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- 未来創造研究所
2024年9月、オランダ・ロッテルダムを拠点とする建築家集団MVRDVのJAN KNIKKER氏が来日し、乃村工藝社にてご講演いただきました。
これからの空間づくりを見据えた「Sustainability and Next technology」をテーマとし、約2時間にわたった講演内容について、本稿ではその一部を抜粋した概要をお伝えします。
【対談者】
MVRDV
Jan Knikker Partner | Strategy & Development(写真右から2番目)
Hui Hsin
乃村工藝社
– ファシリテーター –
山口 茜 クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン3部長
兼 未来創造研究所 NOMLAB部長(写真左)
ホラ ラトゥル クリエイティブ本部 設計統括部 設計2部 建築設計課(写真左から2番目)
– 通訳 –
阿部 智佳子(写真右)
MVRDV来日イベント‐開催にあたり
世界の潮流を学び、一緒にできることを考えてみる
山口
本日は、オランダ・ロッテルダムから世界に向けて活躍する建築家集団、MVRDVのJAN KNIKKERさんが乃村工藝社に来てくださいました。
私が学生の頃、MVRDVの建築を見るためだけに、お金を貯めてオランダに行った経験があります。
ですから、今日こういう形でご一緒できたことに自分自身が一番驚いています。
彼らとの交流は、今年4月「サステナブルな建築や空間づくり」を学ぶ海外視察で、乃村工藝社メンバーがオランダを訪れたときから始まりました。MVRDVのオフィスを訪問した際、「NEXT」というコンピューテーショナル・デザインとサステナビリティに特化したチームと出会い、今回の来日イベントが実現しました。
MVRDVは小さな家具から街づくりまで、さまざまなスケールのプロジェクトに取り組まれていて、乃村工藝社とも親和性があると思っています。
今日はMVRDVの活動を知り、サステナビリティの世界的な潮流を学びながら、自分たちのプロジェクトにどう活かせるか、発想を膨らませてみて欲しいと思います。
それでは、MVRDVのパートナー、戦略ディレクターのJANさん、よろしくお願いします。
JANさん
本日は、お招きいただきありがとうございます。
MVRDVは1993年設立で、現在、世界に拠点が5ヵ所あり350人が働いています。
個人の邸宅、高層ビル、街づくりまで、さまざまなスケールの建築・空間を手掛けています。
今日は、空間事業とCO2の関係性、CO2のモニタリング手法や、それを実施するための最新テクノロジーについてお話しようと思います。
環境問題は非常に深刻で、私の住む町は海抜マイナス2mの地域です。これまで水害にあったことはありませんが、このまま温暖化が進めば水没してしまう可能性があります。私たちはこの事態を食い止めなければと思っていますし、その解決策を提案していきたいと思っています。
50年前「Club of Rome*」による環境問題を警告する書籍が出版されましたが、私たちは創業当初から自分たちができることに取り組んでいます。まずは社内の活動から始めることにしました。
*Club of Rome|1972年、世界の有識者が集まり設立された「ローマ・クラブ」により発表された「成長の限界」と題した研究報告書。「人口増加や環境汚染などの現在の傾向が続けば、100年以内に地球上の成長は限界に達する」と警告。
社内ではお肉を食べません。ベジタリアンです(笑)
他にも多くのサステナブルな取り組みをしていますが、同時に、世界中で環境負荷の高いコンクリートを使った建物をつくっているわけです。
地球温暖化ガスの全世界排出量の4割は、私たちの業界がつくる建物から排出されています。
だからこそ、私たちが手掛けるプロジェクトでは環境にどれほどのインパクトがあるか?ということを独自のシステムを使用し定量的に算出し、その課題解決に取り組んでいます。
CARBON SCAPE WORKS(カーボンスケープワークス)
エンボディドカーボンを初期段階で予測する分析ツール
建物を建ててから解体されるまでの環境インパクトを、定量的に分析・評価する手法としてLCA(ライフサイクル分析/評価)がありますが、建てる際に排出されるCO2―エンボディドカーボン*は、非常に大きいと言われています。
*エンボディドカーボン|建物の建設、維持管理、耐用年数終了に関連する、建物の生涯を通じて排出されるすべての温室効果ガスの総和
その計算は、設計の後半フェーズになってから計算されることが多いのが、業界の現状です。
しかし、設計の後半でその結果が改善を必要とする悪い数値が出たとしても「いまさら変えられない」という事態になることが多いわけです。
