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- 畑江 輝
2023年12月、乃村工藝社と(一社)越前市観光協会が連携し、手仕事とつながりの深い建築家やデザイナーに福井県越前市の工芸をより深く知ってもらうことを目的とした「手仕事の旅*」を企画・開催しました。乃村工藝社のプランナー・デザイナーが実際に越前市を訪れ、和紙や漆、瓦などのさまざまな伝統工芸の工房を1泊2日でめぐり、職人さんとの対話を通して「素材」への理解を深めました。
約1ヶ月後、この「手仕事の旅」に参加したメンバーが再び乃村工藝社に集結。旅から得られたものを振り返り、3名のゲストと共に、伝統工芸の発展のために空間の総合プロデュース企業としてできることを語り合います。
*前編はこちら:伝統工芸の今を変えるフィールドワーク「手仕事の旅」
- 伝統工芸は、可能性を秘めた“やわらかいもの”。
彦田
乃村メンバーは、実際に「手仕事の旅」に参加してどうでしたか?
畑江
伝統工芸は、古くて“かたいもの”ではなく、可能性をひめいてる“やわらかいもの”、というイメージに変わったのが大きかったです。
今回工房を巡るなかで、伝統工芸品は自然からとれた素材に職人さんの技術がのることで、製品になっているということを改めて感じました。「伝統工芸」と聞くと、昔から受け継がれてきた伝統的なものとして、固定のイメージで留まっている人が多いと思いますが、それ以外にも素材や技術などの掛け合わせによっては、私たちが既存で思い描く伝統工芸のイメージに留まらない多様なアウトプットの可能性を秘めていると感じました。私たちが手掛ける空間事業においても、衰退していくもの、守り抜いていくもの、発展させていくもの、棲み分けは行って、職人さんの技術を重ねながら発展させていかないといけないと感じました。
彦田
私も、新しいことにチャレンジする気持ちが作り手側にあるというのをすごく感じました。伝統のものをずっとつくるだけでなく、いかに新しいものを生み出していくか、伝統と革新ではないですが、挑戦し続けられているのを感じました。
- 工房には、意外なところにアイディアのヒントが潜んでいる。
田中
和紙は昔から知っていますが、工房や工程をみる中で、プロセスの途中でもこういう使い方できるんじゃないか、と職人さんが気付かない部分にもクリエイションのヒントになる部分がたくさんありました。デザイナーが現場で体感することは、とても重要なことだと改めて思いました。もっともっとこういう機会をつくって、還元していけるようにならないといけないと思います。
- 実際に行かないと分からない、素材の物性を体感。
彦田
和紙は平面で使うイメージがありましたが、いろいろと見学させていただく中で、立体に使っていくアイディアなどがあったのも、とても印象的でした。
助川
伝統工芸は和の空間を再現したい場合や、越前にゆかりのある場合などの土地柄につながる理由がないと使いづらいイメージがありました。実際に行ってみて、物性を体感できたことが収穫でした。和紙も濃度や透き方によって印象が変わり、空間デザインにおいては、引きで見たときの空間全体に与える印象と、近寄ったときの印象と、光の質が変わって異なる印象になりました。それは、写真では分からず、実際に行って体感したからこそ気付けたことでした。
「越前」という名前の付いた工芸品ですので、地域の名前をブランドとしてご紹介できるようになって産業都市としての認知も拡大できますし、自分が足を運んだことでプレゼンできるようになるし…と、とてもいい効果が生まれそうに思います。
- 素材の特性を活かした、新たな使い方。
山名
今回いろいろな「手仕事」をみさせていただいて、伝統工芸が想像もしていなかった新たな使い方ができることを知り、驚きました。たとえば、漆をMDFに塗ると経年変化を含めていい雰囲気になったり、漆の特性を活かして糸に漆を塗って固めたランプシェードがあったり、伝統工芸と聞いて皆さんがはじめに想像するものを空間にスペックしていくことも可能だと思いますが、私たちが空間デザインの仕事をしているからこそ、新しい使い方で取り入れるなど今後前向きに取り込んでいけたらと思いました。
- サンプル帳やマテリアルボードでは伝えられない、背景にあるストーリー。
松尾
