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- ノムログ編集部
サステナブルな社会活動が求められる今、建築や空間の在り方も大きく変わっています。2023年11月21日、乃村工藝社では「空間のロングタイムバリュー」と題したセミナー&トークセッションを開催しました。前半は講師に株式会社エムズラボ 代表取締役の橋本真一さんをお招きしたセミナートーク、後半は乃村工藝社社員とのトークセッションを実施。さらに話し足りないメンバーは場所を移動し、アフタートークを展開しました。本稿では、セミナーの概略とアフタートークにて、空間創造によってもたらすことができる“ロングタイムバリュー”の可能性について語り合った様子をお伝えします。
<登壇者紹介>
橋本 真一さん(写真 前列中央)
(株)エムズラボ 代表取締役/元 一般財団法人建設物価調査会 総合研究所部長
(株)団地サービス(現:日本総合住生活(株))を経て、1992年(財)建設物価調査会入社。工事費、建設統計、国際比較等建設経済やコストマネジメントに関する調査研究に従事。2019年7月に(株)エムズラボを設立し、建築コストを主体としたコンサルティング活動に従事。現在は芝浦工業大学客員研究員・非常勤講師、日本工業大学非常勤講師、(公社)日本建築積算協会理事、(一社)日本建築学会建築社会システム委員会委員なども務め、建築や不動産、住宅リフォーム等、市場横断的な調査研究及び事業支援を行っている。
クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン5部 部長
デザインディレクター
藤田 倫康(写真 後列右)
ビジネスプロデュース本部 第二統括部 新領域プロジェクト開発部 部長
プランニングディレクター
鈴木 早穂子(写真 後列中央)
クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン1部 馬場ルーム ルームチーフ
デザインディレクター
馬場 久美子(写真 前列左) *実績はこちら
クリエイティブ本部 クリエイティブプロデュースセンター no.10
デザイナー
渡辺 淳(写真 前列右)*実績はこちら
営業推進本部 第四事業部 営業2部 部長
北井 琢也(写真 後列左)
セミナートーク「空間のロングタイムバリュー」とは?
講師の橋本さんは、2019 年 7 月に(株)エムズラボを設立。建築コストを主体としたコンサルティング活動に従事、建築や不動産、住宅リフォーム等、市場横断的な調査研究及び事業支援を行われています。
この世の中にある膨大な建築ストックを長寿命化していくこと。既存ストックを活用するには、ニーズに応じた空間のバリューアップが不可欠であること。そして、ビジネスとしての空間のバリューアップを成立させるには、基盤となる既存ストックの経年に応じた価値と追加投資の評価が必要など建築価値のフレームをお話しいただき、さらには「既存ストックの部位別価値」や「耐用年数評価の考え方と部位別価値」など、より専門的な目線でご説明いただきました。
乃村工藝社のバリューアップ事例1:松下IMPビル
セミナー後、ランチ会場にて、対談の内容を振り返りながらのアフタートークがスタートしました。
藤田
橋本先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。
橋本さん
こちらこそありがとうございました。
藤田
先ほどセミナー内でも発表した乃村の2つの事例。ここで改めて紹介して、先生から感想をいただいてもいいでしょうか。
橋本さん
もちろんです。
藤田
じゃあ、渡辺さんから、担当した事例を簡単に。
渡辺
はい。大阪にある松下IMP ビルの商業エリアをリニューアルしたプロジェクトとなります。
鈴木
このリニューアルは、『日本空間デザイン賞 2023』大規模商業空間・銅賞を受賞したのですよね。
渡辺
はい、ありがたいことに。大阪ビジネスパークという大阪城のすぐ近くのエリアにあるIMPは、築30年でバブル期に建てられた建物です。
馬場
たしかにリニューアル前の写真を見ると、バブル期独特の名残、みたいなものが内装のあちらこちらに感じられますね。
渡辺
