- text and edit by
- 山口 千晴
「カフェを営んでみたい」
「習い事の先生になりたい」
「農業をしてみたい」…
みんなの「やってみたいこと」が実現する町があります。
それは、秋田県の五城目町(ごじょうめまち)です。
そこには、同じ志を持つ人々が場を共有することで生まれた人の輪、
すなわち「地域コミュニティ」の存在がありました。
乃村工藝社がコミュニティについて考える理由
乃村工藝社では、令和4年度より「ソーシャルグッド(=社会貢献と事業を両立すること)」をテーマに、R&D活動(Research & Development:研究開発)を開始しました。
新たな事業や研究テーマを募集し、環境、地域、文化、人などテーマごとにチームに分かれて、
3年間活動します。
「インクルージョン&アート」チームでは、
「誰もが参加できる」…インクルーシブデザインの環境構築、
「誰でもどこでも交流できる」…文化・芸術体験を通じた新たな接点の創造、
「誰もが主役になれる」…個人のスキル・キャリアが活かせる仕組みの実装
をテーマに、ワークショップやイベントを通じて、利用者とともに空間の使われ方を共有し、
持続的な賑わいの実現を目指す活動に取り組んでいます。
「①企画・設計→②運営→③活動」という従来の空間づくりでは、
オープンしないと本当に人々に利用される空間になっているか分からない、という課題がありました。
しかし、これからは人々の暮らし方や地域コミュニティの活動ありきで空間をつくっていくべきだと考えるからです。
地域コミュニティについて調査する中で、
秋田県五城目町では、シェアオフィスBABAMEBASE(ババメベース)を起点に、
地域住民による多様な挑戦が町全体に拡がりをみせていることが分かりました。
本記事では、五城目町で生まれた地域コミュニティをご紹介するとともに、
形成におけるポイントについて考えてみたいと思います。
*BABAMEBASEを運営する「一般社団法人ドチャベンジャーズ」の丑田香澄さんのご協力のもと取材を行いました。
*BABAMEBASE公式HPはこちら
丑田香澄(うしだかすみ)
秋田県出身。慶応義塾大学卒業。
東京で子育てをしながら、子育てを支援する法人ドゥーラ協会を起業。
2014年に地域おこし協力隊として秋田へ。一般社団法人ドチャベンジャーズの理事を務める。
秋田県五城目町の地域コミュニティ①
町の未来を考える地域コミュニティ「BABAMEBASE」
地域の風土を生かした秋田県五城目町の魅力
五城目町は、秋田県中央部に位置する人口8500人程の町です。
面積の8割を森林が占め、木材の町・職人の町として発展しました。
毎月2、5、7、0のつく日に開催される五城目朝市や、
乳白色のお湯と硫黄泉が特徴である湯の越温泉(他にも温泉は多数存在)、
お米を団子状に丸めて肉や野菜と煮込んだだまこ鍋、
日本酒の「一白水成」、特産品のキイチゴが有名です。
町の総人口における65歳以上の割合は51%を超えていますが、
むしろゼロベースでの起業がしやすい、という田舎ならではスタイルを発信することで、
県外から教育事業やIT事業に携わる起業家が移住する流れが生まれています。
「やりたいことに挑戦できる」という風土を生かした、地域に根差した多様な挑戦が自然発生し、
町での暮らしや子育てを楽しむ人が増加しました。
地域コミュニティの核となる施設が五城目町、馬場目(ばばめ)地区にある
「BABAMEBASE(五城目町地域活性化支援センター)」です。
廃校を活用したシェアオフィスとして、2013年に誕生しました。
地域に根ざした事業を行う起業家や企業が入居しており、
県内外や海外からも、年間で約5,000名ものお客様が訪れます。
BABAMEBASE(五城目町地域活性化支援センター)
2000年に老朽化した小学校を建て替えたが、わずか11年後、近隣の小学校との統合が決定し、廃校に。
その建物の活用を目指して、五城目町役場が東京から民間企業3社を誘致。
同施設に入居していた地域おこし協力隊のメンバーと共に、2017年「一般社団法人ドチャベンジャーズ」設立。
現在も指定管理者として同施設を運営。2022年までに延べ38社が入居している。
秋田県五城目町の地域コミュニティ
丑田さんによると、オープン直後から、町や入居企業と地域おこし協力隊の皆さんが一体となって、地域住民の方に参加いただけるような、さまざまなイベントを開催したそうです。
施設紹介だけでなく、アプリ開発や遊び場づくりといったイベントを開くことで、
BABAMEBASEは地域住民にとって「気軽に立ち寄れる場」に変化していきました。
その後、毎度行事に参加してくれる地域住民のモチベーションに目を向けた入居者の皆さんが、五城目町について意見交換する場を開くと、