私たちは日頃、素材をA4サイズのサンプル帳の中でしか見ていなかったのですが、それを製作する過程では仕上がりが変色しないように、冷たい工場の中で暖房もつけずに製造しているという背景を聞くと、お客さんにただマテリアルを切り貼りしてつくるマテリアルボードでプレゼンするのは違うのではないか、と思ってしまいました。職人さんの動きが伝わる画を見せたり、実際にお客さんも工房にお呼びして体感してもらうのが大事なのだということを感じました。
- 理解を深め、職人とのコミュニケーションの取り方でやれることが変わる。
畑江
「手仕事の旅」に参加した際に、永田さんが「職人さんができないと言っても、対話をしていくとできることが多い」とおっしゃっていたのが印象的でした。
永田さん
工程を知ったり、職人ができないという理由を聞くと、意外とできるものだったりする。なんでできないのか、と聞くと以外と理由が些細なことだったりします。たとえば、腰が痛いとか(笑)
これをやると一回樽を洗わないといけないから、と言っていたり。その時は、そこは僕がやるから、とほぐしていく。
工芸と聞くと、完成されていて変えられないと思う人が多いけど、もっと工芸はやわらかいもので、コミュニケーションをとればやれることがたくさんあります。
- 目的に対して、“必然性”のある活用が求められている。
永田さん
「伝統と革新」ってさっきおっしゃっていましたけど、そこにひとつ“必然性”がぬけています。この空間でなぜ和紙をいれなきゃいけない、とか、だからこれなんです、とか。目的に対して伝統工芸をいれるべき理由を、必然性をもってプレゼンできるノウハウが今どこにもありません。なぜこの和紙をここにいれるのか、なぜここにこの工芸をいれるのか、の理由をきちんと説明できるようになる必要があります。漆だからいいというだけでなく、なぜ漆がいいのかをちゃんと説明できるようになると変わっていくのではないかと思います。たとえば、MDFは水に弱くてシミができるし、着色するにもムラができてしまうけど、漆をふけば高級感もでるし、経年変化もポジティブに向いていく素材にできます。
そういう必然性を高めるようなやりとりを進めていければ、伝統工芸=特別なものというのを超えて、いろんなところに活用していけるし、そういった取り入れ方を産地も求めています。
田中
事業者さんからよく「なんでそれなの?」と聞かれます。機能性ももちろんそうですし、使うゲストにスタッフが語れるかどうかも大事になってきていて、必然性のお話きいて、ちゃんとデザイナー側も語れないといけないな、と思いました。
永田さん
機能性は先端素材に勝てないこともありますが、情緒性とか物語性もあるので、トータルバランスでいうと勝てる素材です。
畑江
今の世の中、情緒性や物語性もとても重視されるので、そういう文化的な背景をもっていることと素材本来の機能性どちらもあるのがとても魅力ですね。
越前市における、伝統工芸の“これから”を考える
- 敢えて行きたくなる、“敢行”エリアを目指す。
彦田
最後に次年度以降、「手仕事の旅」というのを越前市の皆さんはどうお考えですか?
上城戸さん
永田さんの言葉を借りると、観光を「敢行」と書いて、敢えて越前市に来てもらえるような、選ばれ続ける場所になってほしいと思っています。越前エリア全体のブランドを上げていって、他の観光地と並ぶイメージではなく、観光という手法をつかって、産業を元気にするような取り組みをしたいと思っています。来年についても、トッププロ層の方々をお招きして、コンテンツをブラッシュアップしたり、今後どういう取り組みをしていったらいいかを話したり、もう少しエリアを広げて使えるものがあるかなど、永田さんの知見とかもお借りしながら継続的にやっていきたいと思っています。
彦田
越前市の皆さんのみならず、福井県としては、近隣の都市とも連携しながら取り組んでいくイメージですか?
上城戸さん
それはすごく感じていて、越前市だけで完結できるものではないと思っていますし、近隣の都市と協力しながら、行政区としては分かれているけれど、エリアとして福井全体、そして北陸全体が選ばれるようになるよう盛り上げていけたらいいな、と思っています。
龍田さん
我々が勝手に行政区を決めているだけで、来られる方にとって見たいものがセットでみられるようにしていくのが我々の仕事だと思っています。たまたま、新幹線の駅がある市ですし、ゲートウェイとしての機能を担っていけたらと。これからの工芸のことも含めて未来創造基地というのをつくろうと計画を進めていますが、付加価値が高くて、しかも持続可能な地域にしていくためにどのように整備したらいいかを考えているところです。
- 産地とクリエイターをつなぐ、マテリアルセンター計画とは?
