- text and edit by
- 小林 慶太
【対談者】
株式会社サンゲツ
社長室 経営企画課
坂戸 雅彦さん(写真後列左から二番目)
スペースデザイン関東第二セクション
葛貫智之さん(写真後列右)
中部ビジネスユニット 中部支社 地域二課
山下 はな美さん(写真前列右)
市場開拓ユニット
倉田 直人さん(写真後列右から二番目)
クレアネイト株式会社(サンゲツグループ)
デザイン開発本部 デザイン部
山中 やよい さん(写真前列右から二番目)
株式会社乃村工藝社
クリエイティブ本部 プランニングプロデュースセンター 企画1部 第4ルーム
小林 慶太(写真後列左から三番目)
瀧 このみ(写真前列左から二番目)
クリエイティブ本部 クリエイティブプロデュースセンター no.10 鈴木ルーム
亀田 奈緒(写真前列左)
ビジネスプロデュース本部 第二統括部 新領域プロジェクト 開発部 開発2課
彦田 和良(写真後列右から三番目)
山林 哲也(写真後列左)
「空間創造」という共通の事業領域を持つとサンゲツグループと乃村工藝社は、社会課題の解決を目指す共創プロジェクトを立ち上げました。その一環として実施された名古屋市立山吹小学校の図書室で、子どもたちと一緒に新しい学びの場のあり方を考える取り組みを実施。ワークショップを通じて、子どもたちの声を活かした空間づくりに挑戦しました。
企業の共創から始まる新しい空間づくり
彦田
私たち乃村工藝社のミッションは、”空間創造によって人々に「歓びと感動」を届ける”ことです。サンゲツさんのパーパスの中にも「よろこびと感動」という言葉が使われ、ブランドステートメントでも “Joy of Design デザインするよろこびを。”という言葉を掲げられています。この「よろこび」という共通の価値観に気づいたことがプロジェクトの出発点でした。これまでの関係を超えて、空間創造に携わる企業として新しい価値を生み出せるのではないかと考えました。
倉田さん
これまでもさまざまな形でお仕事をさせていただいていましたが、今回は新しい何かを一緒に考えていこうという発想が生まれました。特に新しいリソースを活用して将来を考えるという視点は、これまでにない取り組みでした。
小林
「よろこび」についての考察から、ウェルビーイングな空間をどのように実現できるか、という大きなテーマから議論を始めました。さまざまな分野での可能性を検討する中で、特に教育と福祉の2つの分野に注目することになりました。そして、こども家庭庁の「こどもまんなか」という考え方に着目し、子どもたちの空間づくりに取り組むことにしました。
彦田
このプロジェクトは単なる空間づくりではなく、子どもたちの未来の学び方や生活の質を考える機会にもなりました。企業が教育現場と協働することで、私たちも新しい視点を得ることができました。特に、子どもたちの声を直接聞けたことは貴重な経験でした。
新しい学びを支える「こどもまんなか」の空間
名古屋市立山吹小学校
倉田さん
山吹小学校は私たちサンゲツの本社がある名古屋にあり、地域の会社が近隣の学校づくりに参加する事例もあまりないので、良い機会だと思いました。企業として地域に根差した活動ができることは、とても有意義なことだと思います。
山下さん
山吹小学校は、自由進度学習「YST(山吹セレクトタイム)」や異学年の探究学習「ふれあい活動」に取り組むなど、先進的な教育実践を行っている学校です。そこで新しい学びの形に対応した空間づくりができないかと考えました。
彦田
教育の現場では、「個別最適な学び」と「協働的な学び」の両方が重視されています。子どもたち一人ひとりの個性を大切にしながら、共に学び合う。その両方を実現する「こどもまんなか」の空間づくりを目指しました。
小林
全国各地で学校の改修計画があります。10年後、20年後の子どもたちは快適な空間で学べるかもしれませんが、現在学校に通っている子どもには何をしてあげればいいのかと疑問を抱きました。もちろん長期的な計画は必要ですが、今年、来年という短期的な改善も同時に考えていかなければならないと思います。
子どもたちの現状と空間への期待
小林
今の子どもたちは本当に忙しい生活を送っています。習い事や学習塾で夜8時まで予定が埋まっていることも珍しくありません。登校してから帰宅するまで、自分の意思で休憩時間を取ることもできないと聞きます。
瀧
学校での時間の使い方も変化していますよね。北欧の教育では、一人の子どもがゆっくり学習できるようにヘッドホンやパーテーションが用意されていたり、教室の中にソファがあったり。子どもたちの多様な学び方に寄り添った空間づくりが進んでいます。
坂戸さん
オフィスでも、個々人のスタイルで仕事をする風潮がありますよね。でも学校ではそういった個人の時間や空間が限られています。休み時間でさえ、常に誰かと一緒にいなければならないと感じてしまう。子どもたちにも、一人になれる場所が必要なのではないでしょうか。
山中さん
山吹小学校では、一人ひとりの子どもの主体性を大切にする教育を実践されています。先生方は、「心の安全・安心」も重視されていて、それぞれの子どもの参加の仕方を尊重する姿勢が印象的でした。
山下さん
確かにそうですね。先生方との打ち合わせでも、「ワークショップに参加する、参加しないという選択も大切にしたい」というお話がありました。子どもたち一人ひとりの気持ちに寄り添うことを大切にされているのです。子どもたちの多様な学び方や過ごし方を認める、そんな山吹小学校の姿勢に私たちも共感しました。
子どもたちと創る理想の空間 – ワークショップの実施
2024年1月 名古屋市立 山吹小学校にて、理想の学校空間について考えるワークショップを開催
山林
実施したワークショップについて、印象に残っていることを教えていただけますか?
