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- ノムログ編集部
宮島は、世界遺産にも指定された広島を代表する景勝地。その渡航口である宮島口に開業したHIRODEN etto は、足掛け5年にわたる地域創生プロジェクトによって誕生した観光商業施設です。地元とたくさんの「縁」を結びながら開業に至ったHIRODEN ettoの概要と「地域ブランディング・ストーリー」をご紹介します。
本稿は、乃村工藝社グループの「ソーシャルグッド」なプロジェクトをご紹介するイベント「ソーシャルグッドウィーク 2021」のレポート記事です。
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乃村工藝社グループが考えるソーシャルグッド(前編/後編)
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広島・宮島口旅客ターミナル HIRODEN etto
乃村工藝社 プランニング統括部 企画2部 第6ルーム プランナー 天間真代
当プロジェクトでは、事業構想の段階から参画し、フィジビリティスタディ※1(feasibility study)、コンセプトメイク、MD計画・リーシング、ブランディング、開業・販促・運営計画といった開業までの一連のソフト業務のプロセスに従事。施主である広島電鉄様と足掛かけ5年間を並走。
※1 フィジビリティスタディとは、新規事業プロジェクトの、事業可能性を調査すること。
乃村工藝社 中四国支店 デザイン部 チーフデザイナー 土居一美
入社以来、中四国支社に勤務。当初は百貨店の展示装飾関係の業務に関わり、その後は専門店や展示施設の設計に従事。最近ではインフラに関わる業務やアミューズメント施設、ホテルなど様々な施設の設計に携わっている。当プロジェクトには2017年から設計者として参画。
人と人をつなぐ新たな賑わいの創出
天間
プロジェクトの概要に入る前に、宮島口旅客ターミナルとHIRODEN ettoがある広島県廿日市(はつかいち)市について簡単にご紹介させていただきます。廿日市市は広島市の西に隣接し、東に広島空港、南西に岩国空港があります。東京から広島へは、飛行機でも新幹線でも片道約4時間。広島市内から宮島口へは、広島電鉄なら約1時間半、JRなら約30分で移動できるロケーションです。宮島口は観光名所である安芸の宮島への渡航口となっています。
今回の施主である広島電鉄さんは、国内最大級の路面電車路線網を有し「動く電車の博物館」と謡われています。HIRODEN ettoが開業した2020年に創業110年を迎えたサステナブルへの意識が高い地域密着型企業です。2021年7月に広島空港の滑走路運営を国から引き継いだことで、陸・海・空・山の交通網を制覇した※2 稀有な企業でもあります。
※2 路面電車、バス、空港滑走路運営の他、グループ会社がフェリー、観光ロープウェイを運行している。
さて、宮島口地区は廿日市市の「まちづくり整備計画」に沿って現在も段階的に「まちづくり」が進められています。その「まちびらき第1弾」として宮島口旅客ターミナルと隣接する観光商業施設HIRODEN ettoが建設されました。
宮島口旅客ターミナルは、観光客の増加に伴い、老朽化が目立ち、かつ手狭になっていました。そこで、世界遺産への玄関口としてふさわしい施設に刷新し、防災への対応力強化することを目的に2016年に広島県が広島型建築プロポーザルを実施しました。この設計コンペに、一級建築士で構成されている乃村工藝社グループの現NAUのメンバーも加えたチームで参画し、広島電鉄さんの自社施設に関する設計要件出しのお手伝いをさせていただきました。広島型建築プロポーザルでは、建築家の乾久美子先生が選定されました。この旅客ターミナルは竣工後、国土交通省港湾局による「みなとオアシス」に登録され、災害時の支援等、地域の防災拠点としての機能を担っています。
HIRODEN ettoは、広島電鉄グループが運営する観光商業施設です。以前あった「もみじ本陣」という直営施設の代替施設として、旅客ターミナル改修に合わせて新設されました。延べ床面積は500坪弱で、営業面積も250坪程度とコンパクトな施設ですが、広島県に本社を置く企業を中心に16店舗で構成される地域に根差した観光商業施設として開業しました。では、ハード的な仕掛けは土居よりお話しいたします。
土居
私からは、施設のレイアウトをご説明します。HIRODEN ettoは2階建てのシンプルな建物で、西側の宮島口旅客ターミナルと東側の現在工事中の「大しゃもじ広場」に挟まれた場所にあります。1階、2階ともにターミナルと広場を結ぶ貫通通路が設置されていて、建物の外壁はガラス張りです。施設内のゾーニングは何度も検討を重ね、外壁のガラス面側に通路を設け、中央の貫通通路を挟みそれぞれ中央に店舗を集めた案で決定しました。四方を海や山で囲まれたこの地域にふさわしい、人と人をつなぐ新たな賑わいの創出のゾーンができたと思っています。
