福祉とアートで共生社会の実現を――乃村工藝社の挑戦「インクルージョン&アート」

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乃村工藝社グループはソーシャルグッド活動を推進し、4つのユニットから成るR&Dに取り組んでいます。そのユニットのひとつが「インクルージョン&アート」。さまざまな人にとって居心地の良い空間づくりとアートを介したプログラムでコミュニティデザインに取り組んでいます。

10月28日に渋谷で開催されたNPO法人ピープルデザイン研究所のシンポジウムに、「インクルージョン&アート」のメンバー・デザイナーの松本麻里、プロジェクトマネージャーの髙杉良介、プランナーの梶村直美が登壇。それぞれが取り組んだ「インクルージョン&アート」についての発表内容をレポートします。

株式会社乃村工藝社
クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン4部
兼)ビジネスプロデュース本部 未来創造研究所
デザイナー
松本 麻里

こどもとおとなの空間づくりを軸に、ユーザーや当事者と共に誰もが心地よく過ごせる場のデザインを行う。多様な人々が「文化芸術体験を介して社会や世界とつながり新しい価値観と出会う」をテーマに空間と体験プログラムのデザインに取り組む。
関連記事:企画から地域住民と一緒に取り組んだ 誰もが心地よく過ごせる駅舎づくり

クリエイティブ本部 プランニングセンター 企画1部
プランナー
梶村 直美

事業のメッセージを具現化するコミュニケーションデザインを起点に、ショールームや複合商業施設・ホテルなど多分野でのプランニングを行う。場の持続性を目的とした多様な方々と共創しながらの運用の仕組みづくりを自身のテーマとして取り組む。
過去の記事:脱ショールーム!地域とともに成長する企業施設「KeiyoGAS Community Terrace(愛称 てらす)」
実空間に秘められた可能性って何だろう?(前編)

営業推進本部 北海道支店 営業部
プロジェクトマネージャー
高杉 良介

北海道を拠点に、大型商業施設やイベント展示、美術館など、様々な空間づくりのディレクションを行う。学生時代は美術学を専攻していたこともあり、アートへの造詣も深い。(学芸員・二級建築士)

ケーススタディ1「Super Welfare Fashion Expo」

障がい者をはじめとするマイノリティや福祉そのものに対する「心のバリア」を取り除こうと、2014年から2020年まで東京・渋谷で開催していた「超福祉展」。今年9月、そのスピンオフイベントが、北海道を舞台に民間企業・官公庁・教育機関などが連携し、クリエイティブな発想や技術によって、次の社会・未来を創ろうとする人たちのための場づくりを行う団体「NoMaps」と共に、「Super Welfare Fashion Expo(以下、SWFEと略)」として札幌で開催されました。「SWFE」は「障がいやハンディの有無に関わらず、誰もが当たり前にファッションを楽しめる日常」を目指すイベントです。乃村工藝社からプロジェクトマネージャーとしてこの現場に携わった髙杉から発表しました。

髙杉
SWFEに出展されたアイテムは、車椅子で簡単に着られるドレスや、ひとりひとりの母乳の色を活かしたネックレスなどサイズも形状も様々。そしてとても個性的なアイテムです。コンセプトのひとつに「手に取って、触れる」があるというのもポイントだと感じました。

どんな条件の人でも手に取りやすく、商品のコンセプトに寄り添える什器。かつ、目が肥えた現代の消費者を素通りさせない、アイキャッチ的な要素も不可欠。そこにSDGsとソーシャルグッドの要素も掛け合わせたい――その信念を持って設計に進んだといいます。

若い世代にも福祉活動に興味を持ってほしい、その思いで学生と向き合う。

髙杉
若い世代にも福祉活動に興味を持ってほしい。共生社会に思考を巡らせるきっかけとなってほしい。そう考え、北海道科学大学 工学部の建築学科の生徒さんに協力してもらおうと考えました。大学でオリエンを実施したところ、2年生の女子学生3名、4年生の男子学生2名が手を挙げてくれました。

手を挙げてくれる学生さんがいてホっとしたと笑顔を見せた髙杉。さらに当時の様子を振り返ります。

髙杉
学生さんには「この仕事を前向きに楽しみながら積極的にやってほしい。その思いはアイデアや什器に滲み出るはずだから」と伝えました。とくに最初のうちは、学生さんの意思や意見を尊重し、僕らはなるべく口を出さないようにしました。

