- text and edit by
- 岡本 悠雅
突然ですが、これはどんな施設の写真だと思いますか?
ここは、2023年5月末に新たに生まれ変わった施設、小清水町防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」。
実は、北海道にある人口約4,500人(2023年11月時点)の小さな町、小清水町に誕生した「新しい町役場」なんです。
この「ワタシノ」には役場機能以外にも、コインランドリーやフィットネスジム&スタジオ、カフェやコミュニティスペースなど、役場施設を「用事がないと行かない場所」から「日常的に来たくなる場所」へと、身近で町の中心的な存在にアップデートするような機能が併設されています。
そして、「ワタシノ」という名称には、町民一人ひとりが「私の」場所のように自由に楽しんで利用してほしい、という想いが込められています。
小清水に広がる畑をイメージした有機的な形の役場窓口カウンター
スタジオを併設したフィットネスジムや、子どもが遊べるボルダリングウォール
スニーカーや布団、農作業の泥汚れまで様々なものを綺麗にしてくれるコインランドリー
小清水町ならではのメニューが楽しめるカフェと、誰もが自由に使えるコミュニティスペース
乃村工藝社は、基本計画段階からプロジェクトに参画し、企画や空間デザインはもちろん、施設ネーミングやロゴを始めとしたVIデザイン、開業時のPRなどを担当し、約3年にわたって小清水町と他の民間企業と一致団結し、本プロジェクトに関わらせていただきました。
今回の記事では、プロジェクトに携わったメンバーとして、本施設やプロジェクトの概要をお伝えできればと思います。
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そもそも小清水町って?
小清水町は、北海道の東北部、オホーツク海を北に臨む、畑や海、湖の風景が美しい、自然豊かな町です。
網走と知床の間に位置し、女満別空港からは車で40分ほど。自然の風景だけでなくアクセスも良好です。
また、ラムサール条約登録湿地の濤沸湖(とうふつこ)を中心に豊富な自然環境に恵まれる小清水町では、1年を通じて様々な野鳥と出会うことができます。その数は、日本全国で見ることのできる野鳥の約半数と言われる、300 種以上。
冬には流氷も接岸するため、絶景を堪能しながら「海の上を歩く」体験もできます。
小さな鳥だけではなく、オオワシやタンチョウなどの姿も
特産品はじゃがいも。
実はあのカルビーポテトチップスは、発売された1975年に小清水町の工場で製造され、全国に出荷されていました。そんな背景から、小清水町は「カルビーポテトチップスの発祥の地」としても知られています。
個人的には、このプロジェクトを通じて訪れるたびに、緩やかな傾斜がアクセントになった、じゃがいも畑の緑色と小麦畑の茶色に彩られる小清水町の風景が、たまらなく好きになりました。
新庁舎建設プロジェクト開始のきっかけ
本来、役場庁舎は、多くの住民が日常的に利用する施設であり、
災害発生時には、災害対策本部としての業務をおこなう重要な拠点となる場所です。
2018年に起きた北海道胆振東部地震の際は、震源から遠く離れた小清水町では地震による被害はなかったものの、苫東厚真発電所の被災により、町全域で40時間以上もの停電が発生するという大きな被害がありました。
ブラックアウト時の旧小清水町役場の様子
また、完成から50年以上が経っていた施設の老朽化の問題もあり、
防災拠点となる役場庁舎と、避難所である中央公民館の一体化をはかり、更には町民の日常に賑わいある交流と憩い、健康を生み出すコミュニティの拠点となることを目指し、「防災拠点型複合庁舎」という性質を持った新庁舎の建設計画が開始されました。
左)旧小清水町役場 右)旧中央公民館
プロジェクトの基本要件と設計思想
今回の新庁舎計画では、
① 防災拠点の形成(災害対策本部と行政機能の確保、避難所としての空間整備、ライフラインの確保など)
② コミュニティの再生(中央公民館、保健センター、地域交通対策を含めた賑わいの創出空間の整備など)
③ 親しみを持って気軽に訪れられる空間の創出(ワンストップサービスの提供、利用しやすい窓口と動線、待合スペースの確保など)
④ 一体整備による建設コストの削減と環境配慮(共用部分の面積縮減による建設費の抑制、温泉熱を活用した省エネ設備導入によるランニングコストとCO2排出量の低減など)
⑤中心拠点施設としての再生
が基本要件とされていました。
これらの基本要件を踏まえ、設計コンセプトとしては
「歩いてまわれるまちづくりの結節点」
「まちとつながるコンパクトな複合庁舎」
「町民が集まるいつものワタシノ居場所」
が掲げられました。
また、外部には複数の広場を設け、オホーツクの植生を踏まえたグリーンインフラによって豊かな緑に囲われた「花と野鳥のまち小清水」にふさわしい庁舎として、現在も外構の整備が進められています。
