“異彩のアート”でつながる、アライブメディケア・ヘラルボニー・乃村工藝社 「HERALBONY Art Prize 2025 Exhibition」共催イベントレポート

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「異彩を、放て。」をミッションに掲げるクリエイティブカンパニー ヘラルボニーが創設した 国際アートアワード「HERALBONY Art Prize 2025」。障害のある方がひとりの作家としてその才能を評価され、さらなる活躍の道を切り開いていけるようにと、2024年1月31日「異彩(イサイ)の日」に創設されて今年で2回目の開催です。

乃村工藝社は初回からSILVER SPONSORとして協賛。その一環でヘラルボニーとのコラボレーションを続けてきました。また、未来創造研究所に属するインクルージョン&アートデザインラボの活動を通して「空間と体験のアクセス フォー オール」に取り組んでいます。

「HERALBONY Art Prize 2025」に国内外から応募された作品総数は、なんと2,650点。東京・丸の内で開催された展覧会(2025年5月31日~6月14日)では、グランプリ作品をはじめ、企業賞や審査員特別賞の受賞作品と、最終審査に進出した作品群を一堂に展示し、多くの鑑賞者でにぎわいました。

この記事では、ヘラルボニーと乃村工藝社が共催し、6月13日(金)に行った記念イベントの模様をご紹介します。過去のイベントはこちら

アート作品の魅力で、誰もがいきいきと過ごす介護ホームに

作品がずらっと並ぶ華やかな空間でまず行われたのは、株式会社アライブメディケア 代表取締役 安田雄太さんをゲストにむかえてのトークセッションです。ヘラルボニー ビジネスプロデューサー 嵯峨山恵美さんと乃村工藝社 デザインディレクター 大⻄亮が加わり、連携しているプロジェクトについて語りました。

トークセッション登壇者

安田 雄太さん
株式会社アライブメディケア代表取締役
アライブメディケアに新卒で入社し、介護の現場で14年勤務。 複数のホームでホーム長も務める。 その後、本部へ異動して10年勤務し、2021年に社長就任。

嵯峨山 恵美さん
株式会社ヘラルボニー
東京・アカウント部門マネージャー ビジネスプロデューサー
異彩を放つ作家とともに新しい文化をつくるクリエイティブカンパニー・株式会社ヘラルボニーのプロジェクトマネジメントを担当。

大⻄ 亮
株式会社乃村工藝社 デザインディレクター
企業ショールーム・店舗、ホテル、ワークプレイスまで分野にとらわれないプロジェクトを経験。情報デザインとインテリアデザインの領域を融合した空間づくりや体験価値づくりを主軸とし、デザインプロセスを包括的に捉えたクリエイションを展開する。

ファシリテーター 松本 麻里
株式会社乃村工藝社 未来創造研究所 デザインディレクター
「空間と体験のアクセス フォー オール」の実現に向けてユーザーや当事者と共に誰もが心地よく過ごせる場のデザインを行う。多様な人々が文化芸術体験を介して社会や世界とつながり新しい価値観と出あう「インクルージョン&アート」をテーマにプログラムのデザインに取り組む。

株式会社 アライブメディケアは、東京・神奈川を中心に、介護付き有料老人ホーム「アライブケアホーム」の企画・運営事業を行う企業です。代表の安田さんは、新卒で入社後、介護の現場で14年勤務した経験を活かし、「介護の未来を開く」をミッションに、ウェルビーイング経営を展開してきました。

 安田さんがヘラルボニーと出会ったのは、展覧会にたまたま足を運び、作品から元気をもらった、という社員の話がきっかけだったそう。

安田さん
私も初めて作品を拝見し、アートが見る人を元気にするパワーを持つことや、大変失礼ながら、障害のある方もこんな風に作品を描けるのか、と驚きました。と同時に、恥ずかしながら、自分の中に勝手なイメージ、“レッテル”があったんだな、と気づいたのです。

我々は、“もう高齢だから” “認知症だから” と諦めてしまうような従来の介護ケアや概念、イメージを壊し、“攻めの介護” を大切にしています。「異彩を、放て。」というヘラルボニーさんのミッションも素晴らしく、勝手ながら自分たちと共通するものがあるな、と感じ、お声がけしました。