彦田
実際に、現在進行形で計画されている「マテリアルセンター」について、可能な範囲でお伺いできますか?
龍田さん
みなさんが先ほど言っていたように、産地に実際に来てもらうことは、産業としてものづくりを行っている方々とクリエイティブなことをしている方々の両方にとって良い方向に向かうと思います。産地で感じた空気であったり、周辺に流れる水であったり、そこで制作している人であったり、街全体のなかで感じられることがあると思うので、そこでしか感じられない、そこでしか創造性が生まれないものを大切にしていけたらと思っています。
実際に工房に行ってもらうのもそうですが、その前段階の場所として、新幹線と高速の結節点となる場所に「マテリアルセンター」をつくって、そこで一気にマテリアルをみて、より興味もった工房に足を運ぶとか、よりシームレスにつないでいけるような取り組みをしていきたいと思っています。実際に需要があるのかとか、東京にサテライト的なものもあった方がいいかもしれないとか、やり方は今後考えないといけないです。
これまでは良いものをつくれば売れるという時代でしたが、これからはそのやり方だけでは上手くいかないと思うので、より付加価値をあげていきたいと思っています。
永田さん
空間をつくる際、個人オーナーの場合はまるごと依頼してくれる場合も多く、マテリアルセンターのような場所でこんなかっこいい空間が欲しかった、といってもらえるようなプレゼンテーションルームみたいなものをつくれるといいと思っています。
田中
いいですね、まずは工房に足を運ぶ前にマテリアルセンターに行って、どういうものがあるのかを知ってから、そのあと産地にお伺いして深く知っていくような、そのきっかけとなるような場所として福井、そして、東京にもあるといいなと思います。
永田さん
先ほど乃村工藝社のオフィスにあるマテリアルルームを見せてもらって、たくさんの素材がありましたが、あの中に例えば福井の工場に転がっているような素材はないですよね。正直、手仕事の現場には、こういったマテリアルルームにはないような一点モノしかない!と思いました(笑)つまり、他の素材を提案できる余地がたくさんあるということです。マテリアルルームの素材は取り寄せれば誰でも見られますが、わざわざ行かないと手に入らない素材が、手仕事の現場には山ほどあるので、そういうものに出合える機会をつくれるといいなと思っています。
畑江
今回改めて、実際に現地に行かないと分からないことがたくさんあると感じました。工場の中で職人さんが作業されている様子や、工場のまわりの自然に囲まれた風景も含めて、伝統工芸の産地特有の空気感に心を動かされました。マテリアルを検討していく際も、できあがったものを取り入れていくだけでなく、産地での風景に想いを馳せながら、そして産地に足を運び職人さんと対話を重ねながら新たな可能性を探っていきたいなと思いました。空間デザインをしている乃村社員の多くは、この想いに共感してくれると思うので、越前市にも足を運んでもらったりしながら、今回感じた想いを伝播させていけたらと思います。
田中
今回デザイナーの一人としてこのような体験をさせていただき大変有難く思います。
私たちデザインを考える人間にとって、実際に生産している現場を見ながら素材の特性や風合いを確かめることは、普段何気なく眺めているカタログや画面上では読み取り切れない情報を蓄積できるチャンスだと感じています。
職人の皆さんがどんな環境で、どんな想いでそれをつくっているのか…自分にとって何よりも貴重だったのは職人の皆さんと会話することで素材ひとつひとつに歴史やストーリーがあり、それを知ることで自分の中に新たにアイディアが生まれたことがとても刺激的でしたし、こういう場でしか生まれない化学反応でもあると感じています。あらためて越前市の皆さんのモノづくりへの想いと、幅の広さを体感できる貴重な時間だったと思います。今後も越前市の皆さんとは深くお付き合いできる機会をつくっていきたいと思います。
助川
今回沢山の工房に伺い、空間における伝統工芸の可能性を広い視点で体感することが出来ました。
手仕事のあたたかみは、これからの空間デザイン・空間体験において更に強く求められてくると思います。現地の自然や気候条件を最大限活かした限られた地でしかつくり出せない繊細なニュアンス、職人さんの数々の試行により生まれてきた表現の多様さを知り、デザイナーとしてお付き合いを深めることで互いの発展に貢献したい思いです。
今回の経験を活かし、伝統産業に携わる皆さまとのチャレンジを続けていきたいと思います。
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想いを紡ぐプランナー
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