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- 乃村工藝社 施設運営事業
乃村工藝社グループは総合空間プロデュース企業として、空間の設計・施工だけでなく、博物館、科学館、美術館などの文化施設を中心として、調査研究・学芸部門を含む、施設全体の総合的・包括的な運営管理を行っています。 それぞれの施設で開催される企画展示にフォーカスし、企画担当者の独自の視点を切り取るインタビュー記事「企画展のつくり方」をシリーズ化します。
第3弾は岩手県盛岡市のもりおか歴史文化館。他の文化施設とはひと味ちがった切り口で企画展を打ち出している館で、特に2023年に開催した企画展『罪と罰 ―犯罪記録に見る江戸時代の盛岡―』は大きな話題を呼び、全国から多くの来館者がありました。
そのような館の独自性はどこから生まれているのか。企画を担当した学芸員に、これまで話題となった企画展を生んだ背景、企画する上で日々意識していること、さらには12月1日(日)から開催される『蓬莱図をよむ―描かれた理想郷―』の内容まで、運営事業課のメンバーがインタビュー、ノムログ編集部がその様子を取材しました。
【企画展担当スタッフ】
もりおか歴史文化館 学芸員
福島 茜さん(写真中央右)
大学では文化財保存修復を専攻。盛岡市教育委員会などを経て、2015年からもりおか歴史文化館で保存担当学芸員として勤務。主に館内環境管理と展覧会事業を担当。過去の担当展覧会:盛岡の指定文化財(2015)、伝家の宝刀(2017)、器百様(2018)、あやしきものども(2019)、江戸へ(2021)、シロクロトシアツ(2023)、罪と罰(2023)ほか
【インタビュアー】
株式会社乃村工藝社
ビジネスプロデュース本部 第一統括部 公民連携プロジェクト開発1部 運営事業課
森 美樹(写真左)プランニングディレクター
日野 夏香(写真右)
青木 莉沙(写真左から2番目)
*文:横田 智子(ノムログ編集部)
*撮影:岡崎 広子、八木 和(ノムログ編集部)
まず自分たちが「おもしろい!」と思える企画を打ち出す
森
私は「もりおか歴史文化館」の企画展をいつも楽しみにしています。新しいポスターが届くたびに、今回も攻めてるな、と思って見ています。タイトルやデザインや、テーマにも新しさが感じられるんです。もりおか歴史文化館の企画展は、ほぼ館蔵資料のみで構成されていますが、典型的ともいえるような歴史系博物館の資料で、どうやってそのような企画を考えることができるのかがとても気になっていました。これまで話題になった企画展も含めて、普段からどのような視点で展示を構成、思案しているのですか?
福島さん
「歴史」と名のついた館で勤務していますが、私自身は文化財保存修復(近代彫刻)、資料保存管理を専門としていて、歴史や展示の専門家ではありません。館の特性上歴史資料を扱うことは多いですが、自分のもともとの専門に引き寄せたり、異分野と組合せたりすることで、歴史の専門知識がなくても楽しめる展示を心掛けています。
テーマ選択の方法は色々ですが、何よりもまず自分が「おもしろい!」と思った資料を軸にして、そこから広げていくことが多いです。その上で、例えばオリンピックや改元など、社会の動きと関連を持たせられる時は、それも意識したテーマを選びます。マイナーな内容であっても、少なくとも担当者本人はそのテーマをおもしろいと思っているので、「最低でもこの世に一人は、おもしろいと思っている人間がいる!」という気持ちで取り組んでいます。
当館の収蔵資料には、全国的に広く知られたものがほとんどないのですが、その資料の持つ「おもしろさを伝えるにはどういう見せ方・文脈が相応しいか?」という視点は、どの展示でも共通して大切にしています。おもしろさも重要ですが、正確さを犠牲にはできないので。
例えば、2021年に開催した『江戸へ ―盛岡藩の参勤交代―』。東京オリンピックに合わせて、多くの人が海外から日本を訪れ、日本中の人が動き出す時期でした。そこで「盛岡と東京でつながるものは何だろう?」と考えて、江戸時代に行われていた「参勤交代」を思いつきました。私自身が歴史の専門ではなく、来館される非専門家の方と同じくらいの知識なので、「参勤交代ってそもそも何?」をテーマに、私がもともと疑問に思っていたことや、調査を進める中で私自身が新たに知って「おもしろい」と感じたことを、来館者に追体験してもらえるような展示内容を目指しました。
