博物館はもっと面白い— 博物館の外側から見つめるミュージアムのこれから

渡邊 慧子
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渡邊 慧子

博物館が人々の日常生活に活かされる未来を目指して活動する「一般社団法人 路上博物館」。2020年の設立以来、3Dプリントによる動物骨格模型の屋外展示、博物館標本の3Dモデル制作、そしてひっそりと閉館を迎える博物館の実態調査など、さまざまな取り組みを続けています。

そんな路上博物館さんに今回、博物館の魅力を社会にどう届けるか模索する乃村工藝社が、その発想と実践の裏側を伺いました。

3Dスキャンしたご自身の頭蓋骨と。左:森 健人さん(館長・代表理事)、右:齋藤 和輝さん(理事)

路上博物館のはじまりとその活動

森館長
実は、博物館って世の中ではまだまだマイナーな存在なんです。

お仕事として博物館に関わっている方々は実感しないかもしれませんが、実際には多くの人があまり足を運んでいません。僕自身も、大学院に進むまでは博物館にそれほど興味を持っていませんでした。

そうした「普段は博物館に行かない人たち」に向けて、博物館側がいろいろなイベントやコラボを仕掛けても、そもそも“博物館がある”ことすら届きにくい。そこで、「博物館のほうから外に出ていく必要があるのではないか」と思い、立ち上げたのが「路上博物館」です。路上に出てゆき、骨格標本の3Dプリントレプリカを自由に触ってもらう活動を原点に、活動を続けています。


路上博物館の原点

たとえば今日雨が降ったとしても、多くの人は「雨だし博物館へ行こう」とはなりません。「家で動画でも見るか」となりがちです。外出するとしてもショッピングモールなどが選ばれてしまい、そもそも外出先の選択肢に博物館が入っていない。

これは、博物館に対して“面白い場所”というイメージを持つ人が少ないこと、そして、「博物館はみんなのものだ」という感覚が十分に共有されていないことが大きいと感じています。そこで私たちは、3Dプリントした模型を外に持ち出し、博物館と人々のつながりをつくる活動を約5年間続けてきました。当館の活動は、どちらかと言えば「普及」よりも「認知拡大」に近いです。

博物館そのものの存在を、もっと世の中の人々に知ってもらいたい。そして、博物館と人とのあいだに、より有機的なつながりを育てたい。そんな思いで活動しています。

 

実際、上野公園で路上博物館を開催し100人に声をかけたところ、自発的に博物館へ行ったことがある人はわずか2人だったという。博物館の認知度は、業界人・専門家が想像するよりずっと低い。

僕は、博物館に行くこと自体が目的になるような動線をつくりたいと思っています。しかし、足を運ぶ人を増やすにも、そもそも「博物館という存在」や「博物館ではどのような活動が行われているのか」といった前提情報が、多くの人に届いていません。届いていないから、見に来てもらえないし、検索してもらえないのです。

博物館にアクセスする方法はいろいろありますが、たとえば上野の国立科学博物館には美術館や動物園が隣接しています。そこで、道ゆく人が「ついでに科学博物館にも寄ってみようかな」と思ってくれるかもしれない、と考えて、文字通り「路上博物館」を上野公園で実施してみました。

結果は驚くべきものでした。上野公園で1日に約100人と話すことができたのですが、そのうち「小学校の遠足などを除いて、自主的に博物館へ行った経験がある」と答えたのは、わずか2人だけ。
あの上野公園を歩いている人たちです。衝撃を受けました。

路上に出る前は、「上野を歩いているような人は、みんな科博のリピーターだろうし、普及の意味ではあまり成果がないのでは」と思っていたほどでした。だからこそ、この結果は大きな気づきになりました。


路上博物館@上野公園(上野駅から上野動物園へ続く大通りの交番前にて)

天王寺動物園などの骨格標本を3D化し、カプセルトイとして全国販売したこともあります。これまで路上で認知拡大のイベントを続けてきた私たちにとって、博物館の接点を屋外へ広げていく感覚で取り組んだプロジェクトでした。

