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- 乃村工藝社 施設運営事業
乃村工藝社グループは総合空間プロデュース企業として、空間の設計・施工だけでなく、開業後の施設の運営も手掛けています。ビジネスプロデュース本部 施設事業運営部では、博物館・科学館・美術館などの施設全体を、調査研究や学芸部門も含めて総合的に管理しています。
当社の施設運営事業は、2005年11月3日に開館した長崎歴史文化博物館の指定管理からスタートしました。本記事は、長崎歴史文化博物館の開館20周年を記念し、スタッフや関係者への取材を通じて、現在の姿と今後の展望を前後編でご紹介します。
長崎歴史文化博物館 乃村工藝社は展示の企画・デザイン・設計施工と開館後の指定管理業務を担当
前編では、開館20周年記念ロゴマークのデザインコンセプト「つながり」に着目し、貴重な文化財を守り未来へ伝える「つながり」、長崎県の中核博物館として地域社会に貢献する「つながり」、そして長崎が海外と結ぶ「つながり」について、それぞれの活動を担うスタッフへの取材を通じて紹介します。
また、後編では、長崎歴史文化博物館が地域にもたらしたインパクトの可視化を目的とした「経済波及効果調査」の結果をもとに、国際交流都市・長崎の地域社会における役割や将来を考える対談を取材しました。取材を通じて、世界とつながり、末来につながる博物館活動の可能性を探ります。
長崎歴史文化博物館の20周年記念ロゴマーク
コンセプトの「つながり」を、長崎歴史文化博物館所蔵の「南蛮人来朝之図」に描かれている南蛮人の顔をモチーフとして表現
古文書の修復―長崎の海外交流史の証を未来へつなぐ手仕事
長崎歴史文化博物館の「つながり」を象徴する仕事を担うスタッフとして、最初にお話を聞いたのは資料修復担当の富川敦子さんです。置かれている道具や材料の一つひとつに経験とノウハウがつまった資料修復室で、実際の修復作業を見せてもらいながら、海外交流史を物語る資料を次世代に受け継ぐ仕事についてうかがいました。
長崎歴史文化博物館 資料修復担当
富川敦子さん
古文書の保存・修復の専門家。文化財の価値を守り、次世代に受け継ぐ
――富川さんの専門は古文書の修復ですね。お仕事を始めてどのくらいになりますか?
富川さん
長崎歴史文化博物館には、旧長崎県立美術博物館、旧長崎県立長崎図書館、旧長崎市立博物館が所蔵していた資料が移管されています。私は、旧県立図書館の職員として、図書館に保管されていた古文書の修復の仕事を始めました。
――これまでにどのくらいの数の資料を修復されてきたのですか?
富川さん
長崎歴史文化博物館の開館から20年間で、1,700点ほど修理しました。旧県立長崎図書館で修復したものも加えるともっと多いです。それでも、長崎歴史文化博物館には約8万4千点の資料が保管されていて、古文書だけでも2万点以上ありますから追いつきません。
――古文書にも、様々な種類がありますね。
富川さん
大きく分けて、和紙に墨や顔料で記録された主に近代以前のものと、酸性紙にガリ版刷りインクや万年筆などで記録された近代以降のものもあります。
――違いについて教えていただけますか?
富川さん
和紙は非常に耐久性があり、柔軟性も高いので、修復が比較的容易です。和紙の修復には、伝統的な技法が使われ、特に手作業での補修が重要です。一方、近代以降の酸性紙は劣化が早く、修復には特別な技術が必要です。
――和紙の修復について、もう少し教えてください。
富川さん
和紙の資料の修復には、紙の裏側に別の紙(美濃紙という一般的に多く使われる和紙)を貼って補強する裏打ちや、虫喰穴の繕い修理もあります。どちらも伝統的な技法ですが、暮らしの中で受け継がれてきたものでもあるのです。昔はどの家にも襖や障子があって、貼り替えをしていましたよね。基本は和紙と糊です。
――今まで修復された資料で印象に残っているものはありますか?
富川さん
1982年の長崎大水害で被災し、2002年に旧長崎県立長崎図書館に寄贈された郷土史家の中西啓氏の旧蔵資料群です。固着し、泥、カビ、虫で汚損、劣化した資料を、これまで230点以上修復してきました。修復前の被災文書があるので、触ってみてください。
――板みたいに硬くて、文字も見えません。このような状態の文書をどのように修復されるのでしょうか?
富川さん
修理方法を考える過程で思いついたのが、木灰を沈殿させたアルカリ溶液を使って洗浄する技法です。ヒントは和紙の製造工程にありました。草木灰の灰汁を使って和紙から繊維以外の不純物を取り除く「煮熟」という作業です。灰汁はアルカリ性のため、防腐作用や洗浄作用を合わせ持つこともわかりました。
木灰は手に入りにくくなっていますので、ストーブで薪を燃やしている方々にお願いして送ってもらっています。その灰を沈殿させて、和紙のpHより少し高めのアルカリ溶液を作っています。
――洗浄作業を見せていただけますか?