参勤交代の仕組みだけでなく、史料に書かれたこと細かなエピソードも取り上げたところ、来館の皆さまにかなり喜んでいただくことができました。例えば「地元の〇〇さんが殿様に差し入れた餅」の話。盛岡藩のある地域で、参勤交代途中の殿さまに餅が献上されたことがありました。その参勤が滞りなく済んだからなのか、それからというもの、殿様がこの地に来ると同じ場所で同じ餅を食べる、という慣例があったのです。当時は“慣例”がとても大事にされていて、“何十年も前からずっと同じことをやり続けている”ということは、これからも上手くいくための縁起担ぎの意味合いもあると考えられていたようです。
日野
当時は良い状況が続いたから、同じことを慣習として繰り返したのですね。
福島さん
縁起担ぎの意味合いもありましたし、江戸時代は慣例を守ることによって、“家の格”を維持することが大事だったんです。現代では古い考え方ですが、家を守り次世代につなぐことを何より大切にした武士にとって、家の格式は非常に重要でした。例えば常設展示にある薙刀(なぎなた)のような、参勤交代等で使用する道中道具も、“家の格”によって使用が許可される道具が違いましたし、殿さまの駕籠(かご)の形式も違いました。その「許された形式」を維持し続けることが、“家の格”の高さを示し、維持することにつながったわけです。
常設展示:左/薙刀 右/緋羅紗地陣羽織(複製)
地元の人が地元を大切に想う姿を、ビジュアルに込めて
森
2022年に開催した『裕かなる宝 ―宝裕館コレクション寄贈40周年記念― 』もおもしろい着眼点でした。美術のコレクターが「なぜこれを集めたのか?」という視点で、公開機会の少ない所蔵作品にも光を当てていましたね。
福島さん
きっかけは、1982年に盛岡の個人の方が、お爺さまとお父さまのコレクションを盛岡市に一括寄贈して下さったことです。この寄贈から40周年を迎えるということに加え、約100点の美術コレクションを、個別の作品としてではなく、企画展で一群として紹介したいと思いました。近代を含む美術品に特化した展示は、当館としては初めての試みでした。
コレクションを始めたお爺さまは明治6年生まれで、盛岡の価値あるものが外に出て行かないように集め始めたそうで、盛岡にちなんだ地元に根づいたものを大切にしてくださったのです。お爺さまのコレクションを引き継いだお父さまは、寄贈者の方に「これは自分の家のものではなく、社会に還元するものだ」と言い続けてきたそうです。
そんな意義あるものを「宝」として展示し、地元の人が地元を大切に想っていることが見えてくるような展示をしたいと思いました。そこで、ビジュアル面でもロゴの間にいろいろな作品をはめて「宝」にしています。
ウ冠と「一」「、」の間に作品の画像を挟み、「それぞれの作品が唯一無二の宝だ」と表現したビジュアルデザイン
今までにない切り口、古語を現代らしく伝える
日野
私は『罪と罰 ―犯罪記録に見る江戸時代の盛岡―』の展示が新しい切り口でとても斬新だと思いました。犯罪記録の史料を読み込まれた先に、企画展として取り上げるにあたって、たくさんの事件を見出されたのでしょうか?
福島さん
元々テーマ展という小規模展でシリーズ化していたテーマなので、企画展直前に読んだものばかりではありませんが、3年程かけて数百件の事件記録を確認しました。江戸時代の事件記録はかなり多数残っていて、続けようと思えば何年でもできてしまうので、一度企画展で大きく取り上げて、一区切り付けようと思って企画した展示です。
江戸時代の盛岡で、どんな事件が起きて、どんな処刑がされたかを紹介する展示でしたが、事件の内容は、件は窃盗や喧嘩、浮気まで、非常に幅広いです。文字の多い展示だったので、読みやすいよう、週刊誌の記事を意識して解説を書きました。あまり良い表現ではありませんが、ゴシップ要素の強い展示というか、時代が古いせいで現実味が薄くフィクションのように感じられたのか、多くの方が楽しんで下さったようです。ギャラリートークの参加者は女性が多かったですね。歴史・法律に興味のある方と小説のような目で見てくれた方とで二極化したのですが、結果的によかったと思います。
青木
実際の史料は古語で書かれていると思いますが、展示する上でどのような工夫をされたのですか?
