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- 菊人形活性化プロジェクト
乃村工藝社と菊人形の関係
秋を代表する日本の花といえば「菊」です。
もっぱらの需要としては仏花・献花というイメージですが、品種改良による様々な色や形の多様化、お花屋さんによる販促もあり、インテリアや贈る花として生活に彩りを加えてもいます。
そんな菊を使った「菊人形」という日本の伝統的な細工物をご存知でしょうか?
そして見たことはありますか?
「菊人形」とは、江戸時代から続く、“人形の衣装を菊の花や葉を生花のまま組み合わせて作った細工物”です。
江戸時代から遡ると300年以上の歴史がある菊人形。実は乃村工藝社の飛躍の原動力なのです。乃村工藝社の創業者である乃村泰資は、大正時代当時、大衆の娯楽として人気のあった菊人形を大規模な装置と仕掛けを使って演出し、大成功を収めました。詳しくはこちら
その技術を受け継ぐ会社が、乃村工藝社の菊人形専門部門として昭和34年に設立された“乃菊社”です。現在は4代目の辻裕康氏が社長を務めています。
日本全国各地で秋の興行として家族団らん、植物を愛する人々の目を楽しませてきた菊人形ですが、娯楽の多様化が進む現代では、需要の創出や製作技術の継承が課題になっています。自社の創業の原点を振り返り、令和の時代に合った菊人形の可能性を探るべく、乃菊社専務・辻英明さんを迎えて、2023年7月、乃村工藝社社内で菊人形の展示とイベントを実施しました。
辻 英明さん
1975年生まれ、神奈川県横浜市出身。東京藝術大学大学院修士課程彫刻専攻卒業。
4代目社長 辻裕康氏の息子として、菊人形の未来を担い、全国を駆け回っている。
[イベント概要]
①菊人形を巡る歴史と社史トーク&菊付け実演
モデレーター:
乃村工藝社経営企画部部長 加藤悟郎、クリエイティブ本部プランナー 下國由貴
ゲスト:乃菊社 辻英明さん
②菊付け体験ワークショップ「菊ボール作り」
③菊にまつわる食の提供「ふるまいテーブル」
菊人形ゆかりの地・福島県二本松市の菊のお菓子『菊のタルト』、各地の新茶、二本松市の日本酒の提供(日本酒には菊の花びらを浮かべ菊見酒を体験)
この記事ではメインイベントである菊人形を巡る歴史と社史トーク&菊付け実演を中心に紹介します。
菊人形を巡る歴史と社史トーク&菊付け実演
司会進行を務める乃村工藝社 加藤より、この記事冒頭で紹介した乃村工藝社と菊人形の歴史を説明したのち、辻さんのお話を伺いました。
写真左から乃村工藝社 下國・加藤、乃菊社 辻さん
加藤
では辻さんより、簡単に自己紹介をお願いします。
辻さん
乃菊社の辻です。毎年10月中旬から11月中旬に開催される“二本松の菊人形“で有名な福島県二本松市をメインに、菊師の仕事をしています。また、東京でも湯島天神で菊付けを行っています。愛称は“菊のおっちゃん”です。菊人形は生きた植物を相手にする以上、作ったものを置くだけでなく、現場での毎日の水やりや10日に1回の着せ替えといったメンテナンスもセットになるので、来場者の方とコミュニケーションをとりながら菊付けすることを心がけています。
今回のイベントを通して乃村工藝社の皆さんと意見交換しながら、新しい菊人形の可能性を探っていきたいと思っています。
加藤
続いて、和装が素敵な下國さんも自己紹介をお願いします。
下國
乃村工藝社プランナーの下國です。5年ほど前に福島県二本松市さんの「菊のまち二本松ブランディング」というプロジェクトに携わりました。(詳しくはこちら)
本日は、後ほどご紹介する“新しい菊人形の魅せ方”をご紹介するために、地毛で日本髪を結ってもらい、浴衣ですが和装にしました!本日はよろしくお願いします。
加藤
さて、会場外に展示してある菊人形、皆さんご覧いただきましたでしょうか?菊人形の一般的なシーズンは秋ですが、今回のイベントに合わせて、オリジナルの菊人形を作っていただきました。
辻さん
今回の菊人形は、二本松市にある花農家の武藤園芸さんの菊で制作しています。
武藤園芸 栽培ハウスにて
下國
私も以前伺ったことがあるのですが、広大な敷地に菊をはじめとする様々な切り花用の花卉(かき)を育てるハウス群と圃場(ほじょう)があり、一部は「ムトーフラワーパーク」として一般の方へ公開もされていて、景観も素晴らしい素敵な場所でした。
加藤
菊人形の展示を現代でも開催している地域は少なくなり、その中でも有名なのは二本松市。展示して、菊の生産もしている。産地との結びつきは菊人形にとって大切なポイントですね。さてここからは、菊人形がどのようにつくられるのかについて伺いましょう。
辻さん
