開館20周年を迎えた長崎歴史文化博物館（後編） 地域と世界の「つながり」を活かしたまちづくり

乃村工藝社グループは総合空間プロデュース企業として、空間の設計・施工だけでなく、開業後の施設の運営も手掛けています。ビジネスプロデュース本部 施設事業運営部では、博物館・科学館・美術館などの施設全体を、調査研究や学芸部門も含めて総合的に管理しています。

当社の施設運営事業は、2005年11月3日に開館した長崎歴史文化博物館の指定管理からスタートしました。本記事は、長崎歴史文化博物館の開館20周年を記念し、スタッフや関係者への取材を通じて、現在の姿と今後の展望を前後編でご紹介します。

記事の前編では、開館20周年記念ロゴマークのデザインコンセプト「つながり」に着目し、活動を担うスタッフに取材しました。
開館20周年を迎えた長崎歴史文化博物館（前編）地域と世界の「つながり」を受け継ぐ仕事の現場

後編では、公益財団法人ながさき地域政策研究所の鶴田さんをお迎えし、長崎歴史文化博物館の副館長・統括マネージャーの伴野さんとともに、博物館が地域にもたらした影響を「経済波及効果調査」の結果をもとに、国際交流都市・長崎の地域社会における博物館の役割や今後の展望についてお話を伺いました。 

博物館が地域にもたらした経済波及効果

公益財団法人ながさき地域政策研究所　研究所長・理事長

鶴田貴明さん
地域政策の専門家として、EBPM（Evidence-Based Policy Making、証拠に基づく政策立案）や地域ブランディングなど多様なプロジェクトを推進。行政や市民と連携しながら地域の未来像を描き、長崎の価値創造に貢献している

長崎歴史文化博物館　副館長・統括マネージャー

伴野保さん
2024年に長崎歴史文化博物館の統括マネージャーに就任。
館の総括的なマネジメントを担い、20周年プロジェクトでは実行委員会副委員長として指揮を執る

――長崎歴史文化博物館では、開館20周年を機に、館の設置・運営が地域にもたらした経済波及効果を分析されたと伺いました。どのような目的で行われたのでしょうか？

伴野さん
長崎歴史文化博物館は、2005年に長崎県と長崎市によって共同設置され、開館当初より当社が指定管理者として運営しています。開館以来、海外交流史をテーマとする博物館として、長崎の歴史や文化を未来につないでいくという理念のもと、毎年事業計画を立てて成果を点検しながら、運営の進化を目指してきました。

しかしながら、地域への波及効果については十分に検証してこなかったのが実情です。そこで、20周年という節目を迎えるにあたり、これまでの活動が地域にどのような定量的（経済的）インパクトをもたらしてきたのかを分析し、今後の博物館活動の参考にしたいと考えました。実施にあたり、エビデンスに基づく地域政策づくりを数多く手掛けているながさき地域研究所の鶴田理事長に相談したところ、快くご協力いただくことができました。

鶴田さん
経済波及効果の調査は、博物館の新しい取り組みとして非常に重要だと思います。文化芸術基本法にもあるように、博物館にはまちづくりや産業とのつながりが求められています。

今回の調査では、長崎歴史文化博物館の事業費や企画展、PR活動などが地域経済にどれだけ貢献しているかを算定し、20年間で約402億円の経済効果があったという結果が出ています。

『長崎歴史文化博物館開館20周年効果分析』より
（長崎歴史文化博物館・公益財団法人ながさき地域政策研究所）

伴野さん
来館者の方が館内だけでなく、周辺で飲食や買い物をすることによる消費効果が確認できたことは非常に大きな成果だと考えています。

鶴田さん
博物館の企画展やさまざまな事業、施設管理などの業務がどれだけ地域に発注・還元されているのかも重要な視点です。経済モデルを用いて算定した結果、建設費を除いた運営費だけでも300億円以上が地域に還元されていることが分かりました。これは、博物館が地域経済の一部としてしっかり機能している証拠だと思います。

伴野さん
もちろん、経済効果だけでは語りきれない部分もあります。博物館の活動は、知的な波及効果や地域のブランド形成にも寄与しています。こうした定量的な成果とともに、定性的な価値もより可視化していきたいと考えています。

例えば当館は、離島などの遠隔地にお住まいの県民のため、アウトリーチ活動（教育普及）にも力を入れています。出張授業を年間17件以上実施（2024年度実績）し、移動博物館も行うことで、長崎県における中核博物館の機能を果たすことに努めています。今後は、こうした取り組みの効果も可視化できればと考えています。

県内の学校を対象に、各地で実施している出張授業

鶴田さん
県民はなかなか気づかない部分ですが、こうした活動が地域への気づきや誇りにつながると思います。数字をきっかけに、博物館の多様な活動を知ってもらうことも大切ですね。

博物館が育む長崎ブランドと地域への愛着

――博物館が長崎ブランドに果たしている役割については、今回の調査でも言及されていますね。

鶴田さん
長崎市のブランド調査では、歴史文化が地域ブランドの上位要素として認識されています。博物館での体験が、地域への愛着やブランド意識の醸成につながっていることが、非常に重要なポイントです。

伴野さん
小学生や中学生の頃に体験したワークショップがきっかけで、大学生になってボランティアとして関わってくれる人も増えています。子どもの頃に来館した人が親世代になり、今度は自分の子どもを連れて来てくれるようになりました。こうした世代を超えたつながりこそが、地域に根付いてきた証だと感じます。