「五城目朝市がマルシェみたいになればいいのに」
「子連れで入れるカフェがあればいいのに」
など、地域住民のリアルな声を拾うことができたそうです。
ここからBABAMEBASEの入居企業と地域住民と人々の間に、
「町の未来を考える」という共通項が生まれます。
2023年現在、BABAMEBASEには多様な職種の方々が入居し、また、彼らを訪ねる利用者がいます。
デザイナーに商品パッケージの相談をしにくる農家の人、
農家の人と畑仕事を共にし、栽培した野菜で食事を提供するシェフ、
シェフのお手伝いをするこども、
こどもにダンスを教える先生…
いずれも「町の未来を考える」という共通項を持ち、地域に根差した挑戦をし続ける地域コミュニティです。
秋田県五城目町の地域コミュニティ②
町のファンによる地域コミュニティ「シェアビレッジ」
BABAMEBASEを起点に誕生した地域コミュニティの輪は施設を飛び出し、
地域住民だけでなく、県内外からの訪問者を巻き込みながら拡がりをみせています。
シェアビレッジ
維持管理ができず壊す予定だった古民家を複数人でシェアする形で2015年にオープン。現在はリニューアル中。
移住者や起業家を生んだ取り組み
BABAMEBASEから徒歩5分のところに「シェアビレッジ」と呼ばれる茅葺古民家があります。
維持費がかかる古民家を複数人でシェアし、保全を超えた地域コミュニティを構築する取り組みです。
茅葺古民家を「村」に見立てており、「年貢(=年会費)」を納めた「村民(=参加者)」は「里帰り(=宿泊・体験)」する権利が貰え、「寄合(=交流)」に参加します。
このような、移住に捉われない田舎への関わり方は、新たな移住者や起業家を生みました。
また、シェアビレッジを介して、地域住民と訪問者との新たな地域コミュニティも生まれつつあります。
例えば、里山の保全活動をする地域住民と出会った、伝統工芸品に携わる訪問者は、
地域住民が所有する山に漆の木を植えることとなり、定期的に五城目町を訪れています。
秋田県五城目町の地域コミュニティ③
新しいことに挑戦する地域コミュニティ「ごじょうめ朝市plus+ 」
五城目町について意見交換をしたり、
BABAMEBASE入居企業と地元の事業者の連携、訪問者・移住者の活動の様子を見て
「自分もなにかやってみたい」
と刺激を受けた地域住民が、BABAMEBASEへ相談にやって来るようになりました。
そんな彼らの背中を押す取り組みのひとつが「ごじょうめ朝市plus+」です。
「五城目朝市」を利用した挑戦の場
「ごじょうめ朝市plus+」は、520年続く町の名物である「五城目朝市」をもっと盛り上げようと、
五城目朝市の開催日(毎月2、5、7、0のつく日)のうち、
日曜日が重なる日に「ごじょうめ朝市plus+」として新たに開始した市場です。
地域住民と地域おこし協力隊が、新たにスタートさせました。
出店料は地域住民なら110円と小学生でも出店が可能であり、
「いつかお店をやってみたい」という人の挑戦の場としても機能しています。
ごじょうめ朝市plus+にとどまらず、
「ヨガ教室をやってみたい」という人が居れば
「絶対できるよ」「まずは友達を呼ぼう」「この場所が良いと思う」
と背中を押してくれる存在が居ます。
そして「やってみたら意外と出来た」という成功体験が生まれ、
その様子を見た他の人がまた新しいことに挑戦する、更にそれを応援する…
といったサイクルの中で、地域住民発のさまざまな企画が拡がりました。
秋田県五城目町の地域コミュニティ④
自走する地域コミュニティ「中心市街地の小商い」
段階を経て変わっていく五城目町
●五城目町の未来を考える(1.町の未来を考える地域コミュニティ「BABAMEBASE」)
●訪問者・移住者と交流し刺激を貰う(2.町のファンによる地域コミュニティ「シェアビレッジ」)
●自分で新たな挑戦を踏み出す(3.新しいことに挑戦する地域コミュニティ「ごじょうめ朝市plus+ 」)
このような段階を経て、
遂に「やってみたかったこと」を実際に叶える人が生まれ、
中心市街地には、新たな小商いが相次いで誕生しました。
喫茶「いちカフェ」は、「もっとたくさんの人にこの町の暮らしを楽しんでほしい」という想い持った地域住民が開いたカフェです。
その隣と上層階には、「ただのあそび場」という、誰もが「ただで」あそびに来ることができる屋内公園も開設されました。
さらに、子供が集まるようになると、習字やプログラミング教室など、習い事教室を開きたい人も現れました。
このように地域住民主体で展開された事業は、町全体に連鎖していきます。
いちカフェ
地域住民が、移住者との交流、「ごじょうめ朝市plus+」への参加を経て「やってみたい」ことを叶えたカフェ。2018年オープン。
ただのあそび場