自前の3Dプリンターで試しにアイテムを作ってみたところ、思いのほか好評で手応えを感じました。

今や商業施設にはカプセルトイの並ぶコーナーが数多くありますよね。そうした場所を、博物館と人々が出会う“新しい接点”にできないかと考えています。

骨格標本を3D化したカプセルトイ

さわってもらうことで、資料の奥深さと価値を伝えたい

森館長
骨って、触るとすごくゴツゴツしているんですよ。3Dプリントしたものでも、「本当にこの動物の体の内側にあったものなんだ」と実感してほしくて、私たちは3Dレプリカを外に持ち出して展示しています。

「自由に触ってください」と伝えると、みんな興味を持って手を伸ばしてくれる。自分で深掘りできる環境をつくると、人は自然と「面白い」と感じてくれるんですよね。

イベント出展風景

例えば、これはジャイアントパンダの頭骨レプリカなんですが、展示室では「ジャイアントパンダの頭骨です」としか紹介されないことが多いですよね。

でも実際には、それぞれ「ホァンホァン」と「トントン」という別々の個体で、お母さんと娘なんです。比べてみると、実はけっこう違いがあるんですよ。

お母さんのホァンホァンは少し下を向いた形で、娘のトントンは前を向いている。たった一世代の違いでも、こうした差がはっきり現れます。骨ひとつとっても、“個性”がちゃんとあるんです。

ジャイアントパンダの母娘の頭骨レプリカ(左:ホァンホァン/右:トントン)

こうした深掘りした話は、展示空間に限りがあることも手伝って、博物館の常設展示ではなかなか展開できません。

だからこそ、私たちは“自分で比較し、じっくり観察できる体験”を来館者に提供したいと考えています。キャプションだけでは届かない、もっと深い理解へ自らたどり着けるような“足がかり”を、これからもたくさんつくっていきたいです。

情報の宝庫としてのミュージアムの課題

博物館法改正に伴い、近年、博物館業界では「デジタルアーカイブ化」が盛んに議論される。しかし、多くの館では基礎となるアーカイブの整備が進んでおらず、データの帰属先・サーバー管理の責任・非常勤に依存する資料室運営・収蔵品リスト未整備などの根本的課題が横たわる。

森館長
デジタルアーカイブを進めるには、そもそも「アーカイブ」が必要なんです。

どんな形式であれ“元になる資料”がまずきちんと整えられていなければなりません。みんな「デジタル化だ、DXだ」と言いますが、まずは母体となる資料をきちんと整理し、所在を明確にし、情報を体系立てて管理する——その基盤が整っていないと、デジタル化は本来の力を発揮できません。

そして、こうした考え方は、日本の博物館の成り立ちとも深く関係していると思っています。

日本の展示文化のルーツは、湯島聖堂の展覧会です。西洋のように「収蔵庫から展示が発展した」という流れとは異なり、どちらかといえば“見せること”から始まった文化であると考えます。だから、寺院に行く体験と、博物館に行く体験が似ていると感じるのも自然なのだと思います。

その流れの延長で、日本の博物館にはどうしても“見世物的”な側面から完全には脱却しきれていない部分がある。

だからこそ、そこを変えていかなければいけない——そんな思いから掲げているのが、当館のビジョン「博物館はもっと面白い」です。


路上博物館のロゴマーク

僕自身が博物館の面白さに気づいたのは、学生として博物館に出入りするようになってからなんです。
それまでは、「子どもっぽい場所だな」「ちょっと堅苦しいな」くらいのイメージしかありませんでした。

ところが、スタッフエリアに入ってみると、触れるものが一気に増え、見たいものが自由に見られる。
そして何より驚いたのは、博物館の“生々しさ”でした。外からは乾いた印象に見えても、内側はとても湿っていて、生命の気配に満ちている。その湿った部分の面白さは、一般の来館者にはほとんど見えません。スタッフしか知り得ないその面白さに気づいてしまったから、僕は博物館の沼にはまってしまったわけですが(笑)。

じつは、路上博物館の原点は、僕のコスプレの創作活動にあります。
クリエイターって、一次ソースに飢えているんですよ。だから、学生や個人で何か制作している人たちに、もっと博物館が門戸を開いてほしいと思います。

