- text and edit by
- 梶村 直美
テクノロジーの進化により、小売りにおける店舗や企業におけるオフィスなど、実空間の役割や価値が大きく変わってきています。それは、ユーザーの立場においても、そして、事業者の立場においても大きな変化の時を迎えていると思います。
例えば、実店舗を販売の主なチャネルとして展開してきた老舗アパレルブランドが、この数年で数多くの店舗を閉鎖するというニュースがありました。その一方で、ECブランドが実店舗へシフトしてきたり、路面では大型のフラッグシップ店舗が増えたりと、ビジネスにおける実空間の役割が大きく変わるとともに、実空間を舞台にしたビジネスのあり方も大きく変わってきているのではないでしょうか。
みんなで考える「空間ビジネスのこれから」のカタチ
そこで、「空間ビジネスのこれから」をテーマに、先駆者や挑戦者へのインタビューや自らによるアイデアの発信を通じて、これからの空間の価値を再確認するとともに、空間ビジネスの可能性を考えていきたいと思います。
2019年より「空間ビジネスのこれから」を考えるチームを社内プランナー4人で任意発足。当連載はこのメンバーが担当予定。メンバーは写真左から、梶村直美、阿部鷹仁、野田裕暉、山田知佳。
本記事は、梶村直美と山田知佳が担当。
音楽ライブの次のステージを目指す柘植秀幸さんと
「空間ビジネスのこれから」を考える
本企画の第一弾として、ライブビジネスに新たな風を起こすのではと注目を集めるヤマハの『Real Sound Viewing』に注目。このプロジェクトを先導するヤマハデザイン研究所主事の柘植秀幸さんに、プロジェクトの発想の原点や新たな挑戦へのモチベーション、そして、将来に向けた展望などを伺っていきたいと思います。
お話を伺う場所は、ヤマハの挑戦の足跡と未来への歩みを体感できる「イノベーションロード」。
ヤマハの幅広い技術を体感しながら、柘植さんとともに音楽やライブビジネスにおける空間の価値や役割を考えていきます。
梶村
梶村です。本日はよろしくお願いします。
まずは柘植さんのご紹介として、『Real Sound Viewing』開発に携わられるまでのキャリアやバックグラウンドなどを教えてください。
柘植 秀幸さん ヤマハ株式会社 デザイン研究所 主事
2006年にヤマハ株式会社入社。社会人として新規事業開発を中心に担当しながら、多摩美術大学でデザインを学ぶ。この二足の草鞋生活を経て、現在はデザイン研究所に配属されプロダクトデザイナーとして活動。2017年より『Real Sound Viewing』プロジェクトの牽引役も担う。
柘植
私のキャリア、少し変わっているので、社会人になった時からさかのぼってお話ししますね。
2006年に新卒でヤマハに入社してから14年間ヤマハにいます。
ただ、入社当時はデザイン部門ではなく、最初はWebマーケティング、その後、新規事業開発部門に配属されました。
新規事業開発では研究開発部門が開発した技術の中には、ヤマハ社内で活用しきれない技術が生まれることがあります。そんな技術を社外のお客さんとともにビジネス化していくということをやっていました。
そして、その仕事をしながら2009年から4年間、美大に通ってデザインを学び、現在のデザイン部門へと配属となりました。
今はデザイン部門でプロダクトデザインを担当しながら、先行開発のデザインもしています。
その中で今、主に手掛けているのが『Real Sound Viewing』です。いろんなメディアでも取り上げていただいて、業界の方々にも高い評価をいただいています。
梶村
百聞は一見に如かずということで『Real Sound Viewing』を体感させてください。
写真上:ステージ上には楽器と透明スクリーンのみが設置。静けさの中、照明とともにコンテンツがスタート。
写真下:コンテンツが始まると、透明スクリーンにはアーティストが浮かび上がり、聴覚をはじめとした五感に訴えかける本物と見間違えるようなライブ体験が始まる。
柘植
ここでは、あたかも目の前でアーティストがライブをしているかのような体験ができ、現在は「H ZETTRIO」のバーチャルライブコンテンツを上映しています。
ここでは、主に2つの技術が活躍しています。一つ目は、ミキサーに採用されている、音のデジタル処理技術。そして、二つ目は、楽器に振動を与えることで生演奏の音を再現する技術です。楽器に触ると、実際に振動しているのが体感できますよ。
さらに、ライブのリアリティを出すために、透過スクリーンにアーティストが演奏している姿を投影しています。
頭での理解を超越する
「五感を突き動かす体感」が音楽ライブの醍醐味
梶村
凄い、凄いとは聞いてましたけど、ここまでとは。アーティストがいないって分かっているのに、演奏が終わったら拍手している自分がいるんです。
