伝統工芸の今を変えるフィールドワーク「手仕事の旅」

畑江 輝
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畑江 輝

2023年12月、乃村工藝社と(一社)越前市観光協会が連携し、手仕事とつながりの深い建築家やデザイナーに福井県越前市の工芸をより深く知ってもらうことを目的とした「手仕事の旅*」を企画・開催しました。乃村工藝社のプランナー・デザイナーが実際に越前市を訪れ、和紙や漆、瓦などのさまざまな伝統工芸の工房を1泊2日でめぐり、職人さんとの対話を通して「素材」への理解を深めました。

約1ヶ月後、この「手仕事の旅」に参加したメンバーが再び乃村工藝社に集結。3名のゲストと共に、伝統工芸の発展のために「手仕事の旅」が生まれた経緯、伝統工芸の現在地や課題について語り合います。
*後編の記事は、8/16(金)9:00公開予定です。


*所属・役職は取材当時のものです。

対談者(乃村工藝社)畑江 輝(プランナー)/田中 悠史、助川 結花子、山名 美月(デザイナー)
ファシリテーター・撮影彦田 和良、松尾 尚紀(ビジネスプロデュース本部)

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ゲスト
福井県越前市 副市長:龍田 光幸さん(写真:下段中央)

2022年4月、越前市副市長に就任。2023年6月より、一般社団法人越前市観光協会会長を兼務。

一般社団法人越前市観光協会 観光ブランド推進チーム:上城戸 佑基さん(写真:下段左)
2020年より越前市役所 観光誘客課に配属。(一社)越前市観光協会と連携し、トッププロ層(クリエイター)やハイエンドインバウンドの誘客を担当している。(2024年3月 越前市役所を退職)2024年4月より一般社団法人越前市観光協会に入社し、現在に至る。日本地域情報コンテンツ大賞動画部門『審査委員賞』(2021年)、第16回 産業観光まちづくり大賞『金賞』(2023年)を受賞。

TIMELESS プランニングディレクター:永田 宙郷さん(写真:下段右)
1978年、福岡県生まれ。「これまで」と「これから」を繋ぐプランニングとデザインディレクションを行う、個人事務所 TIMELESSを設立。社会課題との結合を行った上で、新旧ものづくりとのネットワーク、ビジョナリーやクリエイターとのコネクションを活かしながら、既存事業の延長には留まらない、次の一手を共に考え、生み出す活動を行う。2007年から越前市のプロデュースを担当
TIMELESS LLC.

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『越前市 手仕事の旅』
2023年12月、(一社)越前市観光協会が主催し、乃村工藝社が招待された1泊2日のクリエイティブフィールドワーク。越前市を中心としたエリアで生産される和紙、土、生地、漆、繊維、木といった「素材」を扱う工房を案内いただき、職人さんとの対話を通して、「素材」への理解を深め、これからの伝統工芸の発展の可能性を探ることを目的に開催。

伝統工芸の“いま”を知る

- 伝統工芸の産地が集中する福井県、今のライフスタイルに合わせた模索。

彦田
福井県における伝統工芸品の紹介と、現在の伝統工芸の状況を教えていただけますか?

上城戸さん
越前市には、国指定の工芸品が3つあります。「越前和紙」、「越前打刃物」、「越前箪笥」、また半径10km圏内の近隣の市を含めると、「越前焼」、「越前漆器」で合計5つの産地が福井県嶺北エリアに集中しています。

一番古いものが「越前和紙」で、1500年前からつくり方が伝わり、今も尚、つくり続けている高級品です。「越前打刃物」は、世界の名立たるシェフが自分の包丁として愛用している一品で、今も右肩あがりで製造が追い付かない商品になっています。「越前箪笥」は、越前漆器の漆塗や越前打刃物の鉄鋼技術が使われた、伝統工芸の技術の集大成のようなもので、昔は嫁入り道具として需要がありました。現在はそういった風習がなくなりつつあり、今のライフスタイルに合わせて変えていこうと模索しています。

彦田
永田さんが行われてきた活動と、越前市さんとの関わりについて教えていただけますか?