ここで会場中央に設置されたモニターに、実際に学生さんたちが描いたスケッチや、模型や図面の写真が映し出されました。

アイデアが固まると、次は模型や図面の作成。「通路はこの幅で車椅子の方が通れる?」「この什器の高さで車椅子の方が手に取ることはできる?」などを話し合い、実際に車椅子ユーザーの方の声もきいてチェックを。また、会場の天井が非常に高かったので、それを活かしたハンガーラックがあると前を通るお客様にアピールできるアイキャッチになるだろうと。その観点から図面を作成し、完成後は学生さんとホームセンターに通って素材を調達しました。ビジネスですから、仕事におけるお金とはどういうものかという話もしました。素材は弊社の協力会社さんの工場に持ち込んで、工場の稼働が終わった夜に制作をスタート。極力機械ではなく、学生さんたちの手で3日に渡って什器を作っていきました。

什器にはアールを。ハンガーラックには思い切った高低差を。

実際のハンガーラックとアメーバ什器の写真がモニターに映し出されます。

髙杉
ハンガーラックはアイキャッチの役割もあるので高低差を意識し、斜めの形状で制作。SWFEのロゴのカラーを取り入れました。アメーバ什器もあえて様々な高さにして天板にアールをかけることで、奥の方の商品にも手が届きやすいように。SDGsの観点から什器は木製にしました。北海道科学大学の学生さんと共にものづくりを行うことで、人材の育成につながったように思いますし、超福祉と共生社会への気づきときっかけ作りにもなったのではないかと思います。

最後に「乃村としての共生社会実現に向けた活動はまだ手探りですが、社会で実装していくことでわかることもある。その思いで今回取り組みました」という言葉で締めくくりました。

ケーススタディ2「深沼うみのひろば」

次はプランナーの梶村からの発表です。紹介する「深沼うみのひろば」は10月14日にオープンしたばかりの場所。仙台市の東側沿岸部にある、深沼地区にある海辺のインクルーシブパークです。深沼地区は約750世帯が住居を構え、目の前は東北地方でも有名な海水浴場でした。が、東日本大震災以降、人が住めない状況となり集団移転を余儀なくされることに。

梶村
深沼は、昔から「よいっこ」という習慣があったそうです。助け合うこと、共同生活が当たり前という意味なんですね。「よいっこ」をキーワードとしてインクルーシブパークをつくろうとなり、構想を具体化するところから乃村工藝社は参加しました。いろんな方々の思いがここに集まる形で開発を進めようということで、「みんなでつくる、みんなのひろば」というコンセプトを立てました。

そのコンセプト通りに、近隣や市内の皆さんと賑わいを取り戻す活動を一緒にできないかと考え、さまざまなものづくりを共に行うことにしました。
深沼は風がとても強い地域。その風になびくものを、パークのシンボルとしたいと考えました。「土と水と風と遊ぶ」を体験アクティビテのコンセプトとし、いろんな方々が参加するイベントを計画し、テーマは「色と音」に。「色」は風車と、風になびく大きな布をみんなで作成。「音」はテーマソングづくりとなりました。

風車と大きな布、テーマソングづくりをみんなで一緒に。

梶村
仙台市内在住の方々が集まり、みんなで風車を制作。障がいのあるアーティストの方々にも参加いただくことになり、仙台の「チャレンジドジャパン」さんとのコラボレーションが実現しました。

仙台市のお子さんと風車作りをした際に、お子さんたちに障がいのあるアーティストの存在と、採用したイラストを紹介しました。子どもたちが福祉に対して考えるきっかけを提供できたのではないかと思っています。
布をつくるというプログラムでは、深沼にゆかりのない仙台市内の親子を中心に17組が参加。仙台出身のアーティストである小林るりさんと共に、深沼に来て感じたことを真っ白な布に自由に描いてもらうという内容となりました。

梶村
世代を超えた幅広い方々が自由に感じたままに描く。初対面の方々が自然とコミュニケーションを取る様子がとても素敵でした。深沼にはこういう魅力があるんだ。そう感じてもらえるきっかけにもなったように思います。