福島さん
史料を直訳するのではなく、伝わりやすいように口語で表現したことと、内容に興味を持ってもらいやすいように、週刊誌の見出しのように、事件ひとつひとつにタイトルを付けました。全部読み込んでもらえなくても1個、2個でも「ナニコレ!?」と引っかかってくれたら嬉しいなと思います。
結論がないまま、みんなで考えてみる
日野
12月からの企画展『蓬莱図をよむ ―描かれた理想郷―』もビジュアルイメージができてきていますね。
福島さん
今回取り上げる「蓬莱」は、古代中国において渤海の東にあると考えられた理想郷、人間にはたどり着けない場所と言われてきました。そこでビジュアルは「ちょっとミステリアスにしてほしい」とオーダーしました。
狩野林泉の《蓬莱図屏風》を取り上げ、「なぜこれが蓬莱になり得るのか?」を考えていきましょう、という展示です。私自身、中国の古い辞書、史記、日本の資料をたくさん読むことで、解き明かしたいと思っています。
今まさに、描かれた内容を細かく分析しているところです。例えば、鶴の雛が育っているシーンがありますが、「長寿の象徴である鶴が松の上で子供を育てている」つまり「縁起が良いことしかない」。椿は常緑樹で寒い季節に花が咲くことから縁起物とされていたり。
ひとつだけ疑問なのは、「カキツバタ」だけ特にめでたい要素がないのです。ひとつの仮説として、他に描かれた植物の実や花のない季節を埋めるように花が咲く、カキツバタを入れたのではないか? “四方四季”を現実世界の時間の流れから離れた特別な空間を意味する=人間界ではなくめでたい場所としたのではないか、と仮説を立てたところです。
一般的な蓬莱図は、2種類あります。ひとつは中国らしい表現で、巨大な亀の背に乗った岩山に松が生えているようなもの。これが比較的古い時代の形式とされていて、日本に入って来た後に、水辺に鶴亀がいて松竹梅が繁っているなど、日本人にわかりやすい“めでたさ”を加えた形式ができていったとされています。この蓬莱図も、日本的に変化した形のひとつであるとは思います。ギャラリートークも予定していますが、何か大きな結論を提示するのではなく、一緒に楽しく「蓬莱図ってなんなのだろうね」と考えてもらえたら、と思います。
森
「蓬莱図」をこういう展示の仕方で扱うことは、あまりしないのではないでしょうか?
福島さん
そうですね、これまでも展示機会は多い作品だったのですが、「蓬莱図自体を深く掘り下げたことがないな」と思ったんです。そこで、「そもそもここに描かれているのは蓬莱なのか?」というテーマで、1点の作品を深く読み解く展示を思いつきました。
普通の美術展ではなくて、描かれたモチーフの意味を理解し、蓬莱に関わる宗教や思想、歴史、各地に伝わる伝説を紐解きながら、「蓬莱って何?」「この絵の何が蓬莱を示しているの?」と考える展示。歴史や民俗、文学的な側面もある展示になる予定です。明確な答えは出そうもないので、「そういう見方もできますよね?」と、作品の見方を提示するような展示になります。
日野
これまでの展示も印象がありましたが、企画展であえて結論づけずに展示していくことが多いのですか?