永田さん
元々、私は「日本刀」の研究をしていました。「日本刀」は、木工や漆、織物や金工など19種ほどの“工芸”が合わさってできています。そのため、「日本刀」を研究するとなると、19種の職人さんと付き合っていく必要があり、その時から複数の“工芸”と同時並行で関わっていくような活動の仕方をしていました。

とはいえ、“工芸”って今なかなか使わないじゃないですか。ただ、存在としては残っていて特別には感じるから、今の時代でどんな価値を持つのか、まずは今のライフスタイルに見合った使い方ができればと思い、10年くらい“工芸”の商品開発をしていました。ですが、商品開発をずっと続けていても、つくる側の環境はなかなか良くならない。そこで、仕組みから変えないといけないと思い、越前市のような自治体や大学などと一緒に、なぜ“工芸”が右肩下がりになっているのかを研究して改善してみることに10年くらい取り組んでいます。

越前市とは、2007年に北陸新幹線が通ったときに、「北陸のものを東京で売ろう!」というキャンペーンがあったのですが、その際プロデューサーが3名任命され、うち1名が自分で石川県と福井県を担当することになりました。当時、越前市がちょうど市町村合併をしたタイミングで、これまでの取り組みの見直しを図ろうとしていて、それには新しいプロデューサーが必要だということでお声掛けいただきました。2015年から一緒に事業を取り組ませていただき、 “工芸”の作り手とこの10年、一緒に歳をとってきた感じがあります。越前市とは、今もその延長でお付き合いさせていただいています。

- 2040年には、伝統工芸の売上が半分程度に減る?!

彦田
10年以上、日本の伝統工芸に携わってきた永田さんからみた、越前市に限らず、日本の伝統工芸における現在の立ち位置について教えてください。

永田さん
皆さんは、「伝統工芸品」と「伝統“的”工芸品」があるのはご存知ですか? 全国の「伝統工芸品」のうち、経済産業省が指定した要件を満たし、国が産業として認めたものが「伝統“的”工芸品」です。「伝統“的”工芸品」の指定を受けることによって、補助金を得て産業の振興を図ることが可能になります。経済産業省は、地域産業として根付いているものを盛り上げないといけないと考えています。

また、“工芸”にも産業として残っている「産業工芸」、美術として残っている「美術工芸」、生活をつくる「生活工芸」、生活の中から生まれた「民芸」の大きく4つに分けることができます。これらの“工芸”は、約10年で売上が3分の2程度に減りました。“工芸”に従事する方々の平均年齢は、一般的には定年退職する65歳が平均年齢となっています。この10年でこういった状況が加速していて、これから残すか残さないかの判断をしないといけないレベルになっています。

自分たちだけではこれから食べていけないし、社会にどう入っていけばいいかわからない。なので、皆さんのような社会に必要なものをつくれるクリエイターの方たちに、もう一度自分たちの素材や技術を知ってもらい、新たな視点で捉えなおしてもらえないかと助けを求めている状況です。

- “この時、この場所にしかないもの”が求められるいま、世界から注目を集める伝統工芸。

永田さん
そんな厳しい状況と同時に、世の中は「 “今ここにしかないもの”が贅沢である」という志向に変わってきて、日本の伝統工芸は日本だけでなく、世界から注目を集めています。

伝統工芸は、その土地の自然や文化と密接に紐づく《土地性》の要素がすごく強いので、この土地でしかできない空間や体験をつくる上で非常に効果的です。また元々、自然由来の素材が多く環境負荷も低いので、サステナビリティが求められる今、素材としての注目が集まっています。

しかし、注目が集まっているにも関わらず、作り手側の環境が追い付いていません。どうにか皆さんのようなクリエイター側から引き上げてもらう、そして工芸側も踏ん張ってもらう、というように両側から手を取り合い、伝統工芸の価値を活かさないといけないのです。これから上手く活かしていけるどうかは、今の動き方にかかっていると思います。

2040年頃には、“工芸”の売上は半分くらいにまで減ると予想されています。まずは、これからの5年でさまざまな分野とつながり、伝統産業そのものを盛り上げるというよりは、伝統産業をベースに“新しい産業に生まれ変わらせていく”必要があると思っています。

