定するデザイナーはもちろん、コンセプトを提案するプランナー、造り上げるプロダクトディレクター、お客様と最初にお会いする営業・開発担当者、そして肝心の導入を決定される事業主体の方々等、あらゆる立場の方がそうなる可能性があると考えています。「もりまちドア」プロジェクト自体も、プレーヤーとなり得るプロフェッショナルなクリエイターである大勢の仲間と力を合わせて創り上げました。
使う木を一人一人が意識して選ぶことは、SDGsでいう「12.つくる責任 つかう責任」に対応し、「15.陸の豊かさも守ろう」の森林環境の保全にもつながります。木を入り口にして想像の枠が広がり、人間社会だけでなく、生物・無生物も含む地球の循環環境全てがいつでも想像に入るようになること。自然と人が活かしあうために想像・創造力を使うことができれば、仕事が広がるほど社会も環境も豊かになっていくはずです。木は、あらゆる他者へ多様な価値を提供して生態系を持続可能にしているので、木に触れ、その一番近くにいる方々との対話と共創によって行う活動は、私たちを本来の場所に戻してくれ、持続可能な未来へつないでくれると思います。
サステナブルな社会を実現できる自分達になるために、森・木、そして産地の方々の肩をお借りするような気持ちでこのプロジェクトを推進しています。最後になりましたが、「もりまちドア」の実現に欠かせない基盤となった木材利用に関する知識と木材コーディネーターという概念、頼れる仲間の存在を教えてくれたNPO法人サウンドウッズの取り組みに心より感謝申し上げます。学びながらの一歩ずつではありますが、同じ想いの方々と共に、今いる場所から見える景色を少しずつ変えていければと思っています。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
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木のこと担当
「森街ドア」のある世界を創ります。