実際、そういう人たちはとても困っているんです。「本物の情報はどこにあるのか?」と調べていくと、最終的に行き着くのは博物館。でも、そこからが難しい。

僕自身、ブタのマスクを作っていた時、本物のブタをどこで見られるのか全く分かりませんでした。「博物館にあるよ」と言われて行ってみても、膨大な資料が並んでいるだけで、最初はブタの情報をどう探せばいいのかも分からなかったんです。


制作したブタのマスクをかぶる森館長

博物館は専門の研究者には門戸が開かれていますが、「何かをつくりたい」「知りたい」といった目的を持つ人たちの欲求を満たすには、まだ十分ではないと感じています。もっと、クリエイターのモチベーションも受け止められる場所になってほしい。人間自身が多様であるように、目的も多様です。だからこそ「来た人が、それぞれ見たいものを見られる場所」にならなければいけない。

では、どうすればそんな場所になれるのか。
僕は、そのヒントが“図書館のあり方”にあると考えています。図書館には老若男女が集まり、それぞれが自分の目的に沿って自由に滞在していますよね。博物館も、同じように多様な目的で行ける場であってほしいんです。

具体例として挙げたいのが、ニューヨーク公共図書館〈舞台芸術図書館〉です。ここはブロードウェイの舞台芸術に関する本が保管されているから「図書館」なのですが、実際には収蔵品のうち本は3割ほど。残りの7割は衣装、舞台装置、模型など、舞台制作に関わる多種多様な資料です。そうした資料が豊富にあるからこそ、新たにブロードウェイで作品を作る人たちは、過去の舞台を参照しながら創作活動クリエイションができる。
つまり、この図書館はクリエイターのモチベーションに直結する“創作のインフラ”になっているわけです。何のために使われる場所なのかという活用の方向性が、とても明確なんですよね。

僕は、活用できる場所とは「目的に応じて、必要なものを出してくれる場所」だと思っています。博物館も、そんな存在になれるはずだし、なっていくべきだと考えています。

小さな博物館の事例として、柏市にある「手作り科学館Exedra(エクセドラ)」という科学館があります。規模は単身用アパート1棟でとてもコンパクトですが、会員制で、子どもたちが自分たちの興味に沿って自由に実験をしています。その実験のレベルがかなり高く、化石づくりなど本格的な取り組みも行われているようです。「解剖をしたいけれど場所がない」と相談すると、「じゃあ、ここで解剖していいよ」と受け入れてくれることもある。そんなふうに、やりたいことを実現できる場として開かれている科学館です。

「手作り科学館 Exedra」内観/子どもたちの活動風景

博物館は市民のもの  ―文化継承のためにできること

日本では「お金を稼ぐ」ことに後ろめたさがあり、博物館も商業利用を避ける傾向が強い。しかし、文化を次世代へ残すためには、経済と文化の両立が欠かせない。

森館長
率直に言えば、博物館は“市民が研究できる場所”として成り立っていくべきだと考えています。研究するという行為は、本来人間の基本的な営みで、面白さというエンタメ性も含んでいる。

最近は、作品を作ってSNSで公開したり、個人で動画を制作してアップロードしたりするクリエイターがどんどん増えています。ツールは揃っているのに、そうした人たちは一次資料にたどり着きにくい。さらに、AIの登場で情報が錯綜し、「何が本当で、何が嘘なのかわからない」状況になりつつある中で、博物館の所蔵物は“本物”なんです。

だからこそ、博物館の存在意義は今後ますます高まっていくはず。“本物がわからない時代”に、博物館に行けば本物がある。これは博物館の最大の強みであり、その価値をもっと活かす方向に進んでほしい。
私たちも、唯一無二の存在としての博物館の姿を今後も広く伝えて、本物が持つ魅力をしっかりと広めていきたいと思っています。

ちなみに、「本物の良さ」は、偽物と比べると一番理解しやすい。3Dプリントで製作したレプリカを見た上で実物見ると「わあ、実物ってこんなにすごいの」と気づく。実物だけしか知らないと、その気づきに至らないですよね。海外旅行に行くと日本の良さに気づく感覚に似ています。

齋藤さん
人間が一度に咀嚼できる情報量には限界があります。
実物資料には膨大な情報が詰まっているため、あまりに情報量が多すぎると、人はどうしても“バクッと”しか見られない。前提知識のない人が実物の骨を見ても、「大きいね」「恐竜みたい」という感想にとどまってしまうのは、そのためです。