役場としては日本初!「フェーズフリー認証」を取得
「防災拠点」と「地域コミュニティ活性化」という大きな2つの役割を併せ持った施設として、
ワタシノは「フェーズフリー認証」を取得しています。
例えば、防災シェルターなどは、非常時には役に立ちますが、日常時にその機能が発揮されることは珍しいかと思います。「フェーズフリー」とは、そのような例とは異なり、いつも利用しているモノやサービスが、もしものときにも役立てることができるという、防災に関わる新しい考え方です。
例えば、ワタシノの場合、子どもから大人までが楽しく運動できるフィットネスジム&スタジオは、災害時にはシャワーの提供や、温泉熱を活用した床暖房によって、停電時でも安心安全な暖かい避難場所として活用され、カフェやコミュニティスペースは炊き出しスペースとして活用可能です。
また、日々の洗濯を快適で質の高いものにしてくれるランドリーは、災害時には貯水と非常電源を利用した衣類洗濯の場として、衛生環境の保持に役立ちます。
このようにワタシノは、いつもの場所が、もしもの時も町民の安心と安全を確保してくれる仕組みになっているのです。
ネーミングとVIデザイン
「ワタシノ」という名称には、「みんなの場所でありながらも、私の場所として町民一人ひとりが主体性を発揮して活用する場所となってほしい」という想いが込められています。
また、ロゴデザインにも小清水町ならではの要素をふんだんに盛り混んでいます。
小清水町ならではの空間デザイン
空間デザインでは、小清水の豊かな大地から着想した土色の階段「ワタシノ丘」を中心に
北海道産の木材を多用し、土・木・緑・空と小清水の風景をインテリアに取り込み、VI(ビジュアルアイデンティティ)も細部のデザインにまで行き渡らせています。
パーソナルな場所から皆が集える場所にもなる可変性のある空間の中には、一人ひとりが豊かに過ごせる場所が沢山あり、まるで小清水町の大地を歩くように館内を散歩すれば、それぞれのお気に入り場所が見つかるようになっています。
また、小清水で見られる何種類もの鳥のオブジェを館内に点在させたり、ポテトチップスを模したペンダントライトを制作するなど、遊び心のあるデザインや仕掛けも隠れています。
住んでいるとなかなか気付きにくい地域の魅力を、この施設では当たり前のように焦点を当てることで、町外だけでなく町内のみなさまも、小清水町をより誇りに思ったり、より好きになって欲しいと思っています。
ワンチームでの「公民連携」
今回のプロジェクトは、小清水町と我々も含めた様々な民間企業が想いを一つにし、
ワンチームでプロジェクトを推進できたことが非常に良かった点でした。
東京と北海道を行き来しながらの毎月の定例会の開催や、スポーツイベントへの参加など、
にぎわいのある空間をにぎわいのあるチームで計画・推進したことで、
メンバー全員が小清水町を故郷のように思い、創って終わりではなく、
開業後も引き続きワタシノや小清水町に関わっていきたいとい気持ちが醸成されたと思います。
↑小清水町で開催されたモンベル主催のスポーツイベント「SEA TO SUMMIT」にワタシノチームで参加
プロジェクトの関係企業/団体と役割
開業セレモニー
乃村工藝社が企画運営を担当させていただいた開業セレモニーでは、目玉として小清水町の特産であるじゃがいもを模した「巨大じゃがいもくす玉」を制作し、本施設と共に育ってゆく町の子どもたちに割ってもらうことで、開業を祝いました。
その他にも、フィットネスジムやランドリーの使い方講座、フライドポテトやコーヒーの試食などを行い、結果として町外含め約1,000人(当時の町の人口の約1/4にあたる)を超える多数の方々にお集まりいただき、町内外の方々から嬉しいお言葉もたくさんいただくことができました。
また、「巨大じゃがいもくす玉」は皆で祝った開業の日の記憶として、庁舎の入り口に飾っていただけることになりました。
最後に:現在の様子
開業して数カ月経った、現在の空間の使われ方をワタシノに見に行ってみました。
コミュニティスペースには様々な年齢の人たちが集い、仕事をしていたり、勉強をしていたり、談笑をしていたり、読書をしていたり、食事をしていたりと、まさに思い描いたような様々なシーンがひろがっていました。
フィットネスジムは、マシンもスタジオレッスンも大人気。ランドリーもほとんど利用中でした。
フィットネスジム以外の場所にも、夕方でも人がちらほらいたのが嬉しかったです。
小清水町防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」。
我々が携わったこの施設が、これからの小清水町の未来をつくっていく拠点になることが非常に楽しみです。
竣工写真© 2023 Nacása & Partners Inc.
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