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- フェアウッド・プロジェクトチーム
社会・経済・環境の好循環モデルを目指すSDGs未来都市、浜松市と取り組んだプロジェクト「浜松城」と「浜松こども館」。乃村工藝社は空間デザイン・施工に加え、初めて世界水準の森林認証制度である「FSC®プロジェクト認証*」の取得および取得支援を担当しました。
*プロジェクト認証とは、一度しか作らないものや連続する類似プロジェクトについての認証で、例えば、建造物、家の一部、ボートの認証などが挙げられ、土木工事やイベントのインフラも対象となります。
(FSCジャパンウェブサイトより)
浜松城
浜松こども館
空間づくりを通じて森林認証制度を取得することが、社会や地域により良い効果を生み出すことを、プロジェクトを通じて実感したメンバー。フェアウッド・プロジェクトリーダーの加藤悟郎が、3名のメンバーにその背景と想いを聞きました。
「浜松城」「浜松こども館」プロジェクトメンバー(左から3名)
高橋昭伸(PD|プロダクトディレクター)
田代春佳(PM|プロジェクトマネージャー)
鈴木敦(D|デザインディレクター)
フェアウッド・プロジェクトリーダー(右)
加藤悟郎
なぜ乃村工藝社が、国際的な森林認証を取得?
加藤
今回のプロジェクト「浜松城」と「浜松こども館」では、森林認証としては世界水準と言われているFSC®プロジェクト認証を取得しました。この認証は、ひとつの「製品」として切り離せないものが対象ということで、「空間」の認証という意味合いもあると捉えています。空間プロデュース企業である当社にとって親和性が高く、これから積極的に取り組んでいくべき認証制度だと考えています。
*プロジェクト概要と認証制度についてはこちら
SDGs推進の先駆的都市・浜松市との出会い
-FSC®プロジェクト認証を取得することになったきっかけは?(加藤)
田代|PM
本プロジェクトの発注者の浜松市さんが内閣府は「SDGs未来都市」の認定を受けているほどSDGs推進に積極的な都市で、市の施策としてFSC®認証プロジェクトの取得件数が年間KPI*として明確に定められています。そのため、今回のプロジェクトでも「FSC®認証材(以下、認証材)を空間に取り入れて、施設としてFSC®プロジェクト認証を取ってください」と具体的なご要望がありました。
*浜松市 SDGs未来都市計画(2021~2023)―p.12 「天竜材の利用拡大」
鈴木|D
前提として、FSC®プロジェクト認証に使用する認証材については、特に産地の指定はありません。が、今回は浜松市さんから地元の材料を使用することが求められている中で、地域に開かれる施設だからこそ、暮らしのそばにある地元の材、「天竜材」を空間デザインにおけるコンセプトとしてしっかりと定義して使いたいと思いました。
田代|PM
当初から認証材を使用する場所の指定はなく、「できるだけたくさん使って欲しい」というオーダーでした。浜松こども館は3,000㎡を超える広い施設でしたので、1年間の設計施工という短い工期と予算の中でできることをデザイナーとプロダクトディレクターと相談しながら、空間デザインに合わせて認証材を取り入れていきました。
FSC®プロジェクト認証の証明書
-空間づくりの会社が認証を取得する、というのは初めてだったと思いますが、チームとしてどんな気持ちで挑みましたか?(加藤)
田代|PM
当初は初めてのことで何をどう進めていいのか分からず、正直なところ、普段の業務にプラスアルファの業務が! とも思いました。一方で浜松市さんは既にさまざまなノウハウを持たれていて、進め方は浜松市の林業振興課の方が丁寧に教えてくださいました。プロセスを踏む中で、浜松市さんの姿勢の根底には、認証材・地元の材が公共施設で使われることで、来館するこども達や市民の方々、ひいては林業の現場で働く人たちに還元したいという強い想いを持たれていることに触れ、私たちもそれに応えたいと思いました。何より、自分たちのまちで育った木がまちの公共施設で使われている、そしてそのトレーサビリティをきちんと見える化できるという点で、FSC®プロジェクト認証制度は素晴らしい仕組だと感じました。
鈴木|D
私も最初は認証について「あのマークがついている商品は環境にいいみたいだからスペックインすればよい」という感覚でしかありませんでしたが、その社会的な意義について深く考えさせられました。