福島さん
今回に関しては、準備を進める中で「『こうだ!』という結論は出ないな」と思ってこういう方針にしました。普通は調査を重ねて結果の出た成果を、展示でお見せするものなのですが、当館は、展示テーマを決めてから本格的な調査を行う自転車操業なもので…。過去の展示で、資料が確認できず結論が出なかったことを、そのまま「更なる調査を要する」という形で紹介したことがあったのですが、「調査の現状をありのままに知れておもしろかった」というアンケートがいくつかあったんです。以降、結論が出ていないことも需要があるのだなと思って、時々こういうやり方をしています。ただ、展示全体の結論がないのは初めてです。
明確な結論が出ないなりに、現在も伝わる蓬莱に関わる伝説を紹介したり、「蓬莱」に興味のある方が次のステップに進むお手伝いができればとは思っていて。秦の始皇帝の命令で蓬莱に不老不死の仙薬を探しに行った「徐福」という人がいるんですが、その人が辿り着いた、と言われる場所が日本中にあるので、その写真を撮りに行ったりしています。
森
そのスタンスは、来館の方々と一緒に謎に向かっている、目線が一緒というところが、他の歴史博物館と違うおもしろさになっていて、歴史を知りたくなるきっかけをつくっているのかな、と思いました。
盛岡という都市・人への愛が、もりおか歴史文化館の魅力
森
今日は常設展を拝見して、福島さんからお話を伺って、地元のこと、地元の人の何気ない日常にもフォーカスしているところが、もりおか歴史文化館の魅力だと改めて感じました。
青木
歴史というと身構えるところがありますが、どの展示も分かりやすくかみ砕かれて、身近なテーマなので、内容がとても入ってきました。
福島さん
江戸時代というと一番新しくても150年も前ですよね。でも、そんなに昔にも同じ場所に人が暮らしていて、何気ない日常も、事件や事故もあって…時代が違うだけで人の営みの根本は現代とそんなに違わないのでは…という視点は、常々気にしているところです。
青木
そういう視点が地元の方にとっては、特におもしろいですよね。
森
そして、これだけの史料が残っていて、街を歩いても感じられて、土地柄をとてもよく活かされている印象があります。
福島さん
盛岡は城下町でしたので、江戸時代から変わらない道がかなり残っています。おかげで地元の方なら、江戸時代の絵図を見てもかなりの精度で場所を把握できるんです。小学生でも、江戸時代の地図を見せながら「ここが皆さんの学校ですよ」と説明すると、場所をきちんと理解してくれます。
日野
今日お話を伺って、福島さんの企画展への情熱を感じました。普段から企画展を考える上でのモチベーションはどこにあるのでしょうか?
福島さん
自分が「楽しい」と思えるテーマを扱っているので、まずはそれです。そしてそのおもしろさをきちんと、多くの人に「伝えたい」と思える内容であることかなと思います。見る人が、何かひとつでもキーワードを覚えるとか、持ち帰ってもらえるものがある展示になるとより良いですね。今回の展示であれば、「蓬莱図」にはどんなものが描かれているのかとか、「蓬莱」って亀の背中の上に描かれているらしいぞとか。そして、その展示を見たのは盛岡だったな、と後から思い出してもらえたら十分です。
そして、“博物館”の入口の敷居を下げたい、といつも思っています。基本的には専門家以外の方をターゲットにして、予備知識がなくても楽しめるのが最重要。その上で専門家にとっても得るものや再確認できることがある展示が理想です。「勉強になりました」より「楽しかった」と感想をもらえる方がうれしいので、できるだけやわらかく、多くの方に、歴史・文化を楽しんでもらえる展示を考えていきたいです。
展覧会概要
名称:第42回企画展「蓬莱図をよむ―描かれた理想郷―」
開催期間:2024年12月1日(日)~2025年2月17日(月)
※会期中の休館日:12月17日(火)、12月31日(火)、1月1日(水)、
1月21日(火)、2月18日(火)。2階閉室日は12月18日(水)、19日(木)
会場:もりおか歴史文化館 2階企画展示室
観覧料:一般300円、高校生200円、小・中学生100円 ※団体(20人以上)は各2割引
・ 盛岡市内在住で65歳以上の方、小・中学生のうち盛岡市在住・就学の方は無料
・ 障がいをお持ちの方やその介護をなさる方(障がい者1人につき1人まで)は無料
ホームページ:https://www.morireki.jp/pln/5320/
*掲載情報は公開日当時のものです。
常設展示フォトギャラリー
企画展『城の跡 -残された盛岡城関連資料-』
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