富川さん
はい。灰汁を温めて、損傷した文書を浸します。道具をいろいろ探しましたが、小さい資料にはホットプレートがちょうどよいので使っています。大きい資料には調理用温熱機を使っています。ここで表面を筆で撫でながら洗っていくと、だんだん汚れが浮いてくるのが見えますよね。これを続けると、一枚一枚はがれるようになるんです。
――内容も読めるようになって、資料として蘇りますね。
水害に遇って泥や汚れで固まった文書を、温めた灰汁に浸して洗浄する作業
富川さん
灰汁には様々な効果があります。酸性紙を浸すことで、酸性紙のpHが上昇して折れにくくなることも感じています。まだまだ研究を続けなくてはなりません。
――劣化の早い酸性紙の保存修復も急がれますね。
富川さん
はい。海外交流史の資料の中には、和紙に墨で書かれたものと万年筆を使って酸性紙に外国語で書かれたものが混在した文書もあるんです。異なる素材が組み合わさっているため、それぞれの化学的特性を考えながら、最適な方法を模索しています。
脱酸性化処置した酸性紙を和紙で裏打ちし、和紙の文書と一つに綴じて保存性を高めた資料
――今後取り組んでいきたいことはありますか?
富川さん
長崎の海外交流史の研究には資料が欠かせません。修復した資料が調査研究に役立ち、世界への発信にもつながればうれしいです。そのために修復の技術を向上させ、少しでも多くの資料を保存していきたいと思っています。古文書は適切な保存環境や再修理等により、継承されてきました。その伝統を若い人々にも伝えていきたいです。
教育普及― “海外交流の歴史を地域の次世代につなぐ”
次にお話を聞いたのは、教育普及を担当する学芸員の末吉千夏さんです。
長崎歴史文化博物館
末吉千夏さん
教育普及担当として、様々なプログラムを企画・推進。開館20周年実行委員会では、VI部会長として記念ロゴのデザイン策定を担当。
――長崎歴史文化博物館は、初代館長の大堀哲さんが打ち出した「博物館のすべての活動は”教育“に収斂される」という考え方を基本に、開館当初から多彩な教育プログラムが行われています。担当者としてどのような取り組みをされているのか教えてください。
末吉さん
私は2018年に学芸員として長崎歴史文化博物館の仕事をスタートしました。最初は研究グループで展示について学んでいましたが、その後、教育普及グループに加わりました。現在は4人で、講座やセミナー、学校と連携したプログラム(団体見学対応や遠隔授業)、アウトリーチ(出張授業や移動博物館)、イベント企画、ボランティアの研修・サポート、SNSでの情報発信などを行っています。
――博物館と地域の人々を「つなぐ」役割について、どのように考えていますか?
末吉さん
意識しているのは「きっかけづくり」です。展示を来館者に分かりやすく、身近に感じてもらうことで、子どもたちや地域の人々に長崎の多様な歴史や文化の面白さを知ってもらいたいです。展示では調査研究に基づいた専門性の高い内容も発信しますが、教育普及はその面白さを知ってもらうために、興味や感動のきっかけを提供する「種まき」の役割を果たしていると考えています。
――今年の夏に開催された「開館20周年記念特別展 こわ~い おばけ浮世絵展」は、作品展示だけでなく、作品に描かれた幽霊や妖怪のキャラクターを遊びながら楽しめる仕掛けが印象的でした。このような企画を実現させるために、展示担当者とどのように連携しているのですか?
末吉さん
企画展では、集客する上で重視したい年齢層やテーマを展示担当者と共有し、浮世絵に興味を持ちにくい子どものための工夫を追加することで、より幅広い層に楽しんでもらえるよう協力しました。「おばけ浮世絵展」のような巡回展の場合はすでに展示構成や解説内容が決まっていますが、そこに教育普及の視点でオリジナルの解説やコンテンツを加えることで、来館者の興味を引き出すことを心掛けています。
「開館20周年記念特別展 こわ~い おばけ浮世絵展」会場内の子ども向けハンズオン展示
――展示と利用者の橋渡し役も担っているのですね。最近は地域に住む外国人や訪日外国人と博物館をつなぐことにも取り組んでいますね。海外交流史の博物館としてめざしていることはありますか?
末吉さん
当館では「開かれた博物館」として、誰もが気軽に利用できる場にすることを理念の一つとしています。現在、長崎でも増えてきている留学生などの在住外国人もその対象です。しかし、彼らに情報がまったく届いていない現状がありました。そこで、留学生を対象としたイベントを企画したところ、様々な国や地域の学生同士の交流が生まれました。博物館として、そのような交流が生まれることはとてもうれしいです。多様な来館者が参加できる環境をつくるため、国際広報を担当するヴァレンティーナさんと協力して、英語や「やさしい日本語」の展示案内も行っています。
――これまでの博物館活動では見過ごされがちだった人々に届くように、取り組んでいることはありますか?