一方「風と歌うテーマソング」は、福祉をテーマに仙台で音楽活動されている「とっておきの音楽祭」さんという団体と共に取り組むことに。仙台市内の親子を中心に、集まったみんなで音と言葉を紡いでテーマソングをつくっていきました。会場スクリーンに、そのときの様子を収めた動画が映し出されます。

梶村
深沼でのフィールドワークを通じてイメージした言葉や音をみんなで集めて組み合わせることで楽曲に近くなっていく……。また、参加者全員でドラムを叩く、ドラムサークルという方法も実践されました。共生社会を体感する、ということが狙いです。ドラムの形や大きさがそれぞれ違うので、奏でる音も違う。異なる音が重なり合って、ひとつの音楽となる。そのワクワク感を体験しながら、共に音楽をつくる楽しさを参加者様も感じていらしたようです。

ここで出た意見をまとめて、最終的に完成したテーマソングは海が目の前であることを意識してサンバ調に。パソコンから流れだしたテーマソングが会場に響きます。

梶村
「震災から10年以上経っても、被災した地域に足を向けられなかった。でも今回のことをきっかけに、また深沼に来てみたいと思えるようになりました」、というお声もいただき、この参加型のアートプログラムが多様な心のバリアを乗り越えるひとつのきっかけになれるかもしれないと感じました。また、みんなで一緒に表現や創作したことによって施設に対する愛着が沸いた方もいらっしゃるようです。

今後もこの輪が継続して広がっていくことが願いです――その言葉で発表を終えました。

ケーススタディ3  アクセシビリティプログラム

最後は、子どもと大人の空間づくりを軸に商業施設や文化施設などのデザインと、R&Dインクルージョンアートを兼務する松本の発表です。

松本
アクセシビリティプログラムは、「誰でもどこでも体験、交流ができる。文化芸術を通じた新たな接点を作っていく」がテーマ。外出や体験にハードルを感じる方々にどうやって空間と体験を届けるか、が課題です。去年は東京・お台場でのアートフェスティバル「ARTBAY TOKYO アートフェスティバル2022」で実践。屋外型で多数の立体作品、迷路のような作品があることから、アクセシビリティという観点で課題が多くあると感じ、4つのプログラムの企画と運営を行いました。

松本が発表したプログラムの概要は下記になります。


©︎2022 ARTBAY TOKYO

1・物理的アクセシビリティ
遠方の方や外出の難しい方にコミュニケーションロボット・OriHimeのパイロットになってもらい、遠隔で会場を巡る鑑賞ツアーを行いました。

2・心理的アクセシビリティ
赤ちゃんを連れた家族が一緒にスムーズに会場をめぐるプログラムを作り、会場間を行き来するバスの運営も行いました。

3・交流のアクセシビリティ
見える人と見えない人が一緒に鑑賞するツアーを企画しましたが、天候不良で実施は残念ながら叶わずでした。

4・心理交流のアクセシビリティ
アートと出会い、創作を楽しみ、みんなでひとつの作品を作ることで成功体験を共有するワークショップを企画。具体的には、大きな翼を作り、人力車に付けて、会場の中で試乗できるように。アートを介して見知らぬ人との交流を目指した事例です。

また、医療従事者の方々、美術館と連携した「ベビーと一緒にミュージアム」というプログラムにも取り組みました。

松本
周産期の心のケアがご専門の信州大学医学部・村上寛医師と、松本市美術館、NPOアートコミュニケーション共通機構と共同で行ったプログラムで、産後のお母さんの心のケアを美術館でできないかという試みです。出産後、うつ状態になるお母さんは多く、美術館に医療ケアの場を持ち込んでお母さんたちのセーフティネットになれないかと考えました。赤ちゃんを連れた家族と美術コミュニケーターが、お喋りをしながら美術鑑賞を。その後医師や助産師さんに相談やお話ができるということが一気通貫にできるプログラムで、アートを介して心のケアも取り入れた仕組みです。
ほかに、「アート鑑賞を通じた対話の場を創出と、地域の魅力をもう一度見直す」をテーマに、東京・お台場の中学生を対象にしたプログラムの報告もありました。

ケーススタディ4 センサリーフレンドプロジェクト

好きな所や行きたい場所があるのに、行きたくても行けない。外出や体験をご自身の特性のためにあきらめている。そこに気づきを得て実施したプロジェクトで、テーマは「誰もが参加できる共生社会に向けた環境を構築する」。