そこで私たちは、社内で独自のソフトウェアを開発しました。エンボディドカーボンを早い段階で予測するこの分析ツールに「カーボンスケープワークス*」という名前をつけました。
*MVRDV – CARBON SCAPE WORKS|カーボン排出量分析
例をあげましょう。ベルギーのブリュッセルにある2つのビルを、この「カーボンスケープワークス」で比較検証しました。最初のステップでは、すべての床を木材に変えて計算。CO2の排出量は下がりますが予算が増加しました。
次にファサードを木材に差し替えたら、更に予算が上がってしまいました。しかし、木材に変えたことによりビル全体が軽くなりました。軽い建物のおかげで基礎工事を簡易化することが出来たので、予算も少なくなり環境負荷の低い材料を使うことも可能になった好事例です。
*MVRDV – CARBON SCAPE WORKS|カーボン排出量/コスト比較
土台のコンクリートの量も少なくてすむので、排出されるCO2も減少するという結果にもなりました。 環境性と事業性は、同時に考える必要があります。なぜなら、私たちのクライアントは環境と同じくらい、予算に対しても敏感なので…(笑)
WERK12(ヴェルク12)|ドイツ・ミュンヘン
持続可能性・可変するフレキシブルな空間
JANさん
ここからは、環境配慮の視点で手掛けた私たちのプロジェクトを紹介します。
「WERK12」は、ドイツでベスト建築賞を受賞した高い柔軟性をもつ5階建ての建物です。特徴は、一つ一つのフロアの天高を2倍にしてつくることにより、柔軟性を持たせたビルです。
需要の変化により空間の用途が変わった際、環境を考えれば解体して新築するよりも改装が良いのですが、建築時の空間的な制限により、解体を余儀なくされてしまうケースが非常に多いです。
しかし、天高を2倍にし、区画を自由に変更できる設計である「WERK12」では、改装の選択肢が選びやすい状態になっています。
*MVRDV – WERK12 © Ossip van Duivenbode
築年数が経過してもビル自体を解体するのではなく、内装を変更させる柔軟性を持たせているので時代に合わせて改修で対応していくことができます。
一方で、アムステルダムの「MATRIX ONE」は、簡単に解体できることを目的に建てられました。
それぞれの部材は接着剤で固定されていないので、スクリュードライバー一本で全部解体できるような構造になっています。
建設時に使用した16万種の建材をオンラインプラットフォーム「マダスター」に登録し、使われた鉄、木、ワイヤーの分量を把握しています。
*MVRDV – MATRIX ONE © Daria Scagliola
山口
「マダスター」に登録することは、なぜ環境に優しいといえるのでしょうか。
JANさん
データベースを構築することによって、どんな資源がその建物に含まれているのかが明確になる。データがあると、将来的に建物を解体する際に、その資源を別の建物に再利用することができます。資材を二次利用、三次利用する。それは環境のために大切なことですよね。
Bulgari Shanghai|中国・上海
サステナブル素材「人工翡翠」のファサード
JANさん
上海のブルガリショップから、ファサードを翡翠でつくってくださいというオーダーをいただきました。 ところが、翡翠は地下から採掘する必要があり、環境負荷が大きいことを知っていたので、ビールボトルを粉砕して人工的に翡翠をつくることにしました。
リサイクル素材でつくった美しい人工翡翠が完成し、ブルガリのファサードに用いました。
*MVRDV – Bulgari Shanghai © Bulgari & Xia Zhi
山口
翡翠でつくってほしいというリクエストがあったけれど、人工の翡翠を提案したのですね。
気になるのはクライアントの反応ですが、いかがでしたか。
JANさん
ブルガリというブランドにとっても、サステナビリティという考え方はとても大切です。ですから提案は無事に受け入れられました。人工翡翠の裏に照明を入れて綺麗に光るファサードは、とても美しく仕上がったので、お客様も出来上がりに感激してくださいました。
Shenzhen Women & Children’s Centre|中国・深圳
全体の80%を再利用した改修事例
JANさん
ヨーロッパでは建物の歴史を重んじるという文化があり、新築よりも改装という考えが進んでいるのですが、アジアはそうではありません。
次の事例は、90年代に建てられた中国の深圳にあるビルです。当初、クライアントからはこのビルを壊して建て替えたいという要望がありました。ですが、私たちは「改修にしましょう」と提案しました。
建て替えの場合、工期は6年かかるが、改修なら18カ月でできるとお伝えしたところ、クライアントは同意してくださり、最終的には建物全体の80%を再利用した改修となりました。