山下さん
約120名の5年生(当時)と一緒に、理想の学校空間について考えました。子どもたち一人ひとりが具体的なアイデアを出してくれたのです。「図書室が暗いから明るくしたい」「友達と一緒に勉強できるスペースが欲しい」など、具体的な要望も多く出ました。そこから「集中」「くつろぎ」「交流」という3つのキーワードを見出すことができました。
瀧
私が驚いたのは、想定以上にいろんな意見が出てきたことです。みんなで活動したい子もいれば、一人でゆっくり過ごしたい子もいる。読書に没頭したい子もいれば、友だちと交流したい子もいる。学校という空間に求められているものの多様さを実感しました。
亀田
子どもたちの要望やアイデアを見て、とても興味深い発見がありました。特に「柔らかいものが欲しい」という表現が印象的でした。大人であれば「快適」や「リラックス」という言い方をしますが、「柔らかい」という表現は子どもならではだなと感じました。実はこの柔らかさへの要求は、学校空間の本質的な課題を表しているのかもしれません。校内には柔らかい場所がほとんどありません。保健室のベッドくらいでしょうか。
葛貫さん
子どもたちの意見を聞いて驚いたのは、予算や実現可能性まで考えて発言していたことです。今の子どもたちは、私たちが思う以上に現実的な視点を持っているのですね。でも同時に、「疲れた」とか「一休みしたい」という素直な気持ちも語ってくれました。そのバランス感覚に驚かされました。
瀧
子どもの個性を大切にするという観点から見ると、ワークショップでは発言をたくさんする子もいれば、ゆっくり丁寧に考える子もいて、それぞれの特性が出ていました。その多様性をどう空間に活かすかが私たちの課題でした。
山下さん
先生方の協力もあって、とてもスムーズにワークショップを進めることができました。各グループにまとめ役の子どもがいて、時間を管理したり、アイデアを整理したりしてくれました。子どもたちは自分たちの過ごし方をよく理解していて、それに合わせた空間を求めているのだと感じました。
坂戸さん
そうですね。時間を守ろうとしたり、アイデアが足りない時に新しい提案をしたり。子どもたちのバランス感覚の良さに驚きました。
アップサイクルベンチ「みんなの虹色ドーナツ」の誕生
亀田
先ほどお話しした「柔らかいものが欲しい」という子どもたちの声を受けて、まず素材選びから始めました。サンゲツさんの椅子生地や紙管を活用することで、子どもたちの要望に応えられる提案ができないかと考えました。同時に、サステナブルな視点も大切にしたいと考えました。
小林
港区立お台場学園の「お台場水族館プロジェクト」においても、サンゲツさんに紙管を提供していただきましたね。
葛貫さん
素材選びには特にこだわりました。座面にはクッション性のある柔らかな素材を使用し、図書室の内装と調和するカラーと柄の椅子生地をコーディネートしています。また、紙管約100本を再利用し、廃番となった椅子生地も活用することで、サステナブルな要素も取り入れました。形状も子どもたちがより集まりやすいように、円形を基本にデザインしています。
山下さん
子どもたちは思い思いの姿勢で読書を楽しんでいましたね。内側に入って読む子もいれば、寄りかかって読む子もいて。決められた使い方にとらわれない、自由な空間になっています。誰かと話すわけではないけれど、みんなが寄り添うように座っているのです。それぞれが本を読んでいるのですが、なんとなく近くにいたいという気持ちが表れていました。
瀧
私も子どもの頃、図書館によく通っていました。好きな本を読むために行くのですが、友達と一緒に行って、別々の本を読むのが好きでしたね。会話はしなくても、誰かと一緒に過ごす時間が安心できたのです。今回の「みんなの虹色ドーナツ」は、まさにそういう場所を提供できているように思います。
小林
8つのピースで構成されているのも特徴的ですよね。
亀田
当初は一体型で考えていたのですが、教頭先生からのご提案で分割できる形にしました。これにより、レイアウトの自由度が増し、様々な使い方ができるようになりました。実際、イベントの時には円を広げて使ったり、普段は小さなグループに分かれて使ったりと、子どもたちが状況に応じて柔軟に使いこなしています。