左から:乃村工藝社 松本麻里、アライブメディケア 安田雄太代表

ヘラルボニーは、主に知的障害のある作家が描く作品のデータを用いたIPビジネスを軸に、新しい文化をつくるクリエイティブカンパニー。岩手県盛岡市や東京・銀座で、店舗とギャラリースペースを運営するほか、さまざまな企業とのコラボレーション事業にも取り組んでいます。

 その革新的なビジネスは、つい先日、フランス・カンヌにて開催された世界最大級のクリエイティビティの祭典「Cannes Lions International Festival of Creativity(カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル)」で、快挙ともいえる「Glass: The Lion for Change」ゴールドを受賞。世界からも大きな注目を集めています。

嵯峨山さん
私たちは、障害はふつうじゃない、と、敢えて表現しています。彼らはふつうじゃないからこそ、障害があるからこそ、素敵な世界や、私たちが思っているふつうを超えるような世界を見せてくれています。

そんな彼らの異彩を、そして私たちの誰もが持っている異彩を、素敵だね、かっこいいねと、受け入れることがあたりまえの社会をつくっていきたい、と考えています。

さて、介護施設や老人ホーム、と聞くと、きっと多くの方が、真っ白でシンプルな施設やお部屋をイメージするかもしれません。しかしアライブメディケアでは、廊下などの共用部に、ヘラルボニーで活躍する多様な作家らの作品を飾るだけではなく、入居者の個室内にも展示しています。

安田さん
日々、作品を目にした入居者の方々が、絵画が持つ力によって少しずつ変わっていく様子を目の当たりにし、ここにこそ介護の原点があるのでは、と感じましたね。

嵯峨山さん
ありがとうございます。もっと入居者の方々がポジティブな気持ちになるような空間を、ということで、お部屋の中にも、たくさんのアート作品を取り入れたい、と考えました。そこで、乃村工藝社の皆さんに、空間づくりについてご相談したのが、三社での連携のはじまりですね。

完成したお部屋は、壁紙や、置かれた家具や鏡、カーテンやクッションカバーといったファブリック、ハンガーなどの小物まで、室内のいたるところに作家の作品があしらわれています。乃村工藝社の皆さんには、我々では気づかなかった機能面などの視点もふまえつつ、暮らしの中でアート作品を楽しむ空間づくりをしていただきました。

左から:ヘラルボニー 嵯峨山恵美さん、乃村工藝社 大西亮

どこででもアート作品を楽しめる、アイデア満載の「Alive Wagon」が誕生

三社の連携は居住空間だけではなく、「Alive Wagon」という全く新しいツールの誕生にもつながっていきました。そこには、現場で働く多くの職員の声が活かされています。

 開発のアイデアは、介護の現場で働くことを楽しんだり、モチベーションにつなげてもらえたりするように、と行われたワークショップが起点となったそう。職員の方々が参加したワークショップをファシリテーションした嵯峨山さんが、その時の様子を振り返りました。

嵯峨山さん
普段、お仕事をしていて、やりがいや楽しいと思うこともたくさんあると思いますが、難しいことや厳しいことに直面するなど、大変なことも少なくないはずです。だから、職員の皆さんがそれぞれ普段から考えていることや、「この施設ならではの良さ、街の良さって、そもそも何だろう?」と問いかけながら、丁寧にお聞きしていきました。

すると、入居者の方とそのご家族、ケアマネージャー、福祉関係の方など、本当にいろんな職能の方々が介護の現場に関わる中で、やっぱりその中心にいらっしゃるのは、日々、現場でケアを担っている、ライブメディケアの職員の方々であり、その声はやっぱり重要だ、と実感しました。

職員一人ひとりが、自身の仕事への誇りを実感できたり、居心地のいい職場や空間で過ごせたりするには、どうしたらいいのか。対話を重ね、やりたいことを言語化していくワークショップの中で、本当に多彩で柔軟なアイデアが出てきました。嵯峨山さんと共にワークショップを行った、乃村工藝社の大⻄は、こう振り返ります。

大⻄
「コミュニケーションのきっかけが欲しい」、「寄り道できるような憩いの場所が欲しい」、「ゆくゆくは地域の方々にも、この空間を広げていけるよう取り組みたい」、そして「日常の中に、ちょっとした非日常的なものがあったらいいのでは」など、さまざまな声が出てきました。