一方、情報量をそぎ落とした3Dレプリカからは、重要なポイントをしっかり受け取ることができます。視覚だけでなく、触覚によるフィードバックを重ねていくことで、対象物に対する“解像度”が少しずつ上がっていく。「これは一体何なのか」という概念が、自分の中で明確に形づくられていくんです。

そこまで理解が深まったうえで本物を見ると、「あれ? これ肉食っぽいね」など、より本質に近いコメントが自然と出るようになります。僕自身、森さんという専門家から「どこにどんな筋肉が付き、どう動くのか」を教えてもらいながら、イベントで人に説明するうちに理解がどんどん解像度を増していきました。
気がつけば、本物を見ても以前よりずっと多くのことがわかるようになっていた。“目が肥える”と、見える世界が広がって、やっぱりとても楽しいんですよね。


3Dレプリカをながめる斎藤さん

路上博物館は「3D撮影旅団」として、一般の人が館の裏側に入りながら撮影・整理を行う仕組みづくりにも取り組んでいる。

森館長
「路上博物館3D撮影旅団」という活動もあります。これは、“どうすれば人々を博物館の裏側へ直接案内できる仕組みをつくれるか”という発想から生まれました。「博物館のコレクションを無償で3D撮影し、公開するので、収蔵庫やバックヤードに入らせていただけませんか」という提案を行っています。

博物館の面白さを知っている立場からすると、一般の方がバックヤードで資料に触れるような特別な体験を、博物館側にも“受け入れてみる経験”として味わってほしいと思っています。その結果として、「一般の方の受け入れって、意外とできるものなんだな」と感じてもらえたら嬉しい。市民と博物館、双方のハードルを少しでも下げていきたいと考えています。

路上博物館 3D撮影旅団の活動風景

地域におけるミュージアムの新たな役割

世界の事例では、地域住民が制作した作品を館で販売することで、作り手に収入が入り、文化が継承されるという仕組みが成功した事例がある。博物館が「自分ごと化」すると関係人口が増えると森館長は考える。

森館長
現代人はやることが多く、とにかく時間がありません。趣味や娯楽に使える時間は本当に限られている。そんな中で、人間が最も時間を使っているのは「ビジネス」です。だからこそ、博物館が“ビジネスに使える場所”になると良いのではないか、と考えています。

印象的だったのが、ICOMで紹介されていたアフリカのとある博物館の事例です。この地域では、手織りのカラフルな敷物の伝統が衰退し、同時に貧困問題も深刻化していました。そこで博物館は、その伝統工芸を作れる人を雇い、地域の人々にも「ここに来れば売り物を作れますよ」と声をかけたのです。

その結果、博物館が市民の「稼ぐ場」となり、作品が売れることで収入が生まれ、同時に文化も継承されるようになった。これは本当に素晴らしい取り組みだと思います。大目的は“文化の継承”なので、そのための手段はいくつあっても良い。

むしろ「経済を回すこと」を目的の上位に置いても良い。なぜなら、生活と文化が結びつくことで、文化は初めて根付いていくからです。極端に言えば、「博物館に行けば稼げる」でも良いのでは、とさえ思います。自分の生業としてものづくりをしている人が、博物館に行くことで自分の作品の価値を高められる——そんな場所になれたら、社会にとっても大きな利益になります。
逆に言えば、あれほど膨大な資料と情報を持つ博物館は、もっと活用されなくてはならない。価値ある“本物の情報”が集まっているのだから、それを多様な人々が共有しないのはもったいない。

博物館を“自分ごと”にできる人が増えれば、博物館の価値も自然と高まり、社会の中で「なくてはならない場所」へと変わっていくのではないか——そんなふうに思っています。

「サイレント閉館」の問題 ―閉じゆくミュージアムの調査

日本全国の博物館の閉館状況の実態を調査し、問題提起や解決策の提言、普及啓発を行うプロジェクト「サイレント閉館調査プロジェクト」にも取り組んでいる。

路上博物館が“閉館”に目を向けるようになったのは、50年以上の歴史を持つ水族館「京急油壺マリンパーク」の閉館ニュースがきっかけだった。

齋藤さん
たまたま水族館の閉館をニュースで知り、長い間愛されてきた水族館をぜひアーカイブしたいと思い、企画書を作成しました。

その後、とある企業のミュージアム事業部の方とご縁があり、共同制作として「VR京急油壺マリンパーク」を実現することができました。本プロジェクトでは、京急電鉄さんと連携し、建物や展示空間を3Dスキャンするとともに、写真撮影や水槽の動画撮影も併せて実施しました。また、ショーについてはご提供いただいた映像素材を活用しています。