松本
音や光や触覚、そのときの気持ちなど、可視化しにくい空間づくりに着目。いままであきらめていたことを空間づくりで解決できる、そういったホスピタリティのあり方を考えているプログラムでもあります。

松本がこの課題に気づいたのは、感覚過敏の方との出会いがきっかけ。視覚、聴覚、触覚、味覚が非常に過敏な人がいて、医療的な診断はなくても日常生活に困難をきたしている。そんな当事者の気持ちに寄り添い、カスタマイズできる空間の運営や検討が必要だと考えプロジェクトを立ち上げました。

松本
すでに世の中にはセンサリールーム、スヌーズレーンルーム、カームダウンスペースという名前で空間がつくられてはいます。が、明確な定義がなく、施設ごとや担当者ごとの考えで運営されているのが現状と私たちは捉えています。そこで私たちは、年代と施設を軸に空間別の機能を検討しました。横軸は乳幼児、子ども、青年や大人。縦軸は商業施設やスタジアムやエンターテインメント施設、学校やオフィスなど。たとえば、乳幼児エリアには親子と過ごすベビー休憩室が。商業施設はセンサリーやカームダウンのニーズが高い。このような空間は医療施設や学校にも応用が利くのではないかと考えます。

有識者の方々とパートナーシップを組み、取り組みを進めています。

松本
共同研究として筑波大学人間系・佐々木銀河准教授・博士。クリエイティブ パートナーとしてスヌーズレンラボ代表理事・橋本敦子さん。アドバイザーに感覚過敏研究所 所長の加藤路瑛さん。加藤さんは高校生でありながら感覚過敏を啓蒙しようと起業していらっしゃいます。また、先ほどもお話に出ました産後の心身のケアがご専門の信州大学医学部・村上寛医師にもアドバイザーとして入っていただいております。

まずは、スポーツ観戦施設にインクルージョンの場があること。それが共生社会の実現になるのでは? とトライアルをスタート。当事者の声を聞き取りながら効果や有用性を探る実証実験です。

パターン1・部屋の活用
ドーム球場にあるVIPルームを活用してのトライアル。3家族にご参加いただき、家族だけの部屋でどれほど居心地よく過ごせたかなどを取材しました。

パターン2・松本山雅FCの放送室の利用
センサリールームを設置したいが、なかなか実現できなかった。そういうお話があり、松本山雅さんの放送室をセンサリールームとして使用しました。窓の半分に塞ぎ、試合が見えるように丸窓を開けたという事例です。

パターン3・サッカースタジアム
センサリールームのパッケージ化の検証。空間づくりと併せて利用者の行動調査、インタビューを進めています。また、あるサッカースタジアムでは、広い多目的ルームを活用。お子さんに同じような悩みや特性をもった数組のご家族が一緒に観戦する取り組みをしました。

ほかに、車でけん引できる移動式のモバイル型のセンサリールームや、親子休憩室の可能性を探る検証も行っています。

センサリーフレンドな空間は、今後多くの人からのニーズがある。

松本
センサリーフレンドな空間は、感覚過敏の方以外にもニーズがあるのでは? と感じています。たとえば、赤ちゃんや小さいこどもを育てる子育て世代、感覚や身体に変化があるシニアの方。心身に変化が出た大人の方。そういった方々が一時的に安心安全に過ごせる場所の必要性を感じています。この取り組みに携わるうちに、いまではみんなが使っているあのポシェットが開発されたきっかけを思い出しました。ポシェットはもともと「戦争で片腕を失った人が使いやすいように」という配慮から生まれたアイテム。それが「便利」と、広く使用されるようになった。センサリーフレンドリールームも同じかもしれません。課題のある人のためにつくったものだけど、そこがあることで誰もが心身を癒せて、いざという時少し休める。その場があるからためらいなく外出できる―そういった空間を目指し、あらゆる場に増えてゆくことを願いながら、この活動を続けています。

「インクルージョン&アート」のテーマは”空間づくりと文化芸術体験を通じて共生社会を実現する”。このユニットは今後もこのテーマに沿った活動を続けていきます。

文:源 祥子
写真:川上 友

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“空間と体験”を追求するチーム
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