末吉さん
来館者や学校の先生、地域の団体、最近では日本語学校の先生など、様々な方と積極的に対話し、ニーズを聞きながらプログラムを作ることを重視しています。より良いサービスを目指していくために、館内だけでなく外部の方々とのつながりを広げ、協力や意見交換を行うことを大切にしています。
――教育普及の仕事の一番のやりがいは何でしょうか。
末吉さん
展示案内やイベントで出会った子どもたちが、長崎の歴史に興味を持ったり、地域の良さを知って帰っていったりする姿を見ることです。その子たちが長崎の魅力を周囲に伝えてくれることが、博物館の価値を高めると考えています。
――今後は、どんなことに挑戦したいですか。
末吉さん
障害者や高齢者、外国人など、多様な来館者がもっと安心して利用できるように、アクセシビリティ向上(センサリーマップや安心マップの導入、やさしい日本語の活用など)に取り組みたいです。子ども向けのプログラムは充実してきましたが、今後は社会の変化に合わせて、より幅広い層にアプローチし、障壁を取り除くことを目指しています。
長崎と世界をつなぐ、国際広報の仕事
最後に、広報・営業企画グループ 「れきぶんアンバサダー」のヴァレンティーナ・オディーノさんにお聞きしました。
長崎歴史文化博物館
ヴァレンティーナ・オディーノさん
長崎の歴史を世界に発信するため、広報に加え、訪日外国人向けのイベント企画を担当。開館20周年実行委員会では式典部会長を務める。
――経歴や長崎歴史文化博物館でのお仕事について教えてください。
ヴァレンティーナさん
私は2018年から長崎歴史文化博物館で働いています。イタリアの大学院を卒業してすぐ日本に来て、ここが初めての職場です。アニメなどの日本の文化に興味があって、大学と大学院では日本語や日本文化を学びました。翻訳や論文執筆など、大学で身につけたスキルが今の仕事に活かされています。
博物館では、主に外国人来館者への対応や、館内の解説文の英訳、SNSやホームページでの情報発信などの多言語化を担当してきました。2021年からは広報・営業企画グループに所属し、営業やイベント企画にも関わっています。
――全国的にインバウンドが増えていますが、変化は感じますか?
ヴァレンティーナさん
はい、市内でも館内でも、外国人観光客は増えています。ただ、長崎はオーバーツーリズムにはなっていなくて、穴場的な魅力がある街だと思います。海外の人にとっては原爆のイメージが強いですが、出島やグラバー園などの観光地を訪れる人も多いので、背景にある国際交流の歴史を伝えることも大切だと感じています。そのためにも、長崎歴史文化博物館を訪れてほしいです。展示を見た外国人観光客が自国の歴史と長崎の歴史を比較しながら新たな発見を得ているのを見ると、大きなやりがいを感じます。
――外国人の来館者に向けて、どんな取り組みをされていますか?
ヴァレンティーナさん
外国人の方向けに、英語と「やさしい日本語」でのイベントやワークショップを、教育普及担当の末吉さんと一緒に行っています。当館の英語ボランティアの指導にも関わっていて、英語ガイドの育成にも貢献したいと思っています。最近は大学生や若い世代のボランティアも増えてきましたし、地元の人々が自分たちの地域の歴史を知り、自ら世界に発信することを支援していきたいです。
長崎県在住の外国人の方に、常設展示を案内しながら長崎の歴史を伝える「外国人のためのギャラリートーク」
――ヴァレンティーナさんがお薦めしたい長崎の街の魅力やスポットについて教えてください。
ヴァレンティーナさん
長崎は温かい雰囲気がありますが、それは多様な文化を受け入れてきた歴史があるからだと思います。そういう点で、同じく港町であり、貿易で繁栄したイタリアのヴェネツィアと似ていると感じます。長崎の人々も同じように、独自のおもてなしの心を持っていて、街には国際交流の舞台としての魅力があります。唐寺の興福寺や崇福寺をはじめ、いくつものお寺が立ち並ぶ寺町や、眼鏡橋周辺の歴史的建造物やレトロな街並みなど、歩いて回れるコンパクトな街の良さもおすすめです。
――これから取り組んでいきたいことはありますか?
ヴァレンティーナさん
今後は、長崎歴史文化博物館が海外交流史の研究においても国際的な拠点となることを目指したいです。そのために、協力体制の構築やインターンシップの受け入れを通じて、海外の研究者やミュージアムとの連携を強化し、長崎歴史文化博物館の世界的な知名度向上に貢献できればうれしいです。
記事の後編では、20周年の先を見据えて、地域の未来につながる博物館の可能性を語り合う対談記事をお届けします。
開館20周年記念企画の情報はこちら
2025年は開館20周年記念イヤー | 長崎歴史文化博物館
開館20周年記念事業 ポケモン×工芸展-美とわざの大発見-
2025年09月12日(金) ~2025年12月07日(日)
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開館20周年記念事業 ポケモン×工芸展-美とわざの大発見- | 長崎歴史文化博物館
【企画/担当】
株式会社乃村工藝社
ビジネスプロデュース本部 第三統括部 施設事業運営部
森 美樹 プランニングディレクター
山崎 純二
青木 莉沙
構成・文:森 美樹、青木 莉沙 撮影:山崎 純二
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