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- ノムログ編集部
人が心身ともに良好に過ごし、健やかで幸せな状態にあることを指す「ウェルビーイング」。変化する社会環境でその認知と重要性は高まり、企業では「働き方改革」や「健康経営®」を通じて社員満足度向上を目指し、自治体では新しい地域活性化施策を取り入れる動きが活発化しています。そんな「ウェルビーイング」に関して、私たちは感覚的にその重要性を認識しているものの、科学的なエビデンスはあるのでしょうか?
2022年7月20日に乃村工藝社にて開催されたセミナーでは、ウェルビーイング研究の第一人者である慶應義塾大学 前野隆司教授にご登壇いただき、後半からは乃村工藝社プランナーの乃村隆介とともに、オフィス・コミュニティスペースの事例を通して、ウェルビーイングを実現する空間づくりについて話し合いました。
前野 隆司教授 /写真右
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長を兼任。
乃村 隆介 /写真左
乃村工藝社 プランニングセンター プランナー|クリエイティブディレクター。商業施設の開発、地域活性化、ワークプレイスの空間デザインのコンセプト立案などに従事。さまざまな分野でお客様の課題解決に取り組み、コミュニケーションを構築し、それを空間化することに注力している。
参考:オフィスとまちをつなぐのはセレンディピティ。 田中元子さんと語るセミパブリックの可能性
上記の記事でも乃村隆介が地域との取り組みやオフィスについて語っています。是非ご覧ください。
ウェルビーイングな空間づくりに欠かせない「幸せの4因子」
前野隆司教授は、ロボットの研究から人の身体と心に関心を持ち、現在は幸福学、共創学、社会システムデザインの研究に幅を広げ、ウェルビーイング研究の第一人者です。
「ウェルビーイング 幸せを感じる場と働き方」というテーマで前野教授には、ウェルビーイングとは一体何なのか、働き方とどのような関係があるのか、幸せな心の状態はどのようにつくられ、それは場づくりとどう関係するかについて最新の研究成果に基づいてお話しいただきました。
人の幸福度と仕事のパフォーマンスの関係は科学的に実証されつつあるそうです。前野教授は、ウェルビーイングには社会的に良好な状態、身体的に良好な状態、心理的に良好な状態の3つの状態が含まれると説明し、心理的に良好な状態になるためには、1 やってみよう因子(自己実現と成長)、2 ありがとう因子(つながりと感謝)、3 なんとかなる因子(前向きと楽観)、4 ありのままに因子(独立と自分らしさ)の「幸せの4因子」が深く関わっていると述べました。
詳しい内容は、ぜひセミナーのアーカイブ動画をご覧くださいhttps://www.nomurakougei.co.jp/service/seminar/0720seminar_archive_entry
AFTER TALK 前野教授の講演を終えて
前野教授のお話の後、クリエイティブディレクターとして参画した自社のオフィス内コミュニケーション・スペースの開発の経緯やその効果を紹介しながら、「ウェルビーイングを実現する空間づくり」のヒントを語った乃村隆介。乃村エ藝社内コミュニケーション・スペース「RESET SPACE_2(リセットスペース2、以下RE/SP_2と表記)」や、地域と共に取り組むコミュニティスペースの仕掛けづくりやその効果もご紹介しました。
セミナーを終えて、前野教授と話して感じたことや、紹介しきれなかったエピソード・これからの取り組みなどについて、ノムログ編集部が聞きました。
空間づくりにおけるウェルビーイングを意識したきっかけ
乃村工藝社グループの提供価値は「お客様に歓びと感動をお届けする」ということなんですけど、その前提に経営理念があって、そこに書かれていることをよく読んでみると、今の時代にとてもよくフィットしているんです。経営理念を読みながら、人々に歓びと感動を提供する空間ってどんなものだろうと考え始めたのがウェルビーイングを意識したきっかけです。
私たちがつくる空間は、基本的にはクライアントさんがいて、その先に生活者の方々がいます。そこでどういう空間をつくったらいいか……、これは完全に私の個人的な意見なんですけど、そこに集まる人々がみんな笑顔になる状態というのが望ましいと思っているんです。それは企業さんのショールームでも、商業施設・文化施設でも同じです。笑顔になる状態を、昨今注目されているキーワードであるウェルビーイングに紐づけると、とてもすっきりしました。※1
※1 乃村工藝社は「心身ともに健やかに、幸せになる空間づくり」としてウェルビーイング・スペースをご提案しています。
RE/SP_2の笑顔をつくる仕掛け