FSC®プロジェクト認証を取得することは、大きく2つの効果があると思います。産業を助けられる産業振興の視点、そして日本の森を守る地球環境保護の視点です。それは、経済を回していくためのひとつの戦略でもあります。どの自治体においても、林業従事者が減少していますが、認証を取得すること、そしてその成果をPRすることは、まち側がしっかりと管理された木材を使い、その対価を支払うことで木材に対する価値が高まり、結果として働く人の環境を守ることにつながります。
さらに空間デザインをかけ合わせることで、地域活性という視点が加わります。地元の材を取り入れることで、地域の魅力を使って、地域に愛される施設をつくっていく。地域の魅力を再定義することにもつながります。そこで感じたのは、「今回のプロジェクトを私たち以外のどこがやるんだろう? これをやらなくちゃいけない、これからやっていかなきゃいけない!」という想いでした。
高橋|PD
私はプロジェクトマネージャーの田代さんから動機づけがあって、すごく引っ張ってもらいました。チーム全体がマネジメントされているところがあったと感じています。
少しの手間も、社会的な意義がモチベーションに
-認証材を取り入れるにあたって、制作の現場ではどんな様子でしたか?これまでと違って大変だったことはありますか?(加藤)
高橋|PD
材料を調達し、運んで、取り付けるまでの工程にトレーサビリティをしっかり記録、書面化する作業は増えましたが、最初から協力社さんに説明してあったので、特に戸惑うことはありませんでした。むしろ、認証材がしっかり管理されていることで、全体の材料もきちんと識別されて、現場全体の整理整頓につながりました。
朝礼での認証取得に向けた喚起は、安全管理にもつながりましたし、職人さん一人ひとりが「自分の仕事が森を守ること、地球環境への貢献につながっているんだ」と意識を持つことでモチベーションの向上にもつながったと感じています。
また認証材を取り入れるからと言って、協力社さんが限定されることもありませんでした。馴染みの協力社さんと取り組めますし、今回はたまたま認証取得に携わった経験のある協力社さんがいらしたので、とても助かりました。
田代|PM
確かに認証取得に向けてプラスαの作業は発生しますが「目先のみではなく50年後のまちの未来へ貢献できるんだ!」という意識を持って取り組むことが大事で、何よりその思いを一緒に担ってくれる協力社さんに恵まれていることは当社の財産だと感じました。
ひとつひとつの材料仕入れのプロセスを撮影して記録
高橋|PD
特に最近は協力社さんの意識がとても高くなっています。長年、乃村工藝社と協力体制を組んでいただいていること、信頼関係を構築できていることが、今回の推進につながったと実感しています。
認証材をどこに使うか、が大切。来館者にメッセージをこめて
-デザインしていく中で、いつもと違ったことはありますか?特に認証材である「天竜杉」のスギは使い方が難しいと思いますが……(加藤)
鈴木|D
スギの材料の特性としては、柔らかいですが、その分、温もりもある。子どもが触れるところにあえて使っていきたいと思いました。問題は耐久性。床への使用にあたっては強度が弱いため、多少コストはかかりましたが、圧密材にして長年のハードユースに耐えられるように配慮しました。もし傷がついたとしてもその痕跡も魅力になる。いろんな表情が見える空間にしたいと思いました。
-認証材をどこまで使わないといけない、という指定はありましたか?(加藤)
鈴木|D
どこ、という指定はなく、なぜそこに使ったか、というポリシーが一番大事です。意味のあるところに使っていくことが大事で、そこにメッセージが込められていて、来館者の心に刺さるものにならないといけない。地元の材に触れて愛着が持てる、森や自然を大切にしていく心が育っていかないといけない、と考えています。
そして、ここでの体験を自信をもって家族に伝えることができ、その子どもたちも自分の子どもたちに語っていく、そうやって未来に語り継がれていくことを大切にしています。そういったコミュニケーションの場がひとつ生まれたことに大きな価値があると思っています。
加藤
改めて今回のプロセスを通じて、協力社さんやユーザーとのコミュニケーションまで、全体に派生する効果があったのですね。
空間×森林認証制度で、社会や地域の未来をつくる
―これからのプロジェクトへの発展や可能性についてイメージはありますか?(加藤)
田代|PM