そこで、もう少し能動的で、目的性を持たせたオブジェクティブなものにできないか、と考え、 “移動できる小さな非日常空間” というイメージから、ワゴンという形式につながっていったのです。

まるで彫刻作品のような「Alive Wagon」に備わるのは、ポストカードサイズくらいの平面作品を飾るスペースや、引き出し式の収納になっているレンガ、カフェやライブラリーなど、多種多様な機能やツール。もちろんアート作品も随所に取り入れられています。また、その日の天気や季節の行事に合わせて、全体の装飾を変えることができるなど、さまざまな工夫が取り入れられました。

当初は「本当に動くのか、バランスも含めてちょっと想像しにくかった(大西)」と、小さなサイズで模型をつくってシミュレーションし、実制作に取り組んだそう。

 完成した「Alive Wagon」が置かれた施設では、いくつものポジティブな変化が起きた、と安田さん。

安田さん
自然と周囲に人が集まって会話が始まったり、季節のイベントのたびに持ち出したり。あと、施設の収益までアップしましたね(笑)。何より入居者の皆さんがとても気に入ってくれています。

当初は、日常の中の非日常的なものをイメージしてつくられましたが、日常にも溶け込み、双方をつなげるような存在となっていて、本当に良かったなと思ってます。

そして私は、どこへでも移動できる「Alive Wagon」から、新たな施設の構想を得ました。

日本各地にホームを作り、春夏秋冬、好きな土地に旅をするように暮らしてもらい、ご自身の好きな地域で最期を迎えることができる、というものです。私どもは、“認知症を超える” “介護を超える” と普段から掲げていますが、これは“場所を超える”チャレンジですね、ぜひ一緒にお願いします!

嵯峨山さん
素敵なアイデアをありがとうございます。これからも、エイジズムや介護のイメージ、できないと思い込んでいることが変わっていくような取り組みをご一緒できたら嬉しいですね。

アライブメディケアとヘラルボニー、乃村工藝社という三社だから生まれた取り組み、そして「Alive Wagon」ですが、トークセッションの最後、安田さんから、ひとつの夢が披露されました。

安田さん
入居者の方の中に、100歳になる認知症の方がいらっしゃるんですが、次の「HERALBONY Art Prize」に参加できますでしょうか。ご高齢で認知症であっても、人間国宝(重要無形文化財の保持者)の書道の先生が感動されるほど、絵画が非常に上手い方々がいらっしゃるんです。もし作品が認められるチャンスがあれば、ご本人の尊厳が芽生えるだけではなく、多くの方にとっての希望になるのでは、と。

嵯峨山さん
ありがとうございます、素晴らしいですね!「HERALBONY Art Prize」は、国内外、プロ・アマ、年齢も問わずに応募していただける公募展なので、ぜひ応募してください。

大きな拍手と笑顔の中、次の「HERALBONY Art Prize」の開催が待ち遠しくなるような話題で、貴重なトークセッションの時間が終了しました。

対話型のミニ鑑賞会や、「音」で作品を楽しむ体験も

トークセッション後の会場では、出席者の皆さまをいくつかのチームに分け、さまざまな体験を通して展覧会の空間と作品の鑑賞を楽しんでいただきました。

■「音」で作品を楽しむ oto rea(オトリア)による作品鑑賞体験

「音」による空間体験拡張装置「oto rea(オトリア)」は、Mixed Realityを通じて未来のインフラづくりを目指すスタートアップの株式会社GATARIと、乃村工藝社未来創造研究所のオープンイノベーションラボNOMLABが、コロナ禍を機に共同開発をスタートさせたプロジェクト。目に見えない「音」を使った、全く新しい体験を提供しています。

 参加者は、周囲の音も聞こえるヘッドホンと、専用アプリケーションがセットされたストラップ付のiPhoneを一台ずつ身に着け、展示作品の前へ進みます。すると、作品のビジュアルデータと作品の解説文をもとに生成されたAIによる音楽(事前収録した音源)が、自動的にヘッドホンから聞こえてくる、というもの。

作品を鑑賞しながら聴く、といえば、作品解説の音声ガイドが一般的ですが。それとは全く異なる、そして作品の印象や鑑賞がぐっと豊かになったり、なんだか不思議な感覚を味わえる、とてもユニークなアート鑑賞体験となり、イベント当日も、子供から大人まで多くの方が楽しんでいました。