これら多様なデジタル記録を組み合わせ、XR技術によってバーチャル空間上に水族館を再現したのが「VR京急油壺マリンパーク」です。1年半に及んだこのプロジェクトを経て、「閉館は一つの転機で、前向きに捉えられる面もあるのだ」と気づきました。

 

閉館する館は他にもあるのでは──そう考えて調査を進めると、驚くべきことに日本には閉館に関する公的統計がほとんど存在しないことが分かった。

当時、明らかに苦境に立つ館が増えているにもかかわらず、「どれだけ閉館が起きているのか」「いつ・どのような館が姿を消したのか」については、これまで十分に把握されていませんでした。

調査を通じて、閉館に関して大部分が分からないことが明らかになりました。わからない、ということがわかった。それ自体が発見でした。

もしこのまま実態が分からないまま放置されれば、誰も気づかないうちに地方館が静かに消えていき、「気づいた時にはもう遅い」という未来が来てしまう。そういった危機感から立ち上げたのが「サイレント閉館調査プロジェクト」です。

 

調査を続けてきた路上博物館が提案するのは、閉館を単なる“終わり”にせず、次につなげるプロセスに変える「発展的閉館」という考え方だ。

コレクションを近隣の市町村へ合理的に再配置したり、教育カリキュラムに沿った受け皿をつくったり、必要最小限の新施設や展示リニューアルを検討したり。閉館することが決まったとしても、地域住民を巻き込むワークショップの実施をすることで、その博物館が今まで存在した意義や次世代に受け継ぐべき成果が改めて認識されます。適切なプロセスを踏むことで、閉館による文化の消失を防ぎ、むしろ地域の文化的価値や経済を再生する可能性が生まれるのです。地域独自の資料が失われれば、文化の多様性は急速に痩せ細ってしまう。だからこそ「どう閉じるか」は社会全体で向き合うべきテーマなんです。

 

齋藤さんは、地域に出て活動する看護師「コミュニティナース」の事例をひきながら、博物館と社会をつなぐ鍵になる存在の必要性と、路上博物館の今後の展望について語ってくれた。

「コミュニティナース」とは、病院では“病気の人”にしか出会えないという制約を超え、地域に出て住民の困りごとや願いごとを聞きながら関係を築く看護師のことです。地域に溶け込むことで、「そういえばあの人、看護師だったね」と認識され、自然と健康相談につながり、結果として予防医療や医療費削減にも寄与しています。

この構造は博物館にも重なります。学芸員が館内にいるだけでは“興味がある人”にしか届かず、社会全体への価値発信が難しい。学芸員も地域に出て、専門性を前面に出さず住民と対等に関わることで、初めて関係性が生まれ、地域に博物館が存在する実感が育ちます。これが博物館の社会的価値を広げる基盤となると考えます。

当館は3Dモデル提供など草の根的な取り組みを続けていますが、どうしても“アンテナの高い人”にしか届きません。博物館にも地域に溶け込み、住民の困りごとを聞くところから始める“コミュニティ学芸員”のような役割が必要だと思います。ただ、地域活動には孤立や消耗のリスクもあり、支える仕組みもまだ整っていないので、これは中長期の課題であると捉えています。

2026年、路上博物館のサイレント閉館調査プロジェクトでは、実際の閉館を題材に発展的閉館が生まれるワークショップができないかと考えています。現状ミュージアムを「どうやって閉じるべきか?」はまだまだ未開拓の領域なので、将来的には「こうやって閉館するとよい」というガイドラインを全国展開できるように整備するのが今の目標です。

博物館の外側にいる人たちにも、この問題を知ってほしい。一緒に考え、動ける仲間を増やしていきたいです。

 

 

文:渡邊 慧子
編集:徳永 彩乃(ノムログ編集部)

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