また、「材木の町」である廿日市の地域性を生かして、天井は明るい色調の地元産材杉板シートを採用し、貫通通路の床は平板ブロックに透明な樹脂塗装を施して木材による一体感を演出しています。貫通通路の天井照明は無線調光制御システムを採用し、潮の干満や季節に合わせた光の演出が自由にできるようになっています。
ハード面での課題を解決する都市計画
天間
現在進んでいる宮島口地区のまちづくりの背景には、この地域が抱えているハード面での課題がありました。近年の観光客増加に伴う、地域の方々の生活動線である国道2号線の慢性的な渋滞と地域内での駐車場不足です。この課題を解決するために浮上したのが都市計画道路と立体駐車場の新設計画で、旅客ターミナル、もみじ本陣、広島電鉄宮島口駅舎と軌道などの位置を変える工事が発生しました。これをきっかけに、この地域に広島電鉄さんが所有している敷地の有効活用を踏まえた段階的な開発のシナリオ作成依頼を受け、お仕事が始まりました。現在は新しい駅舎の工事に着手しています。
ソフト面での課題を解決する地域ブランディング
また、ソフト面での課題もいくつかありました。一つ目が観光客の目的が宮島(厳島)にあり、宮島口は通過点に過ぎないこと。二つ目が、宮島に比べ宮島口のアイデンティティが希薄なこと。三つ目が観光地ゆえに集客面での繁閑差が激しいこと。四つ目が宮島(厳島)と宮島口で売られている土産品の品揃えの同質化が起こっていることです。どうせ買うなら、宮島口でなく宮島で買いたいというロケーションの弱みが課題だと考えていました。
この課題にアプローチしていくためには、地域ブランディング視点での開発戦略を構築し、宮島口に「場力」を備えることが重要で、そのための施策の1つとしてリーシング※3 戦略があります。
※3 リーシングとは、テナントリーシングを略した言葉で、商業施設に出店する店舗を誘致する営業活動を意味します。
リーシングでは、宮島との差別化を意識し、地元である広島の企業を中心に、いままで宮島と接点を持ったことがない企業のアンテナショップや初出店、新業態という切り口にこだわりました。観光客のだけでなく新しい物好きな広島の方々にも親しんでもらえるようなテナント誘致が叶ったのではないかなと思います。
地元企業、初出店、新業態にこだわった開業時の出店テナント
次にネーミング・VI計画ですが、もともとあった観光商業施設「もみじ本陣」は継承せず、新しい宮島口を感じられるよう、弊社の支店メンバーにも協力を仰ぎ、100近いネーミング案を提案させて頂きました。その中から50案程度に絞り込み、最後は広島電鉄さんの社内投票により「etto」という名称に決定しました。etto(えっと)というのは、広島弁で「たくさん」を意味します。ネーミングには、新しい施設で、たくさんの人やモノとの出会いや交流が創出されるように願いを込め、変貌していく宮島口のポテンシャルを引き出す、ポジティブな意味合いを持たせました。
広島電鉄さんといえば路面電車ですが、この施設のために3両編成の電車を広告ジャックさせてくださいました。このetto号が市内を走ることで広告効果を生み、より地域の方々に親しみを感じていただける販促計画も実現できたと思います。
「地方創生」から「地域創生」へ
天間
今回のSGWの機会を得た際に改めて、「地域創生」と「地方創生」の違いについて考えました。「地方創生」は政府のスローガン的な呼び方でトップダウンの考え方。「地域創生」は、地元の関係者の方々を巻き込むボトムアップの考え方と整理できると思います。私自身を振り返ると、最初の頃は、「地方創生」のトーンで業務に取り組んでいて、どこか上から目線があったように思います。そのためうまく物事が進まない時期もあり、スランプに陥ったこともありました。しかし、「地域創生」の目線に変わってからは、地域の方々と風通しがいいコミュニケーションがとれるようになっていったのではないかと思います。
最後に、プロジェクトを通じて実現できたことを3つ挙げたいと思います。一つ目が、県が主導していた埋立地の拡張事業の上に民間の活力を導入し、広島県内の経済循環に貢献できたことです。二つ目が、広島電鉄さんの事業スキームを、もみじ本陣のときの直営事業から、店舗をお貸しする不動産事業に転換したことで、広島県内に本社を構える企業さんに新しい商いの場をご提供でき、新たな雇用機会を創出できたことです。三つ目が、現在も継続中の段階的開発の先鞭となり地域に期待感を醸成できたことだと考えています。
この記事ではソフト・ハード両面から地域創生の視点で開発を行った広島・宮島口旅客ターミナル HIRODEN ettoの事例をご紹介しました。施設づくりはもちろんのこと路面電車を活用した開業販促など、地域のインフラとなっている広島電鉄さんならではの展開もお手伝いさせていただくことができました。現在も開発が続いている宮島口のさらなる発展は今後も目が離せません。
(ノムログ編集部)
文:岩崎唱/写真:安田佑衣(イベント時)
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