アップサイクルの意義と環境教育
倉田さん
私たちの業界では、実はかなりの量の端材や廃材が出てしまいます。今回のプロジェクトでは、それらを有効活用する新しい可能性を示すことができました。
坂戸さん
紙管や壁紙など、まだ十分に使える素材が廃棄されてしまうこともあります。今回はそれらを活用することで、環境に配慮した空間づくりを実現できました。同時に、これらの素材の可能性を子どもたちにも知ってもらう良い機会となりました。
小林
お披露目会での子どもたちの反応もうれしかったですね。
2024年11月 紙管など素材の説明も行った「みんなの虹色ドーナツ」お披露目会
山下さん
子どもたちに愛着を持っていただくために実施したネーミングコンテストでは、ほとんどの子が名前を考えて提案してくれました。提案された名前のどれもが、子どもたちならではの発想に溢れていて印象的でした。特に「みんなの虹色ドーナツ」という名前に決まった時は、子どもたちの感性の豊かさに感動しました。
小林
ベンチをドーナツと表現することも想像できなかったですね。他にもユニークな案がたくさんあって、子どもたちの発想にとても驚きました。
坂戸さん
お披露目会では、紙管や壁紙サンプルを再利用した工作やアートの材料にも、子どもたちが強い興味を示してくれました。環境への意識を育むきっかけにもなったのではないでしょうか。
紙管や壁紙サンプルを再利用したペン立て
図書室から始まる学校空間の可能性
小林
このプロジェクトを通じて、図書室が”学校空間のアップサイクル”のポイントになるのではないかと感じています。建物全体の大規模な改修は難しくても、図書室という一つの空間から変化を始められる。それは単なる物理的な改修ではなく、空間の意味や価値を再定義することでもあります。
彦田
図書室には大きな可能性があると思いますね。静かにしなければいけない場所という固定観念がありますが、実は一人でゆったり過ごす人もいれば、みんなで集まって話をする人もいる。そういった多様なニーズに応えられる可能性を秘めているのです。これまでの図書室の概念を超えた、新しい学びの場として捉え直すことができると感じています。
山下さん
私たちの名古屋のオフィスの食堂でも、カウンター席を増設するなどレイアウトを変更して、1人でも居心地よく過ごせる空間づくりを行いました。そういった経験からも、小学校でも同じように、1人でも、みんなでも気軽に使える空間をつくることで、子どもたちの気持ちに寄り添えるのではないかと思います。
瀧
図書館は本を読むだけの場所ではなく、地域のコミュニケーションの場としても機能し始めています。学校の図書室も同じように、本を読むためだけではない、新しい可能性を持った場所になれるのではないかと考えました。
倉田さん
山吹小学校のような先進的な教育実践を行っている学校で実施できたことは、私たちにとって大きな学びとなりました。このプロジェクトを通じて教育空間改革の効果が実証されれば、より多くの学校で新しい取り組みが進むきっかけになるのではないでしょうか。
坂戸さん
子どもたちが1日の大半を過ごす学校という場所。その空間の在り方を見直すことで、学びの質も変わっていく可能性があります。今回の取り組みはその第一歩になったと感じています。今後は、このような取り組みをさらに広げていければと考えています。
山中さん
この取り組みの面白さは、ちょっとした工夫で空間の価値が大きく変わることを示せた点だと思います。子どもたちの声をきっかけに、図書室という場所の新しい可能性を見出すことができました。これは、他の学校空間にも応用できるヒントになるのではないでしょうか。
【対談を終えて】
サンゲツグループと乃村工藝社による共創プロジェクトは、子どもたちの声に真摯に耳を傾け、それを形にするプロセスを実践しました。完成した「みんなの虹色ドーナツ」は、アップサイクルという手法で新しい空間価値を生み出しました。このプロジェクトを通じて実現された新しい図書室の形が、これからの教育空間のあり方を考える上での、重要なヒントとなることを願っています。
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