菊人形の制作過程は簡単に説明すると、人形の絵を描く→竹で組んだ網目状の骨格に、藁や檜の葉を巻き付けて「胴殻」という下地を制作→現場に設置→「胴殻」に生花の菊(水分補給のために水苔に菊の根っこを巻いた玉状のオアシスを付ける)を飾り付け→日々の水やりや枯れてきた部分の差し替えなどのメンテナンスとなります。
菊の飾り付けは、下地の檜の葉の緑が隠れるように隙間なく埋めていきます。
下國
今回は、まず「一般的に見られる菊人形ってどんなものか?」「魅せ方としてどこの部分が伝統で、どこに革新性を持たせるか」を辻さんと我々で打ち合わせを重ねましたね。
このイベントのプロデューサーである加藤さんから「伝統的な菊人形を乃村工藝社の社員たちにまずは知ってほしい。」という願いがありました。
でも、どこでも見られる菊人形を置いても芸がない。せっかくだから、伝統を保持しつつ、一風変わった菊人形を制作しよう!と話がまとまりました。
菊の魅せ方をちょっと経験している私と、プライベートで草月流の華道家としても活躍している市川さんとでデザインの方向性を検討し、イメージをお伝えして辻さんに下絵を描いて頂きました。どのようなプロセスで下絵が生まれたかを、下國から説明させてもらいますね。
下國
今回の展示のテーマは『解・菊人形』です。
これまで菊人形に携わらせてもらって、私が一般的な菊人形展示に対して感じていた課題は3つありました。
①物語のワンシーン再現が基本のため、見る人が物語の背景を理解していないと楽しみにくい、また物語再現には複数体の菊人形が必要なため制作時間がかかる。
②顔・首・手以外は全て菊付け箇所になる。菊付け面積を確保するためにポーズが大ぶり。
③花よりも顔(とくに目の部分)のインパクトが強く、“視線の強さ”を感じてしまうこともある。
加藤
一方で、初めて菊人形を見る乃村工藝社社員も多くいるので、まずは伝統的な菊人形を知ってもらいたい、というところもありましたね。現代風の顔を付けるのは違うというか…
下國
そうなんです。だから人形・マネキンの歴史を振り返りながら、伝統的でありつつ、現代の人たちが見ても魅力的に感じるにはどうしたらよいか考えて、いくつかのポイントを抽出して新しいポーズができないかという相談を辻さんにさせてもらいました。
・目線:視線を逸らす/視線は扇で隠す/目を閉じる/頭飾りを強調して目自体を無くす
・所作:体をひねり舞う/肩を下げて見返り/宙を見上げるなど、しなやかな和の所作
ポーズを色々模索…
また、菊人形制作でよく手本にされる活劇(物語のワンシーン)ではなく、カメラに向かってポーズを決める、現代人になじみのあるファッションモデルの立ち方を参考にすることが一つ。もう一つは、衣装の裾を表現する菊を床に流れ出るくらい長くして、花嫁のロングベールのように足元に広がりを持たせてもらいました。
菊人形を長持ちさせるためには足元に水盤があるのですが、それを隠すことで、“ここに置きました”感を緩和し、ゆるやかに鑑賞者へ近づくステージをご提案しました。
打ち合わせを経て、生まれたのがこちらの下絵です。
辻さんによる下絵
下國
襟足が美しい後ろ姿で、視線は伏し目がちな流し目。顔を半分扇子で隠しています。
頭(かしら)の造作自体は伝統的な手法で作られた胡粉塗りの人形頭を使用し、近づいて顔を覗きこむと美しい目や艶やかに塗られた紅が見られるという趣向です。
辻さん
実はいい顔が隠れている、っていう表現は粋ですよね!
菊人形の顔、つまり頭は、手足と一緒に「人形師」と呼ばれる職人が制作します。
野外展示での耐久性を考慮して、昨今はFRPで作られることが多いですが、伝統的な頭は、桐木とおがくずと布海苔でつくられ、胡粉塗りで仕上げます。目はガラス、髪は人毛です。今回はこちらの伝統的な頭を化粧直しして使いました。
今回の展示で使用した伝統的な菊人形の頭
加藤
ではここで、菊師の仕事のメインとなる菊付けの実演タイムです。今日は最初の作業となる襟元の部分の菊付けを見せて頂きます。
辻さん
ベースとなるのは胴柄です。2mm角160㎝の真竹か淡竹の竹ひごに、7本程度の藁を巻いた“巻き藁”を36本~50本使い、タコ糸で留めて人型の人形をつくります。“巻き藁”があることで、しなやかに動かすことができます。
あとからポーズを変えられるようになっているんですね。
こちらに保水と菊の発色を良くするための下地用草木を付けます。ヒノキ類、コノテガシワや関西ではカイヅカイブキを使います。イ草を水でうるかして(東北の方言で“浸して柔らかくする”)縛っていきます。その後、菊をつけます。
一体完成させるまでに全部で1,000回ぐらいイ草を結んでいることになります。
下國
1体作るのに何日ぐらいかかりますか?
