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- ウェブ版「カルチベイト」チーム
松本城公園内から松本中心市街地へ――2023年10月7日に移転オープンした「松本市立博物館」。乃村工藝社がプランニング・デザイン・プロダクションを担当しました。新博物館設立準備ご担当者であった千賀康孝さんと、乃村工藝社のプランニングディレクター・亀山裕市、デザイナー・深野友規が対談。新松本市立博物館が目指したもの、リニューアル後の様子や今後の展望についても語り合いました。
*本稿は、わたしたちをとりまく「文化環境」のエレメントとしての「知」や「情報」、「創造性」「コミュニケーション」といったテーマを多面的に考察し、新たな文化の地平を切り開くことをコンセプトに、さまざまな有識者へのインタビューや対談を通じて、これからの「文化環境」のあり方へのアプローチを行ってきた『Cultivate(カルチベイト)』というオウンドメディアのWeb版シリーズ記事となります。
【対談者】
松本市教育委員会 教育政策課 主査 千賀康孝さん(画像中央)
株式会社乃村工藝社クリエイティブ本部 プランニングプロデュースセンター
企画2部 第6ルーム ルームチーフ プランナー 亀山裕市(画像右)
株式会社乃村工藝社クリエイティブ本部 第一デザインセンター
デザイン6部 深野ルーム ルームチーフ デザイナー 深野友規(画像左)
新博物館は松本を紹介する場所
亀山
オープンから1年経ちましたね。開業してから、皆さんの反響はいかがでしょうか。
千賀さん
昨年10月から今年3月までのデータですが、施設に立ち寄ってくれた方は18万人。街のスポットとして気軽に立ち寄っていただきたい、という設計時の思いは達成しているかなと思える数字です。展示室だけに絞ると常設・特別展示合わせて10月から8月で約10万人。以前は松本城と博物館のセット券という形なので、旧館との比較は難しいのですが、旧館の令和2年度の入館数は年間7万5千人でした。
深野
新博物館はセット券ではなく、博物館だけのチケットですものね。
千賀さん
そうなんです。博物館単独券で10万人の方に来館していただいている。「博物館が目的地」となっているようで手応えを感じています。
亀山
目的地になる博物館。企画当初から狙っていたところです。
千賀さん
3月に「ここに来た目的」を来館者アンケートで聞いたところ、「松本城と博物館の両方を見るために来た」という人が40%。「博物館を目的に来た」という人が15%もいらしたんですよ。
亀山
それは嬉しいですね。
千賀さん
旧館はお城とセット売りチケットだったので圧倒的にお城を目的とした人が多く、お客様の博物館の滞在時間は短かった。ですが、移転後はグンと長くなり、館内をじっくり見てくださっている印象です。そうそう、この博物館が接待の場にもなっているようなんですよ。
亀山
接待の場に!?
千賀さん
先日、松本市の友好都市であるアメリカ・ユタ州のソルトレイクシティの市長さんがいらっしゃいました。松本城の後に、ここにご案内したところ、とても満足して帰っていかれました。松本に住まわれている方も、他県からお友達が遊びに来ると同じコースで案内されているようなんです。
亀山
新博物館は松本を紹介する場所になる――当初からの目標でした。早くも実現していますね。
若い世代も集う、これまでとは違う博物館
深野
ところで、1階に講堂をつくりましたよね。稼働率はどうでしょう。
千賀さん
昨年度の数字ですが、会議やセミナー使用などで稼働率は70%近い。街の人たちに「みんなが使いやすい場所」として認識されているようです。
講堂(1階)
深野
1階のフリースペースで宿題をしている学生さんもよく見かけます。街の人たちにそういう使われ方をされたらいいね、と設計段階で話し合っていた。ですから、オープンして学生さんが集うのを見て「あ、ホントにそうやって使ってくれるんだ」と嬉しかったです。
千賀さん
利用者の年齢層もぐっと下がり、学生さんたちは「博物館で勉強したい」と話しているようです。「それは正しい博物館の使われ方か」と賛否両論はある。でも我々はそう使われることを設計段階で願っていたし、若い世代が集まる博物館って全国でもそうはないと思うんですよ。若い世代が集うことで、明るく活発なイメージとなった。硬い、ほこりっぽいという従来の博物館のイメージは払拭されたんじゃないでしょうか。
ショップ/カフェ(1階)
亀山
空間の力や展示物の力が一役買ってくれているといいのですが。
千賀さん
とくに空間の力は大きいと思います。設計段階で、そういう使われ方をする方向に思い切って舵を切れたことも大きかった。街中だからこそ、開放的にしなければいけないと振り切りましたものね。