1階から3階の商業部分のリニューアルを担当したのですが、吹き抜けの空間や太い柱や特徴的な床材など、とにかくなにもかもが豪華。ただ、時代の流れとともにそのデザインが現代の感覚と調和しなくなり、人の滞留も難しくなっていた。そこをどうやってバリューアップするかを様々な検証をして、進行。すべて壊してしまうのではなく、既存の建築意匠をあえて活用し、現在とその先の未来へと繋いでいくことを目指して取り組みました。
<BEFORE>
<AFTER>
馬場
新たなスペースも誕生させたのですよね。
渡辺
はい。イベントなどで使われていたスペースがあったのですが、いまはほぼ人がいない状態になっていたので有効活用しようと。この仕事に取り組み始めたのが、ちょうどコロナ禍で働き方が劇的に変わり始めた頃。今後はもっと変わっていくだろうと予測し、このビルで働く方、そして周囲のオフィスの方も働けるようなワークスペースを作ってはどうかと考えたのです。
<BEFORE>
<AFTER>
鈴木
ここはオフィス街でもありますが、すぐ近くに大阪城公園、大阪城ホールもあって平休日で人の動きが違いますよね。そういった特徴も意識されたのでしょうか。
渡辺
観光に訪れた海外や地方の方なども休憩スペースとして利用する。そうすることで地元の方やオフィスワーカーの方と新たなコミュニケーションも生まれるのではないかと。先ほどのセミナーでの先生のお話を踏まえてまとめると、高価なマテリアルや特徴的な意匠を使っていたものを活用し、かつ現代と未来に調和するデザインとした、これは物理的価値の向上となったのではないか、また、ワークスペースを作ることでこの場所に人が集まる。これは経済的価値の向上となったかと思っています。
トークセミナー会場の様子
馬場
オープン後の様子はどうでしょう?
渡辺
ワークスペースには狙い通り多く人が集まり、仕事をしたり食事をしたりして活気づいています。こういった新たな価値を加えながら効果的にリニューアルをする仕事が、今後我々も増えていくのではないでしょうか。過去の遺産を塗り替えて新しくするのではなく、過去の時代性を利用しながら現在と未来の時代性を調和していく。これからはそのようなバリューアップが求められていくと思います。
橋本さん
物理的バリュー、経済的バリュー、双方を満たした素晴らしい事例だと思いました。せっかくですからリニューアル前と後で『賑わいの効果測定』をデータとして取れるとさらにいいですね。データを示せれば、ビルのオーナーの心にもグッと刺さるものがあるかと思いますし、今後のバリューアップの仕事の際にも活かせるかと。
藤田
先生から見て、『ポテンシャルがあるのに壊されてしまう』という建物はやはり日本では多いですか?
橋本さん
ええ。模様替えというと、スケルトンにして内装をすべてやり替えるというのがよくある考え。ただ、せっかくお金をかけて作ったものですから、はたしてそれでいいのかと考えることはあります。でも残すことばかりを意識してデザインが阻害されてしまうのもよくない。その辺の見極めは必要ですね。
藤田
では次に鈴木さん、馬場さん、お願いします。
乃村工藝社のバリューアップ事例2:RiverCity21新川
鈴木
中央区に「RiverCity21新川」という賃貸のタワーレジデンスがあります。今回、オーナーチェンジに際し共用部のリファインをお手伝いしました。『都心で働く方々がどんな生活をしているのか、したいのか』を徹底的に考えペルソナを設定。さらにはSDGsの観点も取り入れています。リーシングコンセプトに『ライフサイズリトリート、ちょうどいい選択』を掲げ、デザインの戦略としました。
トークセミナー会場の様子
馬場
この建物はまずエントランスが暗く、ブルーのタイルが冷たい印象を与えていましたが、躯体の良さ、丸柱などはそのまま活かして改装。ウッド素材や左官調の仕上げを用いてアーバンな印象へと変化しました。
渡辺
印象ががらりと変わりましたよね。
<BEFORE>
<AFTER>
馬場
でも実は壁面のグレーのタイルはそのまま生かしているのですよ。エレベーターホールも冷たい印象がありましたが、天井が高いのは活かしたいと考え、床や壁にラインを入れたデザインを新たに加えたエコマテリアル100%で作った空間となっています。今回のバリューアップはSDGsの実現として、表素材の8割以上にエコマテリアルを使用しています。
<BEFORE>