これは新築した場合と比べ、アムステルダムと深圳の間を飛行機で約1万2千回往復できるほどのCO2の排出量削減に匹敵します。
ベジタリアンとなり食べ物を意識してCO2削減を意識することもできますが、私たち建築デザイナーができることの方が大きいということがよくわかりますよね(笑)
*MVRDV – Shenzhen Women & Children’s Centre © Xia Zh
Rotterdam Rooftop Walk|オランダ・ロッテルダム
ビルの屋上600mをつなぐインスタレーション・屋上活用の有効性を検証
JANさん
次は少し変わった仮設のイベント事例です。
オランダのロッテルダム市には、18k㎡に相当する屋上部分が有効活用されていない建物があります。
そこで、この屋上で、毎年ルーフトップフェスティバルを開催することにしました。
*MVRDV – Rotterdam Rooftop Walk © Ossip van Duivenbode
屋上に大勢のお客様が上がっていただけるようにしました。構造は仮設の足場で構成されているため、再利用が可能となり環境負荷を抑えることが可能となりました。
*MVRDV – Rotterdam Rooftop Walk © Ossip van Duivenbode
この年の会場では法令上、木材を使う必要があったので、使用した木材はその後のプロジェクトで再利用しました。このフェスティバルには楽しい要素が詰まっていますが、実は、真面目な環境への取り組みも行っていたということです。
このイベントは、限られた土地の中で屋根の用途の可能性を考えるために続けています。
なので、私たちはコンセプチュアルな冊子を発行して、屋根を使った街づくりを提案しているのですが、問題はそういった街づくりが実現可能なのか?ということです。
*MVRDV – Rotterdam Rooftop Catalogue
(以下の図で)黄色で塗られた地域は、日照権が存在する公共スペースで、一方でオレンジのエリアは高層ビルを建てることが可能なエリアになります。
*MVRDV – Rotterdam Rooftop Catalogue|ロッテルダム市内 日照権が存在する公共スペース(黄色)
*MVRDV – SOLOARSCAPE(AIソフト)による都市開発エリア検証
どちらの法規を優先するかによって、街の在り方が変わってしまいます。
そこで「SOLOARSCAPE」というAIソフトウェアを開発しました。基準の異なる二つの法規を加味しながら、高層ビル建築と日照権、そして街の景観も含めた今後の街の在り方を提案することができます。
*MVRDV – SOLOARSCAPE(AIソフト)による都市開発エリア検証
ディベロッパーにとっては、この街の開発の余白を示す有効的な資料となり、行政にとっては法規を守った状態での都市開発の可能性を示す有効な資料となります。
Valley(バレー)|オランダ・アムステルダム
複合ビルにおけるAI技術とサステナビリティ
JANさん
アムステルダムのビジネス街ゾイド地区最後となる空地でコンペがありました。
行政はこの場所に緑、オフィス、住宅、商業、ミュージアムの機能をもった複合施設を建てたいと思っていました。すぐ隣には高速道路が走っていたので、騒音の課題があり、私たちは音を分散させる岩の様なピクセル形状のファサードを計画しました。
無事コンペには勝利したのですが、どの建設会社にも「複雑すぎる形状だから技術的に出来ない」と、言われてしましいました。また「建設費用も課題になる」とも言われました。
そこで、大学で研究していたソフトウェアを使って、デザインの最適化(経済性・機能性・実現可能性・環境性を加味した妥協点探し)を試みました。庭、景観、日当たり、騒音、各部屋の繋がり、ファサード、窓のタイプなど、複数の条件を設定し、自動設計にかけ4万通りの可能性を検証しました。
(以下の図で)緑はポジティブな妥協案、赤はあまり好ましくない妥協案を示しています。結果的に、建設会社も納得する案を作ることが出来ました。
*MVRDV -AI技術を用いたデザイン最適化検証設計スクリプト
次に出た課題は、ファサードでした。
天然石を使ったファサードは、最初は左の図(下図参照)のような伝統的な組み方をしていたのですが、石のカット回数や使用する素材の量から予算内に収まらないということが判明しました。
そこで、私たちはバルセロナ郊外にある石の採掘場を訪問し、右(下図参照)にあるような4つの規格サイズの石を使って歩留まりが良く、カット回数が少ないデザインを採用しました。
*MVRDV -ファサードデザインパターン