深野
建物1階には2か所出入口を設け、片方の側面をガラス張りにして室内が外から見えるよう仕上げました。設計時に「館内が通り道になったらいいね」と話し合いましたね。「寒いから中を通って大通りに抜けようよ」とそんな使われ方をしてほしいと。
1階の館内動線は、まちの通りとつながっている。まち歩き気分で館内に立ち寄る人も。
千賀さん
まさに理想としていたところに近づいています。3月に建築芸術祭を行い、1階入り口のモニターで映画を流した。その際の館内アンケートに「映画を見られる博物館。観光だけではなく地域の方を向いていると感じられる」というメッセージがあったんです。市民の皆さんに博物館を日常使いしてほしいという思いがあったので、それが伝わったんだと嬉しくって。
新博物館づくりの源となった、「松本学」という概念
亀山
新博物館の話をするには欠かせない「松本学」の話をしませんか。
千賀さん
構想の段階で「松本を探求する」「松本の未来を創造する」という2つの使命を設定しました。松本学は造語ですが「郷土・松本を探求しよう、継承しよう」という考え方です。松本市では、「松本学」に先行して、平成12年に「松本まるごと博物館構想(通称:まる博)を策定していました。「松本市全体が屋根のない博物館だよ」という思いですね。現地の文化財はもちろん、自然環境、動植物、産業、仕事すべてが松本の宝。そこで働く人々も宝。松本学もそうした広い概念です。新しい博物館は地域の文化財を紹介し、守っていく役割を担うものにしたかった。
亀山
現地に本物がある、現地が大事だといいながらも博物館をつくる。矛盾だと取られることもあるだろう。そうした構造を新博物館の設計に反映していくか徹底的に話し合いましたね。
千賀さん
「ここに来ればすべてがわかる」という博物館ではなく、「ここが現地へのスタートライン」となるようにしたい。設計からずっと考えていたことです。現地を紹介する手法については、乃村さんと一緒にずいぶん悩みましたよね。館内全体を巡りながら松本学を深め、現地に出かける。そんな導線を頭に描いてからは、常設展示の役割もはっきりしてきました。
亀山
中心市街地の活性化にどう貢献するか、という課題も関係しましたね。
千賀さん
いろんな人が集い、交流ができて賑わいが生まれる。ここが城下町だという特性を表現し、文化観光的な観点から街中の回遊性を高める。そこからさらに外に広がるような展示の表現ができたらなと意識しました。
深野
本当に見てもらいたいものは現地にある。そのために常設展示はどうあるべきか、私も悩みました。でも、テーマ展示にするというのは割と迷いなく決定したような。
千賀さん
そうですね。時系列だと歴史が好きな人以外は興味がわきにくい場合もあるでしょうし。それならもっと松本の特徴をダイレクトに伝えるテーマにそった展示内容にした方が、興味を持ってもらえるかなと思います。
8つのテーマで構成された展示空間
深野
時系列展示よりテーマ展示の方が、展示の更新がしやすい。展示内容を変え続ける、というのは最初からご要望があったところです。このコーナーはこのサイクルで変えていく、と計算しながらデザインしたことを思い出します。
展示内容の更新を意識して設計された展示空間
千賀さん
最初は全部更新可能としたのですが、いざ立体でデザインを出してもらうと少し味気ないように感じられた。それで全体の中で3か所だけは「変えない展示」としました。変えないものについては、「松本の骨格だから、なくちゃいけない」というテーマをみんなで考えて、〈城下町〉〈商都〉〈山〉に。「松本まるごと博物館構想」をここで表現するために、資料にあたる時間よりも、現地に行って現地の人の話を聞いたり、体感したりする時間のほうが多かったかもしれません。
松本の骨格となる〈城下町〉〈商都〉〈山〉をテーマにした展示空間
深野
オープンに携わった全員で松本学をつき詰めていく、そんな感じだったなぁ。私たちも松本学を一から勉強させてもらっている、そういう意識でいました。
問いが大切。館が伝えるのではなく、来館者が抱く問い
千賀さん
現地で土地を見て風土を感じて、住んでいる人の話をきく。そうすると書きたい解説も変わってくるんですよね、現地で熱い思いをたくさん聞いたからこそ、私がそれを広めたい、広めていかないと、と思えました。
もちろん同時に学術的な価値や根拠も明らかにしていかなければならないわけです。現地で私が得た「気づき」を、展示室で来館者の皆さんにも感じてもらいたいなと。そんな、胸がわくわくする「気づき」を、亀山さんも企画当初から「問い」というテーマでお話しされていましたよね。