ライブの再現が聴覚だけではない、五感の体感までも再現されているからなのでしょうね。アーティストが目の前にいる視覚的情報もさることながら、楽器が振動することで肌から伝わってくる感覚もライブならではなのかもしれませんね。
本物のライブの音=体感を届けたい
そんな一人の想いから始まった新規プロジェクト
柘植
そうですね。全ての人に本物のライブの音を届けたいという想いから「ライブの真空パック」というコンセプトでプロジェクトを始めました。
世の中には、見たくても見られないライブがたくさんあると思っています。例えば、チケットが人気で取れない、遠くて行けない、アーティストが解散してしまったり亡くなってしまったり。ライブの代替手段としてCDやDVD、YouTubeがありますが、本物と比べると迫力は段違いで全くの別物です。その中で、映画館で見るライブビューイングが、人気が出てきていて、2016年には100万人の方が見ているんです。この背景にあるのは、日本のライブ市場の伸び、ここ10年で3倍、市場規模は3千億円ぐらいと言われています。ただ同時に、みんながライブを見たくなったが故に、チケットの転売市場も大きくなっており、3千億円のうち5百億円がチケットの転売市場となっています。その結果、チケットを取れないファンのために有名アーティストたちがライブビューイングの仕組みを活用して、全国各地の映画館へライブコンテンツの配信を始めています。
出展:ACPC(ACPCの正会員社を対象に調査・算出したデータとなるため、日本全体のライブ・エンタテインメント市場規模とは異なります。)
柘植
私も実際、ライブビューイングの会場に行ったのですが、臨場感が乏しく、お客さんも盛り上がり切れていない様子が見られました。映画館の音響では限度があるし、映画を鑑賞するための映画館では、なかなか盛り上がれないという課題があるなと感じました。そこで「ライブの真空パック」というコンセプトで、アーティストのライブ演奏をそのまま残して、そして再現する仕組みができないかということで始めました。
梶村
その着想のきっかけは、どこからだったんですか。
ヤマハに身を置きながら、ヤマハの技術だったら「ライブの真空パック」できるかもという思いつきだったのか、それとも、柘植さんの経験や想いからだったのか。
強烈なライブ体験が突き動かす新規プロジェクトへの動機
柘植
双方からですね。まずは、私の体験やライブへの想いからの着想についてお話しします。
私が高校生の頃、「BLANKEY JET CITY」というバンドが大好きだったのですが、高校2年生の夏に彼らが解散してしまうことになってしまったんです。そこで解散ライブをどうしても見に行きたくて、頑張ってバイトしてお金をためて、静岡から横浜アリーナの解散ライブに行きました。それが人生初のライブで、あまりにも衝撃的だったんです。まずは演奏の迫力、そして周りのファンの熱気に圧倒されました。初めて、人が宙を舞っているのを目の当たりにして。これをきっかけに、私の人生は変わったように思います。横浜が特別な場所になったり、大学でバンド活動をしたり、音楽がどんどん好きになってヤマハに入社したりと。
こんな強烈な体験が無かったら、私はここでお話ししていないと思います。ライブには、人の人生を変えちゃうぐらいのパワーがあるからこそ、そんなパワーを時間と空間を超えて多くの人に届けたいなと思っています。そこで、「ライブの真空パック」の先の野望として「音楽を無形文化遺産に」残したいとも思っています。
音楽=ライブ体験を無形文化遺産として残して次世代へ
梶村
新しいプロジェクトを軌道に乗せて良いサイクルを回すためには、牽引役である柘植さんご自身の中にある強いビジョンが重要かと思います。もう少し「音楽を無形文化遺産に」といった想いを具体的に聞かせください。
柘植
絵画や彫刻といったカタチがあるものは、数十年、数百年と美術館や博物館に保存され残されるのに対し、音楽ってこれができなかったんです。もちろん、CDやDVDといったメディアには残せたが、空間体験としての音楽が残せていなかった。その結果、ビートルズのジャケットで有名になったアビーロードの横断歩道が音楽の無形文化遺産として指定されていますが、そこに行ったところでビートルズの演奏が見られるわけではないです。
音楽は、世代間でバトンしていく文化だと思うんです。今のアーティストたちは、前の世代の演奏や作品を聴いて、そこからインスピレーションを受けて作品を生み出している。それが、さらに次の世代に残され、次の世代の新しい作品につながっていく。その体験やインスピレーションを最も色濃くさせるのが、ライブだと思っています。「ライブの真空パック」の仕組みを使って、次の世代の人たちにライブ演奏を届けていきたいなと思っています。