今回は単に空間をつくるということだけでなく、浜松市さんのSDGs推進を一緒に取り組ませていただけたことが非常に意義のあることで、空間を通したSDGs貢献の一つのあり方を浜松市さんに教えていただいたと思います。2030年を達成の目途としているSDGsは全世界的な目標なので、SDGsへの取り組み方を模索されている自治体さんや民間企業の方に、空間づくりを通した地域活性やSDGs貢献のひとつにFSC®プロジェクト認証という方法もあることを伝えていくことも、全国からご相談をいただける当社ができる社会貢献なのではと思います。
鈴木|D
普段から公共施設、特に展示空間を手がけている中で、認証自体が展示のひとつのコンテンツになるのではないか? と思っています。認証を取得した空間が、社会に大きく貢献していること、未来へとつながっていることを、子どもだけでなく、大人にも伝えていく意義があります。展示は語ることができるので、空間を通じてメッセージを伝えていくことに大きな意義があると感じています。
今回のような「森林を育てる」という思想が、大きな社会教育のひとつの核になると思います。自然系・科学系・歴史系といろいろな分野につなげていくこともできます。それが施設同士のつながりとなり、地域のネットワーク、全国のネットワークへ…と、どんどん広がっていくといいなと思います。
田代|PM
確かに、普段身の回りの公共施設に訪れる時「この木材はどこから来たか?」はあまり気にしないですし分からないことが大半です。ですが浜松こども館のように認証が飾られていればまず大人に伝わります。その場でこどもが気づかなくても後から教えてもらったり、大人になってから気づくこともありますね。
「まちで育った木材をまちの公共施設に使う」、考えてみるとごく当たり前なことに聞こえますが、なぜかそうなっておらずトレーサビリティがブラックボックス化している。「なぜそれが難しいことなのか?」を大人や次世代を受け継ぐこどもたちが、まずは不思議に思うことが大きな目標達成への小さな一歩なのかもしれないです。
浜松こども館に飾られた認証の証明書
高橋|PD
最近、FSC®認証のマークをときどき見かけます。家具だけでなく、先日は尾瀬の木道にも見つけました。少し意識を変えれば、地球環境への貢献という視点を持って、見る目が変わってきたと感じます。特に子どもたちは小さい頃から触れるうちに、印象的に残っていくのではないかと思います。
加藤
木材利用というと「木の良さを伝えましょう」となりがちですが、子どもだけでなく大人向けにも産業の循環の中で、こうあるべきだ、とシンボリックに伝えていくことも大事ですね。
田代|PM
このFSC®プロジェクト認証も一見、SDGsのうちの一つ「陸を豊かにする」にのみ貢献しているように見えますが、実は14のゴールにつながっています 。例えば、「働きがいも経済成長も」や「つくる責任つかう責任」といったゴールです。浜松市さんのように自治体が率先してFSC®プロジェクト認証を取得することで、地元の林業事業者さんへ還元され労働環境の向上に繋がる。それにより林業従事者の人が増え、適切に森林を管理できるようになる。決して簡単な話ではないと思いますが、その大きな循環の小さな一役でも当社が担えることができれば、それは非常に嬉しいことだと感じます。
鈴木|D
私も地球環境だけでなく、人の循環も大切だと思っています。林業が廃れていくとまちの過疎化が進んで人が住まなくなって…あるところが廃れていくと、全体が廃れていく。うまく世の中が回っていくためのバランスが重要です。長期目線でみたときに、空間づくりを通じたFSC®プロジェクト認証の取得が、社会構造や経済を豊かにすることにつながり、世の中を豊かにすることにつながるんだ、ということを皆さんにしっかり伝えていきたいですね。
田代|PM
経済合理性と持続可能な社会とのバランスのとり方やアイデアを走りながら考える、今はそんな時代だと感じます。私たちが最終的に見える形で残せるものは「空間」ですが、そこに至るまでの材料調達や協力社さんとの体制づくりも大切なプロセスのデザインだと気づかされました。今回のFSC®プロジェクト認証の経験を生かして、模索と実践を続けていきたいと思います。まずはその気づきを与えてくださった浜松市さんへ深く感謝です!
加藤
皆さんの今回のマインドの変化や気づきは、今後のエポックになりそうですね。今後もこういったプロジェクトは増えていくと思います。本日はありがとうございました。
【企画】フェアウッド・プロジェクトメンバー:北川春香・横田智子・岡村有希子
【執筆】横田智子
【撮影】サトウヒデキ
【ライセンスコード】FSC-P001847
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出処のわかる木材を世の中に
空間づくり×木材のトレーサビリティ確保で、社会や地域を豊かに