辻さん
今日実演で使っている座像だと1日半ぐらい。凝り始めると2~3日かかります(笑)
加藤
二本松ではどんな方々と菊付けの作業をされていますか?
辻さん
もともと菊師は男性ばかりでしたが、今は日々の農作業で植物の扱いに慣れた手先の器用な地元の女性たちが活躍しています。
下國
二本松の女性の菊師の皆さんは、すごく気さくにお客さんと話しながら菊付けしていますよね。
次は菊付けの作業ですね!根っこ付きの小菊が登場ですね。
辻さん
菊は畑から抜いて、根っこを洗った状態にします。根の部分に水で濡らした水苔を藁で巻いて玉にします。これを根巻きといいます。
根巻きが済んだらいよいよ菊付けです。付ける場所が決まったらイ草で結びます。菊の種類によって茎のしなやかさが異なるので1株ずつ様子を見ながら付けていきます。
下國
1体につける菊の本数は?
辻さん
500本から、多いもので800本ぐらいです。完成版の「見返り美人」菊人形もぜひご覧ください。
「解・菊人形」展示の様子
― 左が下絵の作品、右は内部が見えるように半分だけ菊付けした状態
加藤
完成品は素晴らしいものですが、実際のプロセスを目の前で見てみると本当に地道な作業で菊師になるには根性が必要そうですね。一人前になるのはどのぐらいかかりますか?
辻さん
最初は3年ぐらいでできるようになるかな、と思ったのですが、携わってみると10年があっという間で。もちろん時間をかけて技術を身につけることは必要ですが、かつての乃村泰資さんのように、溢れるバイタリティで菊人形の付加価値を作っていくことも考えていきたいと思っています。
下國
そうですね。今回のイベントでは、まずは乃村工藝社社員に、菊人形や菊に親しんでもらおうと言うことで、菊付け体験のトライアルとして「おうちで飾れる菊ボール」を作ってもらいました。
菊ボールづくりワークショップのサポートするメンバーも浴衣で華やかに
加藤
今後も乃菊社さんと一緒に菊人形を新しい価値を作っていくことを考えていきたいと思います!辻さんは今年の秋も全国の菊人形制作でお忙しくなりますね。見に行きます!
イベントを終えて
今回のイベントを通しての気づきを乃菊社 辻さん、トークショーでモデレーターを務めた加藤・下國に聞きました。
辻さん
初挑戦の夏の展示。玉眼と人毛をあしらった古典の顔を扇子で隠し、後ろ姿を見せる。
初めてのことばかりで、心が高鳴り続けました。
“日本らしさ”“菊人形”。まだ人を惹きつける力を持っているようです。
乃村工藝社様の歴史に深い関わりのある菊人形。今後も魅力発信に努めますのでお力添えよろしくお願いします!
加藤
当社グループのルーツである菊人形をご紹介できたことを嬉しく思います。手間をかけてつくる一瞬の美しさ、そして枯れていく儚さを体感することができました。今後はこの素晴らしさを世界に広く伝えていければと思います。
下國
伝統ある菊人形そのものの魅せ方をデザイン・ディレクションさせて頂けることは大変光栄でした。4月のお花見、お盆の盆踊り、秋の菊人形…日本の伝統行事の一つとして受け継がれていくために、少しづつ“革新”の要素も盛り込んで発展していってほしいと思います。ムービーも制作しましたので、ご覧ください。
今回は社内向けイベントでしたが、菊付け体験参加や展示を見た社員からは、菊人形や菊に関する質問がたくさん出て、関心が高まったと感じています。また、生の植物に触れることでみな生き生きとした表情になっていたことが印象的でした。
乃村工藝社は引き続き、菊人形の活性化に取り組んでまいります。長い歴史と日本らしい伝統美にあふれる菊人形に新しい魅力を付加してより多くの皆様に菊人形の技術を知っていただき、楽しんでいただくことを目指しています。協業等のお問合せも大歓迎です。令和の菊人形プロジェクトにこれからもご注目ください。
【イベント企画・運営】加藤悟郎、大河友美、隅田真衣、下國由貴、市川愛
【ノムログ記事編集・一部執筆】下國由貴
【ノムログ記事執筆】市川愛
【会場写真、ロケ写真・動画撮影/編集】本浪隆弘
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菊人形の未来を考えるチーム