<AFTER>
鈴木
また、長くほぼ活用されず、住人を見かけない場所だった7階の共有スペースを大きくリファインし新機能としてラウンジ空間にしました。『選ばれるマンションになるためのセカンドリビング作り』をコンセプトとし、住人の新たな居場所作りとコミュニティの場として刷新しました。コロナ渦からの働き方変化から、企画時の狙い以上に利用度が高く、様々な使い方をしていただけているようです。
<BEFORE>
<AFTER>
橋本さん
こちらも乃村工藝社の企画・デザイン力がよくわかる事例ですね。利用者が喜んで利用する、欲求が十分に満たされているということで経済的・社会的なバリューが向上している。エコマテリアルを使い、環境のバリューにも配慮されている。最初にマーケティングを十分行い、コンセプトを明確にしているというところがいい。いわゆるデータサイエンスの活用ですね。何を根拠にしてこういうデザインなのか、コンセプトなのか、そこはリファインの際にはかなり重要な部分です。その延長線としてのバリューがエコマテリアルだったり、利用者の満足度だったりする。とくに7階のラウンジ。20年間ずっと賑わっていたのなら手を加えることはない。でも賑わいがなくなった時点で空間の価値は失われているわけです。それがいまこうやって復元された。非常にいい事例です。
海外では「環境に配慮した建築を」という考え方がマスト
北井
エコマテリアルの話が出ました。海外では環境価値という考えはスタンダートになっているのですよね。
橋本さん
海外では5~6年前からグリーンビルディングという考え方が一般的になっています。環境に配慮した建築を、というのがほぼマストな状態。環境評価基準も定められていて、不動産のバリューの中にもそこは評価されます。日本はスクラップアンドビルドが繰り返されていますが、近いうちに海外の考え方が当たり前になっていくはず。いち早くこういったエコマテリアルなどを優先的にセレクトしている乃村工藝社の取組みは素晴らしいです。
馬場
この事例もエコマテリアルの利用率を83%までもっていくのはかなり大変だったというところはあります。エコ素材を揃えるだけでもコストアップになりますが、予算もあるので投資と効果のバランスを考えてのセレクトです。でもインポートブランドさんからのお仕事ですと、100%以外はあり得ない。それが当たり前になってきていると私たちも感じているところです。未来に良い形で残せるマテリアルを、我々は武器として今後持たなければならないと考えています。
鈴木
今日先生のお話をきいて、バリューにもいくつか種類があることがわかりました。ノムラはハコではなくコトをデザインする事に力を入れていて、人々の多様な価値観を許容できる空間を目指しています。建物を改装して高く売ることだけが目的ではない、ロングタイムバリューを様々な視点からストックに付加し続け、その結果として高く売れる、この意識が日本国内でも早く根付いて欲しいですね。経済のために投資をする人と、地球のために投資をする人。同じ投資でもバリューアップの中身が違うように思いますし。
橋本さん
建築の場合は耐用年数と利用期間との関係を考えないといけないのです。初期投資の場合の躯体コストが全体の3分の1だとしても、躯体の物理的耐用年数は現在ですと100年以上は持続しますので、年割すれば安いわけです。一方、残り3分の2の仕上げや設備のコストは20年ぐらいですべて償却される。だから建築空間の基盤となる躯体コストを出し渋るのは見当違いな話でして、躯体の耐用年数期間内は内部空間の追加投資とバリューアップにより、建築の価値が向上することがもっと周知されてほしい。海外の耐用年数の減価償却の考え方というのはオーナーチェンジをしたときに法定耐用年数はリセットされます。そのような考え方を日本も取り入れたなら、劇的に建物ストックの価値評価は変わっていくはずなのですが……
北井
日本ではオーナーチェンジはネガティブなイメージがある。それも影響しているのかもしれませんね。
環境を意識したデザインは、人の感情に訴えかける
藤田
話は変わりますが、海外のCO2排出削減規定で建築され始めた最近の建築物って、僕はあまり感情に訴えてこないのですよ。もちろん環境負荷が低いという点では『素晴らしいな』と理解はできるのですけど。
渡辺
それはどういうことでしょう?