梶村
ライブもさることながら、その瞬間にしか味わえない五感に訴えかける空間体験を次世代に残すって、私たちも考えていかないといけない課題なのかもしれないですね。それとともに、強烈に人の記憶に残り、インスピレーションを刺激するほどの空間体験って、どんな要素から出来上がっているのかを研究してみても面白いのかもと、お話を伺いながら思いました。
では、ライブに対する熱い想いの一方で、「ライブの真空パック」をヤマハの新規事業として取り組むに至った経緯を聞かせてください。
幅広い技術への理解が実現させた新規事業へのアイデア
柘植
この背景には、ヤマハのデザイン部門の独自のスタイルが関係しています。それは、一人のデザイナーで幅広いカテゴリーを扱うということ。今日はドラム、明日はゴルフクラブといったように。一般的な企業であれば、あなたはパソコンねと言われたら、ずっとパソコンデザイナーとなってしまうけれど、ヤマハは違う。
このスタイルでやっていると、いろんな部門にある技術が見えてくるんです。実は音響機器には、こんな技術が使われているんだと。社内で横断的に技術を見れる人って結構少ないんです。営業部門にいると出来上がった様々な製品は見れるが、裏にある技術はなかなか把握しきれない。デザイン部門で見てきた技術と自分の経験値などを掛け合わせたら、何かできるんじゃないかって思って。そんなきっかけでした。
柘植
また、従来の企業における新規事業って、トップダウンで特定の領域や技術がお題として与えられて、さあ考えろとなると思うんです。今回は、ある技術を見ていたら、そこから課題が見えてきて、この技術で解決できるのではと思い立ち、ボトムアップで上げていったという流れでした。
梶村
個人で新規事業を立ち上げるって、かなりの労力をかけられたと思うのですが、具体的にどれぐらいの時間をかけてアイデアからプロジェクト化されたのですか。
柘植
ぼんやりとしたアイデアは2016年にあって、アクションに移したのが2017年1月、そしてプロトタイプを2017年11月に完成させて、社内発表会でお披露目、社内で認められて正式な業務になりました。それまでの1年間は、ほぼ有志活動でしたね。
梶村
一人で活動していたってことですか?
社内にある技術といっても、デザイン部門にいる柘植さんが技術を抱えているわけではないですよね。技術提供を各開発部門から協力を仰ぐとか、人を出してもらうとか、そういった仲間の輪を作っていたのではないんですか。
柘植
最初のプロトタイプまでは、ほぼ自分で作り上げて行きました。
また、技術や人の協力を社内で仰ぐっていうことも、「何かやってくれ」は絶対に無理だと思ったので、とりあえず教えてくれと言って各技術開発部門に飛び込んでました。やり方だけ教えてもらって、自分でどうにかする、そんなスタイルでやってきました。私には実績もないし、正式な企画書もなかったから、当時の技術者からすると何言ってるんだコイツって思われてたでしょうね。笑
あと、この突撃は社内に限らず、社外にも行ってました。透明スクリーンや映像投影は自社にはないので、どうしようかと。インターネットで探していたら、初音ミクのライブを自分で再現している方のWEBサイトに行き着いて、都内の実験会に飛び込み、いろいろと教えていただきました。
はじめは専門知識ゼロだったのに、自分でプロトタイプを作成できるぐらいになっていました。
梶村
ヤマハの技術を繋ぎ合わせて新しい仕組みを創るって、会社にとってとても有意義なプロジェクトのはずなのに、なぜプロトタイプまで個人有志で活動されたのですか。
ライブ体験だからこそ
体感してもらうことが価値を理解してもらう近道
柘植
このアイデアって、企画書でいくら説明しても伝わらない。実物を見て初めて理解してもらえるものだろうと思っていました。
とりあえず、体感してもらうことが近道だと思ったんですよね。幸いにも、ヤマハにはこういう活動を社内で発表する場があったので、これを活かそうとゴールを設定して活動してました。
梶村
ライブのパワーも凄いですが、柘植さんのパワーも計り知れないですね。
高校生時代のライブ体験が柘植さんのパワーの源にもなっていると思うと、空間体験のデザインを生業にしている私にとってみると、身が引き締まるとともに、なんだかワクワクしてきました。空間体験はアナログだからこそ、いろんな人の衝動をかりたてるほどのパワーを秘めていると思っています。
次回の後編では、引き続き、柘植さんに『Real Sound Viewing』の展望を伺いながら、音楽やライブビジネスにおける空間の価値や役割を探っていきます。
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