小学生が継続的に博物館と関わりながら、長崎の歴史や文化への関心を高めることを目的として2009年から続けられている「れきぶんこどもクラブ」

鶴田さん
子どもの頃の博物館での体験が、成長後も地域への愛着やブランド意識につながっているのは興味深いです。

県民意識調査でも、歴史文化への愛着と暮らしやすさには強い相関があることが分かっています。若い世代が将来長崎に戻りたいと考える背景には、地域ブランドへの愛着があることが分析されています。博物館での体験が、地域ブランドへの愛着形成に寄与している点も見逃せません。若い世代が将来長崎に戻りたいと思う背景にも、こうした体験が影響しているのではないでしょうか。

伴野さん
博物館の活動は、地域の歴史・文化を核としたブランド形成に大きく寄与していると確信しています。今後は、博物館が地域の人々にもたらす長期的な影響についても検証できればと思います。そして、地域への愛着を育み、ブランド価値を発信する役割をさらに強化していきたいです。

長崎の多様性・包摂性と国際交流都市としての未来

――最後に、国際交流都市としての長崎の未来についてお話しいただきたいと思います。海外交流史の博物館として、どのような役割を果たすことができるでしょうか？

鶴田さん
長崎市内では、国際ターミナルへのクルーズ船の寄港も増えていますが、インバウンドはまだ少なく、その分伸びしろは大きいです。クルーズ客など短時間滞在者への回遊プログラムの充実も課題として挙げられていますが、長崎の歴史文化に価値を見出してくれる層をターゲットに、長期滞在型のプログラムをつくることも大切です。

伴野さん
博物館も受け皿となって、長崎の国際観光のブランド価値を高めていきたいですね。

鶴田さん
長崎は歴史文化のイメージが強い一方で、観光地としての認知度や情報発信は十分とは言えません。例えば、県外の人に長崎の食べ物を聞くと、“ちゃんぽん”や“カステラ”しか思い浮かばないことも多いです。観光地としての新しいストーリーや、現代の長崎の魅力を発信する必要があります。博物館がそのストーリーの発信拠点になるといいですね。

伴野さん
長崎の歴史的背景とともに、現在、そして未来に向けてのストーリーを語ることも大切ですね。

鶴田さん
多様な文化が共存した国際交流都市としての歴史を活かし、「共生」というブランド価値を世界に発信することが重要です。博物館の周辺の街を歩いても、神社、教会、中国様式の寺院などが共存し、多様な文化が融合していることがわかります。多様性や包摂性を認め合う社会のモデルとして、長崎の先端性・回遊性・未来志向を強調することで、国際観光客の関心を引きつけることができるでしょう。

「唐館蘭館図絵巻」（石崎融思筆、長崎歴史文化博物館収蔵）に描かれた出島での交易風景に見られる多様性

伴野さん
共生や多様性は、現代社会においてますます重要なテーマですね。当館では、誰もが安心して利用できる博物館を目指して、多言語化も進めています。今後も研究を深め、歴史文化コンテンツやサービスを通じて「共生」を発信していくことで、地域の誇りにもつながればと思います。

鶴田さん
長崎の観光戦略のもう一つの課題は、県内の回遊性を高めることです。長崎市内だけでなく、県全体を視野に入れたネットワークづくりや、離島へのアウトリーチが重要です。観光客が一つの施設だけでなく、地域全体を巡ることで、地域全体の活性化が期待できます。

伴野さん
当館では、県内各地の海外交流の歴史を紹介するスタディツアーを毎年行っています。これからも県内外の人々が長崎全体を楽しめるような取り組みをさらに進めていきたいです。

長崎歴史文化博物館が企画する「スタディツアー」

鶴田さん
デジタル技術を使ったアウトリーチや、データを活用した経営も今後の課題ですね。例えば、博物館を“テクノロジーの塊”として社会実装の前線基地にするような発想も必要だと思います。

伴野さん
指定管理者として、博物館の基本活動を着実に進めながらも、時には民間ならではの尖ったことに取り組むことが大事だと考えています。地域全体のブランディングや観光コンテンツの磨き上げにはさらに積極的に関わっていきたいです。

鶴田さん
長崎観光の魅力として、歴史文化や食とともに「人が優しい」ことが挙げられていることにも私たちは注目しています。歴史的な背景は、県民性にもつながっているのではないでしょうか。これをエビデンスとして証明する研究も進めています。

伴野さん
地域の誇りやアイデンティティは、これからの長崎にとってますます重要なテーマになりそうですね。博物館としても、長崎のブランドにつながる新しい価値を創造し続けることを目指して進化していきたいです。本日はありがとうございました。

長崎歴史文化博物館の指定管理から始まった乃村工藝社の施設運営事業も、今年で20年目を迎えます。これからも、利用者と設置者（行政）、そして地域の人々とともに、施設と地域の活性化を目指す取り組みをトピックとしてお届けしていきます。

地元の小学生と高校生を迎えて行われた長崎歴史文化博物館開館20周年記念式典。（2025年11月3日）

開館20周年記念企画の情報はこちら
2025年は開館20周年記念イヤー | 長崎歴史文化博物館

開館20周年記念事業　ポケモン×工芸展－美とわざの大発見－
2025年09月12日(金) ～2025年12月07日(日)

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開館20周年記念事業　ポケモン×工芸展－美とわざの大発見－ | 長崎歴史文化博物館

【企画/担当】
株式会社乃村工藝社
ビジネスプロデュース本部 第三統括部 施設事業運営部
森 美樹　プランニングディレクター
山崎 純二
青木 莉沙
構成・文：森 美樹、青木 莉沙　撮影：山崎 純二