藤田
日本では煩悩は108と言われていますよね。世界では人間が持つヒューマンウォンツは70個と言っている人もいます。つまり、環境負荷の話題って人間のウォンツにどれだけあるのかなぁと。環境問題を意識して建てるのはもちろん素晴らしいし必要なこと。けれど、とにかく質素倹約に見える建物がいいとされるいまの傾向が少し心配で。そのうち反発する人が出てきたり、アール・ヌーボーのような新しい芸術活動が始まるかもしれませんね。
鈴木
環境負荷軽減を表明するためには、デザインにはストイックさがなくてはいけない――いまそんな勘違いがあるのかもしれませんね。もう少しデザインや設計にロマンが表現されはじめて、環境負荷というテーマと上手く組み合っていればまた新しい文化になっていくとは思うけれど。
藤田
そうですね。『環境負荷を軽減しなさい』という法律ができて、いまはとにかく準じることに一生懸命な段階。そのせいで感情表現ができなくなっているのかなぁ。でも年月が経って基準を簡単にクリアできるようになったとき、ロマンや感情も表現されてくると思っています。
これから乃村工藝社が目指すべき方向性は?
藤田
日本も高齢化になり、人口も減少しています。となると、我々も今後海外を考えなければいけない。それを意識しながら、海外ではいまどうなっているのか、現状を知っておかないとダメだと思っています。同時に日本が裕福になることも考えていかねばならないとは思っているのですよ。これは乃村工藝社の、というよりは国全体の課題ですけれど。
鈴木
スクラップアンドビルド、つまり建物を使い捨てにしてきたから、日本が貧乏になっていたというのもあるのでしょうね。
橋本さん
その通りです。建物は100年使えるのに、戸建て住宅などは20年経過したものを土地代相当分でしか売らないのが日本人。海外の人からしたら『ウワモノの建物はまだ80年も使えるのに、土地代だけで一緒に売ってくれるなんて、なんていい人だ』となるわけですよ。これを早くなんとかしないといけない。横浜の街並みを見てください。赤レンガ倉庫やホテルニューグランド、築年数約100年でも立派に存続している。あれらのクラシックな建物が横浜の街の価値を高めています。
藤田
そこに経済価値を加えて長生きさせる空間デザインが必要な訳ですね。
鈴木
日本も建物のロングタイムバリューをしっかり考えて、国外の投資家に価値ある建物を売却し続ける現状をどうにかしないといけませんね。
藤田
本当に……。少し話はそれますが、お金の話をするのは下品だ、という日本人的思想ってあるじゃないですか。
馬場
あぁ、ありますね。
渡辺
でもいまの日本の状況を見ている限り、もうそんなことを言っている場合じゃないと思うのです。いまSDGsの中にも『小学校の頃からマネーの話を』という課題が入っていますが、小さな頃からしっかりとお金の話を教育するというのは本当に大事ではないかと。そして「景観」や「建物価値」も。もちろんこれも乃村の範疇ではないけれど、いま痛切に感じていることです。
藤田
たしかに。日本を立て直すためには経済教育やマネー教育は大切ですよね。
鈴木
スクラップアンドビルドから、建築物ストックの時代に変えていくのはなかなか難しいとは思いますが、これから我々、乃村工藝社は何をすべきでしょうか。
橋本さん
セミナーにいらした方々は、乃村工藝社の実績をご覧になって、空間の価値が上がっているということを強く感じられたのではないでしょうか。建物は造るのが目的ではなく、使うのが目的。そこをしっかり考えなければならない。『使うために』となるとそれに対する追加投資が必要です。どこに追加投資するのかとなると、やはり空間と設備の維持でしょう。となると今後空間に特化したクリエイター集団である乃村工藝社の存在意義というのは大きい。投資家が欲しがっているのはデザインと、それに見合った効果と費用。今後はそれらを全部含めたトータルプロデュース、つまり施工も含めたゼネコン的な発想も求められるようになる。内装やインテリア、空間に特化したスーパーゼネコン的立ち位置が、今後乃村工藝社に求められるのではないかと思います。
鈴木
言葉はまだないけれどデザインゼネコンかな、デザインを起点としたスーパーゼネコン。先生からコストとプロジェクトをマネジメントする「クオンティティ・サーベイヤー」のお話もありましたが我々の役割も広がっていきそうです。
藤田
なるほど、ありがとうございます。皆さんから評価していただけるように我々も頑張ります。本日は貴重なお話をありがとうございました。
文:源 祥子
写真:川上 友
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