ボルダリングやうんてい、レゴブロック、落書き自由な壁を活用して誰もが自由に遊ぶことができる場所。
教育事業に携わる移住者が2017年にオープン。
秋田県五城目町で生まれた地域コミュニティ
秋田県五城目町のBABAMEBASEを起点に生まれた4つの地域コミュニティについてご紹介しました。
このように、地域住民が「やってみたいこと」を実際に成し遂げる「自走する地域コミュニティ」が形成されるまでには、いくつかの段階があることが分かります。
秋田県五城目町で「自走する地域コミュニティ」を形成した4つのコミュニティ
1.町の未来を考える地域コミュニティ「BABAMEBASE」
最初は行政・民間企業が主体となり、そこへ地域住民が参加する形で地域コミュニティが生まれました。
ここで大切なのは、行政・民間企業と地域住民が「目標を共にすること」です。
BABAMEBASEでは、入居企業が「地域に根差した挑戦をする」という自らの活動を共有すると共に、住民が参加しやすい場をつくった上で、「町の未来はどうあるべきか」という問いを投げかけることで、
「町に○○が欲しい」「○○を仕事にしたい」といった、地域住民の願望が顕在化しました。
2.町のファンによる地域コミュニティ「シェアビレッジ」
次も、民間企業が主体となり地域住民が参加する形は変わりませんが、新たに訪問者を招き入れることで、地域住民と訪問者で構成される地域コミュニティが誕生します。
県外から町を訪れる活動的な外部の人との交流を経ることで、
「自分もなにかやってみたい」と願望が意志へと変化し、新たなことに挑戦する機運が芽生えます。
3.新しいことに挑戦する地域コミュニティ「ごじょうめ朝市plus+」
そして、主体性を持ち始めた地域住民を行政・民間企業がサポートする形へと移行します。
ここでは「誰もが参加可能な挑戦の場をつくること」が重要です。
自分のお店を持ちたい地域住民が実店舗を構える前に腕試しとして出店できる、ごじょうめ朝市plus+のように、地域住民が主体でありながらも、行政と民間企業が連携して場づくりをすることが大切です。
4.自走する地域コミュニティ「中心市街地の小商い」
これらを経て「自走する地域コミュニティ」は形成されていきます。
また、同じ空間を介して地域住民同士で連携することで、更なる相乗効果を生みます。
地域コミュニティの形成と活性化におけるポイント
1. 「行政・民間企業と地域住民で目標を共にする」
どんな地域にも「こんな町になってほしい」「こんなことをやってみたい」と考えを持つ地域住民は居る。地域住民が参加しやすい場をつくり、本音を引き出せるような取り組みが大切。
2. 「地域住民と訪問者との出会いの場をつくる」
活動的な外部の人と出会うことで、地域住民も刺激を貰うことができる。
県外から人を呼ぶためにも、移住以外の緩やかな選択肢を用意する。
3. 「誰もが参加可能な挑戦の場をつくる」
事を起こす前に腕試しができる機会を設定することで、何事にも挑戦しやすくなる。
場づくりのためには行政と民間企業がタッグを組む必要もある。
4. 「同じ空間を介して協力する」
同じ目的を持った人同士が商店街やビルなど同一空間を介して連携することで、相乗効果を生む。
五城目町から学ぶ地域コミュニティと場づくりへの挑戦を胸に
五城目町のように高齢化率が高まりつつある地域は、日本各地に存在しているでしょう。
人口が減少し続けていく中、これからはますます、一人ひとりが熱意や能力を十分に発揮し、互いに補えあえる社会であることが大切です。
五城目町のように、地域に根差した場づくりから、そこに集う企業や住民の間で地域コミュニティが生まれ、さらに多様な挑戦へ、じわじわと広がり続けていけるはずです。
空間創造に携わる人間として、利用される地域住民の方々とのコミュニケーションを心掛けています。
竣工予定の物件があれば、建設予定地を舞台に、地域住民が参加できるワークショップを開催します。
そこで、新しい空間ができることをお伝えすると共に、どのようなものがあれば訪れたくなるか等ヒアリングを行うことで、設計プランに活かすことが可能です。
また、着工後も空間をつくる過程に参加頂くことで、地域住民の方々自身が手掛けたものが空間に残り、愛着を持って頂けるようになります。空間が出来上がるのを共に楽しみに待ち、竣工後も定期的に通っていただけるような関係性の構築を目指します。
これからも、地域に長く愛され賑わい続けるような空間を目指して、地域で暮らす方々の声に耳を傾けながら、誰もが「やってみたいこと」に挑戦できる地域コミュニティや仕組みづくりに携わっていきたい、と考えています。
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地域の"誇り"をつくる