彦田
弊社でも実際に伝統工芸を活用している実績はありますが、まだまだ数は少ないのが現状です。会社としてもソーシャルグッドをテーマにさまざまな取り組みをしており、伝統工芸の活用もその一環となるので、積極的に取り組んでいきたいですね。

田中
私は業務で伝統工芸を取り入れたことはないのですが、元々興味はあったので、今回のプロジェクトに参加したいと申し出ました。今回、実際に越前市に伺い、伝統工芸の職人さんがつくっているシーンや想いを知って、デザイナーとして共感し、工芸自体を空間デザインに活用できるイメージが持てたので、これから仕事の場面でも活用していきたいですし、その魅力を社内にも広げていけたらと思っています。

伝統工芸の未来を拓く、「手仕事の旅」

-「手仕事」を軸にしたプロモーションと、受け入れ側の環境整備。

彦田
今回、越前市さんが「手仕事の旅」を企画し、弊社を招いてくださった背景や想いを改めて教えていただけますか? 

上城戸さん
越前市では、観光振興プランを改定し、コンセプトを「手仕事」として伝統工芸を強みとしたプロモーションに取り組んできました。ですが、それに対応する受け入れ側の環境整備がなかなかできていません。と同時に、無秩序の見学も増えていて、予約なく急に工房を訪れて、すぐに帰られる方々もいたりします。せっかく訪れたなら、越前市で消費し、お金が落ちるようなエコシステムを強化していく必要がありました。そこで、見学においては完全予約制を取り入れたり、定期的に受け入れる日時を決めておいたり。また見学料も、見学に対応した時間で本来、製造できた分の費用をいただく、もしくは、手土産付きの見学料をいただくなどして、少しずつ整備を図っていきました。

-産地に招き、「手仕事」の魅力を届けることで、次につなげる。

上城戸さん
工芸の“これから”を考えると、ファンになって買ってくれる人やお仕事につなげてくれる人にもっと届けないといけません。ビジネスとして工芸を使ってもらえる方(to B)や、社会的に影響力を持っている方(to C)を産地にお呼びして、越前エリアの「手仕事」に魅力を感じてもらうことで、その方の発信力や影響力によってシャワー効果でエリア全体として伝統工芸のブランドUPを図っていけるのではないかと考えています。そのなかで、空間創造事業のプロである乃村工藝社の方にも、まずは現地で実際に「手仕事」をみてもらおうと思い、「手仕事の旅」というのを企画・実施させていただきました。

龍田さん
越前市のウリは、長い1500年の歴史を今も産業として続けているところです。観光だけに頼った街であれば、パンデミックなど何かあったときに急に経済が落ち込んでしまいますが、越前市では「ものづくり」をしている強みがあるので、適正なお値段で適正に買ってくれる人たちを呼んで、産業として伸ばさないといけません。そのためにも、もっと目利きの方々に来てもらいたいと思っています。

- 世界的に注目を集める、北陸のものづくり技術。

永田さん
一方で北陸エリアは、外から人を呼び込めるだけの要素があると思っています。これだけ1カ所に素材と技術が集約されているところは、世界でも他にありません。海外の名立たるハイブランドも自分たちの商品を福井でつくっていたりします。また、近年ではエルメスが日本中の伝統工芸のリサーチをはじめるなど、世界中が日本のものづくりにポテンシャルをすごく感じています。と同時に、北陸エリアの価値もさらに高まっているのです。

近年では、「サステナビリティ」と同時に、製品がいつ、どこで、誰によってつくられたのかを明らかにする「トレーサビリティ」が世界的にも重要視されるようになってきました。福井や北陸には、メーカーまで辿られても安心できる企業がたくさん集まっています。こういった状況を踏まえて、「手仕事の旅」に参加した皆さんと伝統工芸のこれからの可能性を真剣に考えていけたらと思いました。

後編はこちら:伝統工芸の“これから”と、空間デザインにできること。

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畑江 輝

畑江 輝

想いを紡ぐプランナー
小さな空間から、都市にプラスを。

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