空間づくりにおいて、私は人の行動のきっかけをつくるということを個人的なテーマに掲げています。ただ空間があるだけでは駄目で、その空間に集まった人々が何かアクションを起こすための動機づけになるものを散りばめることが必要だと思っています。
普段はクライアントさんのためにそういうきっかけづくりをしているのですが、自社のコミュニケーション・スペース「RE/SP_2」は、社員がどうしたらここに集まってくれて、人と人が交流してくれるだろうか……、そのタッチポイントをたくさんつくることを考えました。
例えば「食べる」とか「飲む」はリセットするきっかけとして大きなコンテンツです。飲食する場所をどう配置するかはとても重要なことだと思います。また、自動販売機で食べ物や飲み物を買った時に、カトラリーをわざと少し離れた場所に置いて、取りに行くのに少し時間がかかるようにすると、その移動時間で何かを思いついたり、偶発的な出会いがあったりするので、便利にしすぎず「余白をつくる」ことが大事です。
無駄があることは、決して無駄じゃない
「RE/SP_2」のコンセプトは“Unique Park”ですが、裏テーマは「さぼる」なんです。会社の中に、今までは存在しなかった「仕事をさぼれる」公園のような空間をつくることが、働く上でのウェルビーイングに直結するだろうと思いました。気持ちを切り替えたいときに、自分がいつも働いている場所ではない、サードプレイスのような場所があることは、すごく大事なことです。
前野教授のセミナーで、「無駄があることによって実は生産性が上がる」というお話をお聞きして、とてもうれしかったです。私たちが感覚的にやってきたことが、学術的なエビデンスで裏付けされたわけですから。感覚的と言っても、実は今までいろいろな空間デザインをしてきた中で蓄積されていった感覚なんですが、学術的に研究されている方に裏付けていただくと、やっぱりそうだったんだ ! と改めて腹落ちしました。前野教授がウェルビーイングな状態を表すいくつかの項目を挙げていましたが、その項目と私たちがつくっている空間での体験を結び付けて説明できると、いろいろな人たちにわかりやすく伝えることができ、理解が進むと思います。
ワークプレイスのウェルビーイングな空間はどうあるべきか
生産性とか効率性とかいわゆる機能面だけでワークプレイスをつくると、旧来型のいわゆる事務処理をするだけの場所になってしまいます。これからの時代のワークプレイスは、人が集まって何か新しい創造が生まれる場所であるべきです。人が集まるのに最適な空間はどんなものなのかを、私たちは考えていかないといけません。社員が会社に行く理由やモチベーションになる場所をつくることが必要です。
このパンデミックを経て、いつ何が起こるかわからない、今まで正しいと思っていたことが180度変わってしまう世の中になってきて、つねに創造的であることがどの企業においても必要なことです。イマジネーション(想像)とクリエーション(創造)はどちらも「そうぞう」ですが、このどちらも必要なこと。企業のワークプレイスは、そういう場所になっていくと思います。
空間デザインを後押ししてくれるデータを !
前野教授のお話しをお聞きして、私たちも感覚的な蓄積だけではなく、データも取らないといけないと改めて気づきました。せっかく「RE/SP_2」のような実験場があるわけですから、いろいろな取り組みができたらいいなと思います。セミナーでも少しお話ししましたが、その場所にいる人たちの笑顔を可視化・数値化するemograf(エモグラフ)※2 や、人流解析をはじめ、科学的なデータ分析ももっと活用していきたいです。
しかし、数値はあくまで空間デザインを裏付けるために必要なもので、数値だけが独り歩きしてはいけないと私は思っています。セミナーが終わった後に、いろいろな人と話をしたら、「RE/SP_2」のことは知っていたけど、セミナーでウェルビーイングに紐づいた話を聞いて、この空間に対する価値が非常に高まったという声を聞きました。写真や動画だけではなくこの空間で行われる活動もしっかり伝えていくことが大事だと改めて実感しました。
ウェルビーイングはこれからの時代の大きな潮流です。社員が心身ともに健やかに幸せになるようなワークプレイスやコミュニティスペースをはじめ、お客様と共にウェルビーイング・スペースを実現していきたいと思います。
※2 emograf(エモグラフ)は、乃村工藝社NOMLABと株式会社ワントゥーテンが共同開発したプロトタイプ(実験段階)のデバイス。機械学習モジュールを搭載したカメラでリアルタイムに人の表情を撮影し、解析してその空間の雰囲気を数値化することができます。セミナーでは当社がバージョンアップしたプロトタイプをご紹介しました。
(取材・文:岩崎唱/写真:安田 佑衣/企画:岡村有希子・横田智子・市川愛)
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プロの目線で“空間と体験”の可能性を切り取ります