しかし、今度は石の配置について建設会社から「どこにどの石を置いたら良いか分からないから、全てあなた達が詳細設計をしてください」と言われてしまいました。そこで、私たちはファサードの石の配置について、再度条件を設定しコンピューターに演算してもらいました。
*MVRDV -設計プロセス
最終的に人がデザインの確認をして、5万枚すべての石にナンバリングをすることによって、この計画が実現可能となったのです。規格材から出る、通常であればゴミになってしまう端材もコンピューターが余すところなく使える場所を探してくれるので、無駄のない設計が可能となりました。
また今回、採掘場を直接訪ねることで得られたものがありました。
採掘場では、下の写真のように結晶化した鉱石が露出するような美しい素材を見つけました。
私たちが「これを使うとコストが上がりますか?」と尋ねると、採掘場の方に「これはゴミです、セメント製造の混ぜ物になる予定です」と言われました。
*MVRDV -結晶化した鉱石
私たちはセメント用の価格で、これらの石を購入しファサード全体に使うことにしました。
不均一な個性を持った素材を使うことになりましたが、私たちはその個性に愛情を感じています。
*MVRDV -Valley
完成した居住エリアは全ての部屋の形状が違うものとなり、その個性とデザイン性からアムステルダムで最も高価なアパートメントとして販売されることになりました。
つまり、少ない建設費で大きな利益を生み出すことに成功したのです。
*MVRDV -Valley © Ossip van Duivenbode
またこの突き出したバルコニーの形状によって、バーティカルビレッジ(垂直に伸びる村)を体現することが出来ています。集合住宅では近隣との交流は持ちづらいですが、ここではバルコニーから顔を出すと3~4人の人たちと顔を合わせて挨拶が出来るということも気に入っています。
*MVRDV -Valley
私たちはVALLEYプロジェクトが成功したと思っていましたが、「VALLEYは複雑な形状のため素材を多く使い、CO2排出量が高いのでは?直線的でシンプルな建物のほうが環境に良かったのでは?」という一部批評家の意見もあったため、独自に比較するとその違いはたった3.36%でした。
これはCO2排出の主な主構造であり、その割合が75%を占めるからという結果でした。
最後に
JANさん
あるプロジェクトの推進中、MVRDVの創業者がNEXTチームに問いかけました。
「カーボンのことばかり考えていて、今後楽しみながら仕事ができるか?環境ばかり気にして、デザイン的に素晴らしいものができるのか?」と。
私たちが実現したいデザインが、環境に負のインパクトをもたらすケースもあります。しかし、事前に計測をすることで、事実を把握し、デザインと環境配慮を共存させることは可能です。
デザインを楽しみ、サステナビリティも意識した素晴らしい建築物をつくれば、人々はそれを愛し、長くそこに存続する可能性がある。簡単に解体するという流れにはならないのではないかと考えています。
解体するのにもCO2が排出されますから。
ホラ
サステナビリティを求めることで、制約されすぎた退屈なデザインになるのではないか。そんな不安がありましたが、面白いデザインができる可能性があることを知れて、とても勉強になりました。
山口
環境のことを考えながらデザインやプランニングをしなければならない。そうすれば「なにかを我慢しなくちゃ」という気分になったり、どうしても画一化したものになってしまったり…。
創業者の方の言葉にもありましたが「それでデザインが楽しいのか」という不安は私にもあります。
でも、コンピューティングの技術を積極的に用いて、デザイン性も高く、かつ、環境負荷も低いものであることをきちんと証明していく。そうすることでデザインをずっと楽しみ続けていくのだというMVRDV社の姿勢はとても素晴らしいと感じましたし、私たちも真似していきたいところです。
私たちにとって「デザインを楽しめているか」というのは、とても大事なこと。それをサポートするために、コンピューティングの技術がある。
大変、為になったお話でした。ありがとうございました。
【企画/担当】
乃村工藝社 CR本部 未来創造研究所 サステナブルデザインラボ
後藤慶久 宮坂 清佳
■未来創造研究所とは
乃村工藝社の空間事業を見つめ直し、新たな領域にチャレンジしていく創造的研究機関です。空間の価値をアップデートする新たな理論や技術を開発・実装しています。現在6つのテーマに取り組み、能動的に未来をつくりだす活動を進めています。
About | 乃村工藝社の研究開発組織―未来創造研究所 | 乃村工藝社 / NOMURA Co.,Ltd. (nomurakougei.co.jp)
撮影|川上 友(YUU)
文|源 祥子
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