亀山
はい。
「問い」、つまり、なんだこれはという、来館者の頭のうえに「!?(ピン)」とくるものをいくつつくれるか――そこが勝負の分かれ目だろうと考えていました。
千賀さん
「問い」の意味、最初ははき違えていたんですよ。学芸員がクエスチョンをお客様に投げかける、それが「問い」かなと。
でも現地に足を運んでいるうちに、誰にも問いかけられていないのに自分のなかに「!?(ピン)」とくる瞬間があり、「あぁ、これだ!」と。お客様にもこれを体験してほしいんだと思えました。
亀山
時折、Q&A形式の問いかけをする展示がありますが、あれは来館者が展示を楽しむ可能性を狭めていると思うんです。問いは館が伝えるのではなく、来館者が抱くものではないでしょうか。
千賀さん
こちらが伝えよう、教えようとなってはダメ。相手に気づいてもらうための視点を提示する。博物館にはそういう役割が必要だと思います。
たとえばこの中にあるジオラマ。本当は解説で伝えたいことがたくさんあるんですが、グッと我慢して(笑)。お客様によってはもっと解説が欲しいという方はいらっしゃるかもしれませんが、それは自分で調べられますから。
亀山
知りたいことができたら、ネットなど自分の好きな方法で調べるほうがいい時もある。
千賀さん
なんでここに馬がいる?なぜここはこういう建物?など自分自身の「問い」や気づきを持ってもらえる無限の可能性を秘めたジオラマとなったと自負しています。
深野
街にずっと住む方々が自分の街について話し、こちらにも話しかけてくれている。そんな温かく親しみのある言葉が常設展には溢れています。
亀山
解説文も、まさに現地に行きたくなる内容と表現ですよね。
千賀さん
来館者に親しみを持ってもらうために、寄り添った言葉選びを意識しました。教えてやるぞ、というような解説だと感じてほしくなかったので。
自分の好みの見方でモノを見る楽しさに気づいてもらう『モノライズ』展示
深野
「探求の井戸」もユニークです。ちょっとした自虐や、松本に住む人なら「わかるわかる」と頷けるコピーが井戸を模した造作の中に浮かぶ探求の井戸(※)。評判はどうでしたか?
※開館当時は「松本あるあるネタ」が描かれており話題となった。探求の井戸は、年に1回程、更新する予定。
千賀さん
面白がってくれる人もいましたが、どうかな?という意見もありました。でも無関心よりいいと思っています。
深野
賛否があっていいんですものね。
『探求の井戸』は展示空間の中心部=展示めぐりの途中に配置
亀山
「探求の井戸」は、テーマ展示のなかで一息いれる休息の場。井戸の多い松本をヒントに、来館者同士の井戸端会議がおきることを狙った、来館者それぞれが気軽にことばを交わしてもらう展示です。「問い」を交換しあってもらう場だから、ICOMの博物館定義で新たに加わった「リフレクション・省察」を先取りした展示ともいえます。そのほか、常設展のデザインで深野さんが苦労したところはある?
深野
展示資料が、するめのような、というか……噛めば噛むほど味が出るけど、噛んでくれないと味が出ないものが多かったので、そのままただ展示しても興味をもってもらえないのではないかと悩みました。だから、色々工夫をしています。
昔の街並みをただ再現するのではなく、絵図の中にそのまま自分が等身大で入っていけるような2.5次元の空間をつくる。そうすることで、絵図に書かれている昔の人々の表情の素敵さとかディテールの魅力に来館者も気づいてくれるんじゃないかと思ったんですね。また、ジオラマは、あえて城下町の形に沿って外形をいびつにしています。城下町のジオラマの中に来館者が入っていく感覚を出したかったからです。
城下町の形を模したジオラマ
千賀さん
ジオラマ、評判いいんですよ。あの形だからこそ、皆さんいろんな角度から見て楽しんでいる。来館者の想像の余地を残す――これは解説を書くときの私のテーマでした。教えるのではなく来館者に考えてもらうためには、考えるだけの余白を残しておかないといけない。少し足らないからこそ、来館者の創造が入り込む余地があると思います。
亀山
来館者の創造がおきる余白・余地を設計段階から予定しておくのは大切ですね。展示される資料を多角的にみて楽しむ工夫も「モノライズ」と呼んでとりいれました。ひとつの展示資料=モノを民俗学や歴史学、地学などの分野視点で多角的に示してそれがきっかっけで来館者自身の楽しみ方が湧いてくることをめざしましたね。
千賀さん
こうして振り返ると、設計が詰まっていく中で、「何がしたいのか」「何を伝えたいか」などの質問をおふたりからたくさんいただいたことを思い出します。そのたびに真剣に考えこみ……博物館ってなんだ、松本ってなんだ、とすごく考えさせられた。大変でしたが、いまとなってはとても幸せな時間でしたね。