■対話を通して作品を楽しむミニ鑑賞会

乃村工藝社のメンバーが、出席者の皆さまと共に展示会場をめぐり、いくつかの作品の前で、参加者同士が会話を楽しみながら作品を鑑賞する「対話型鑑賞」※を実施しました。

6人くらいの少人数で行われた「対話型鑑賞」は、まず1分間、じっくりと時間をかけて、作品を隅々まで観察するように観ることからはじまります。次に、作品を観ていて考えたことや印象を、一人ずつ自由に話してシェアしていくのですが、同じ作品を観ているはずなのに、話すことは驚くほどに異なるのが、この鑑賞体験の醍醐味、と言えます。

アートの鑑賞や作品の解釈に“正解”はありません。今回は体験会としてのトライアルだったため、わずか10分程度という短い時間での「対話型鑑賞」でしたが、自分では気づかなかった視点や思いがけない発見が次々と生まれ、どのグループでも会話が大いに盛り上がっていたのが印象的でした。

※ニューヨーク近代美術館で開発されたVisual Thinking Strategies (VTS)の知見を持つ専門家よりファシリテーターの研修を受けた乃村工藝社社員による対話型鑑賞会の体験会を行いました。

■ ナッピングチェアのプロトタイプや、カームダウンブースの模型、「センサリーフレンドリーアイテム 」の展示など

会場の一角では、トークセッションに登壇いただいた安田代表ら、アライブメディケアの皆さまに資料をご案内いただいたほか、乃村工藝社 未来創造研究所のメンバーも、インクルージョン&アートのプロジェクトをご紹介しました。

【 ナッピングチェアのプロトタイプ  】

幼児や小学生くらいまでの児童を対象とし、混雑する商業施設やイベント会場、公共施設などで、遊び疲れて眠たくなってしまったときに休憩したり、ざわざわと落ち着かない空間などから一時的に距離を置いたり、などの用途で使える、移動式のかまくらのような装置。

子どもがちょうどすっぽりと入る絶妙なサイズ感や、繭のように有機的で柔らかなかたちは、大人も思わず寝転んでしまいたくなるような印象を持ちました。

カームダウンブースの模型、「センサリーフレンドリーアイテム 」の展示

「ノムラセンサリーフレンドリー※プロジェクト」は、さまざまな理由から、外出や体験に不安を持つ方々に、マルチパーパスで、安心で居心地の良い新しい共用の場を創ることを目指して行っているプロジェクト。

会場では、ミニチュアサイズのカームダウンブースの模型や、東京ドームなどで導入されている「センサリーフレンドリーバッグ」の実物を展示しました。ヘラルボニーのアート作品が大きくあしらわれたバッグの中には、誰でも入手しやすいもの中から機能的に相応しいアイテムとして選ばれた品々がセットになっています。

現状は決して広く知られてはいないかもしれませんが、例えば、大きな音やまぶしい光が苦手だったり、人混みの中が苦手だったり、身体的な障害に限らず、子育てや介護の場面でも課題を抱えている方は少なくないはず。誰にとってもやさしい「空間と体験のアクセスフォーオール」を目指し、日々研究が続けられています。

※センサリーフレンドリーとは、感覚にやさしいという意味で、感覚刺激に特性のある人や小さいお子さんと家族、高齢者と介助者等へ居心地よく静かで落ち着いた環境を提供する取り組みです。

昨年の開催に続き、出席者の皆様には、多種多様で多彩なアート作品の数々と、乃村工藝社が取り組む様々なプロジェクトを実際に体験いただきました。

世代や国籍を問わずにチャレンジできる「HERALBONY Art Prize」とヘラルボニー、常識にとらわれない姿勢で介護サービスを切り開こうとするアライブメディケア、そして、空間の新たな価値創造を続ける乃村工藝社。まさに異彩ともいえる、三者三様のユニークな取り組みに、これからもぜひご注目ください。

HERALBONY Art Prize 2025 Exhibition
https://artprize.heralbony.jp/

乃村工藝社未来創造研究所
未来創造研究所 | 乃村工藝社 / NOMURA Co.,Ltd.

文:Naomi
写真:Tamami Nojima

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