亀山
そういう乃村からの問いかけは嫌ではなかったですか。
千賀さん
小手先のテクニックに頼りがちになったり、期限のことばかり考えていたりすると、亀山さんや深野さんが鋭く指摘してくれた。そのおかげで本質を考え直すことができ、どんどん思考が深まっていった。まったく嫌だなんて思いませんでした。
亀山
よかった、安心しました(笑)
博物館の可能性を高めるチャレンジはほかにもありましたね。松本で活躍されているクリエイターの方に入っていただいたこともそのひとつ。
つくりたかったのは、市民が集う市民のための博物館
千賀さん
博物館は観光客のもの、という意識がかつては市民にあったかもしれない。でも我々がつくりたいのは、もっと松本を知るために市民が集う、市民のための博物館だった。そのためにはつくる段階から市民の方に参加してもらおうと。
深野
クリエイティブに責任を持つ身としては、「地元にこういう人がいるから一緒に」と言われた当初は「自分にディレクションしきれるのか」という怖さがありました。ドキドキしながら皆さんにお会いしたわけですが、とても柔らかく接してくださって……。一方的な押しつけはなく、こちらの思いを汲みつつ何倍にも表現してくださる。彼らのクリエイションの魅力で成り立っている空間が博物館の中にいくつもあります。
千賀さん
地元に素晴らしい人はたくさんいる。ここでワークショップを開催してもらったりして、博物館が文化交流の拠点となり、地方創生にも繋がっていくと面白いですよね。
亀山
1階入口の「てまりモビール」のてまりも、市民の皆さんでつくりました。
千賀さん
来館者のSNSでは、「てまりモビール」の写真を挙げてくださっている人が多い印象です。市民と一緒に作った結晶なので目に留まるのは嬉しいですね。
亀山
収蔵庫に江戸時代のてまりが大切に保存・継承されていたことから生まれた展示です――ドラマがありますよね。
千賀さん
いまどこの博物館も収蔵庫問題で悩んでいます。でも、長い年月残していたからこそ、今回のように光を浴びることもある。このてまりの物語(※)は博物館全体の存在意義として発信できる、ひとつの武器となるかと思います。
※てまりの物語=「松本てまりプロジェクト」。詳細はこちらから:
https://matsu-haku.com/matsuhaku/wp-content/uploads/sites/2/2021/08/d523665682d7d24e0384a4a419162e69.pdf
てまりモビール
亀山
今日はさまざまなことを振り返りましたが、あらためて、博物館作りの過程には文化を活かす可能性がたくさんあると確認できました。千賀さんはどう振り返りますか。
千賀さん
大きな事業なのでプレッシャーはありましたが、ほぼ楽しかったかな(笑) とことん松本にこだわって、どうだといわんばかりに松本を打ち出す。それでいいんだと。地域博物館は地域づくりと切り離して考えてはいけないと、だんだん気づかせてもらった。博物館を考えるより、松本地域を考えるという思いでいろんな人に巡り合い、楽しいときを過ごしました。
亀山
そうしたなかで、乃村工藝社の印象はどうでしたか。今だからお聞きしますが…。
千賀さん
設計会社の個性はあまり出さないようにしたいと、最初はちょっと敵対的な気持ちはありました。なんでもいうこと聞くわけじゃないぞ、みたいな(笑)
亀山・深野
(笑)
深野
それはありますよね、当然。
千賀さん
でも実際にご一緒してみると、皆さん過去の経験からの多くの知見をお持ちなので。こうなったら失敗する、など事前にお話ししてもらえた。ありがたかったし、私自身の考えを高めてもらえたと思います。何より、松本を理解しようとしてくれて、一緒に現地に行って話を聞いてくださって……松本学を一緒に深めていく、いいものをつくろうというチームとして進んでいけたと思っています。
深野
私も松本学を探求してから、すっかり松本好きになりましたから。いまでは違う地域のお城を見ても「この部分は松本城の方が素敵だな」と思うほどです。
亀山
博物館のみなさんが変え続けられる展示、来館者が自分自身の「問い」を抱ける展示など、新博物館での取り組みが多くのみなさんに楽しんでもらえることを願っています。千賀さん、今日はご多用のところありがとうございました。
歴史の継承や博物館活動の意義を伝える展示「テーマ8継いでつなげて」
文:源 祥子 撮影:伊藤 雄飛(nomlog編集部)
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