- text and edit by
- 大橋 隆太
“その日はある日突然やってきた。わが社は反社会的企業として糾弾され、不買運動が全世界で起こるとともに、クライアント企業の調達から軒並み外されたのだった。すべては、あの会社が裏で糸を引いていたのだ…”
この経済小説風の書き出しにはSDGs時代のリスクと戦略が描かれています。先行する企業の戦略を参考に創作してみました
近頃弊社においてもSDGsに関するご相談が増えてきています。与件にしっかりとSDGsの文字が明記されていることもあります。企業戦略においてSDGsが無視できない事柄になっているということでしょう。では、SDGsとは一体何なのか、企業活動にどう影響を及ぼすのか、そして空間創造においてSDGsをどう解釈するかについて、冒頭の書き出しを読み解きながら考えたいと思います。
SDGsとは一体何なのか?
まず、SDGsとはなんでしょう? SDGsとは一言でいうと、社会と環境と経済の関係を問い直す地球規模のプロジェクトです。具体的には、2030年までに人類社会が到達すべきビジョン(大目標)が「2030 アジェンダ」にて記述されていて、多くの人が目にする17のカラフルなアイコンは、その大目標を到達するための小目標です。また、その一つ一つのアイコンに紐づく形で合計169の数値目標が設定されています。ここまでがSDGsの基本中の基本です。
「SDGsもCSR、CSVみたいなもんだろう」と思った人は多いと思います。私もかつてそうでした。もちろん違いはありますが、地球や社会を良くしたいという根本を流れる思想は同じだということで、大枠同じものだと思っていいのではないでしょうか。
ただ、一点だけ大きな違いを述べるとするならば、SDGsは一過性のトレンドではなく、グローバルな資本市場の本流として根付きつつあるということです。その流れがなぜ起こっているかについて詳解はしませんが、地球環境の異常が目に見える形で現れ始めていることと無関係とはいえないでしょう。コロナ禍も環境破壊が遠因であることが想像されることから、コロナ後の社会ではSDGs達成にむけた動きはさらに加速しそうです。
SDGsとビジネスがしっくりこない
さて冒頭の書き出しに戻りましょう。あれは、とあるグローバル企業のSDGs戦略を参考に書いたものです。その企業では他社に先んじて油の調達基準を環境や人権に配慮した形で厳格化し、ロビー活動を通じてその調達基準を業界全体が準拠すべきものへと押し上げました。それと並行する形で、その基準に適合する生産者の囲い込みをはかり、競合に対する優位性を築き上げたのです。環境保護と人権保護を企業の長期的優位性とリンクさせたSDGs時代におけるベストプラクティスです。
実際には、冒頭にあるような、競合排除のための世論形成をこの会社は仕掛けておらず、完全な創作です。ただ、SDGsに対して何もしない企業は冒頭のようなリスクに晒されているということです。言い換えると、SDGsが社会の本流となったとき、それに準拠しないことは、本業の活動を著しく棄損する可能性があるということです。
「じゃあ、SDGsをやろう!」とあってほしいですが、実は、SDGsはビジネスパーソンにとって理解しがたい。
特に最前線のプレイヤーやマネジメント層には理解しがたいものになっています。
それは、なぜか? そこにSDGsの本質が隠れています。
結論をいうと、下表に示す様にSDGsを駆動するロジックがビジネスのロジックと背反するからです。
実際にはここまで両極端ではないでしょうが、SDGsの本質は「利他的・長期的」が故に、ビジネスとしっくりこないわけです。ただ、時代が求めているのは、このSDGsロジックをビジネスロジックと共存させ、それらをつなぐストーリーを組み立てることなのです。その具体的な方法論は次に述べますが、そのストーリーを紡ぐには、時間軸を長めにとった上で、自社に固執しない幅広い想像力が要求されるのは間違いないと言えるでしょう。
SDGs時代の企業活動のキホン
SDGsを企業活動に取り入れる方法論について考察します。枝葉を切り捨てると、大きな幹としては次にあげる三つのアプローチに収斂すると思われます。
1つ目は先の事例にある通り、サプライヤーやクライアントとコンソーシアムを形成し、既存事業のサプライチェーンをSDGsに沿ったものにするというやり方です。一見すると地味な“守り”の戦略に思えますが、PRやロビイングを戦略的に用いることで冒頭にあるような“攻め”の戦略へと転じることが出来ます。
2つ目は既存事業ではなく新規事業を組み立てるというアプローチです。これまでのビジネスが見落としてきた社会課題にビジネスの視点で真正面から向き合うわけですから、一筋縄ではいきません。自前主義だと、だいたい壁にぶち当たります。NPOや行政など、ビジネスとは異なるロジックのセクターとの協業を検討すべきです。また、その事業単体ではなく、企業ブランドや、他事業への相乗効果を含んで事業の可能性を判断すべきと考えます。
3つ目は、上記2つを前に進めるにあたってのポイントです。既存事業でも新規事業でも、旧来からのロジックから脱却するために、関係会社だけでなく、行政やNPO、場合によっては競合との対話を進めるべきです。SDGsは「利他」です。自分たちの儲けに気を取られるのではなく、いかに相手の役に立つかを考えてパートナーシップを深めましょう。
「これは無理だ。いきなりは無理だ」
こんな声が聞こえてきそうですが、放置すれば、その企業の命運は冒頭に挙げた通りです。もちろん一足飛びは不可能です。少しずつ進めていくしかありません。そう、「長期目線」です。むしろ、長い時間をかけて蓄積された優位性は模倣も難しく、長期にわたる優位性となることもお忘れなく。塵も積もれば山となるです。
グリーンインフラにみるSDGsと空間の可能
ここからはフォーカスをしぼってSDGsと空間をどう捉えるかについて考えます。SDGsは「利己」から「利他」、「短期」から「長期」へのパラダイムシフトであると述べました。SDGs時代の空間創造にもこの二つの原則が当てはまると思います。つまり、“公共的で参加性の高い利他的な空間”であり、“時間が経つごとにその価値が高まるような空間”がSDGsな空間ということになるでしょう。そんな空間はあるものかと考えてしまいますが、「グランベリーパーク」や「GREEN SPRINGS」、「RAYARD Hisaya-odori Park」など、豊かな公園空間と一体的に開発された商業施設や、豊かなビオトープや広場を有してコミュニティ形成を行っている商業施設の事例をみるに、知らず知らずのうちにトレンドはSDGsの方に引き寄せられ、公共的で長期的価値形成に傾いた空間が増えてきているようにも思えます。
また、SDGsを達成する空間だと、特にグリーンインフラの動向を注視すべきだと考えます。グリーンインフラという言葉をご存じでしょうか? 緑地(グリーン)をインフラとして活用しようという考え方で、防災・減災・都市の魅力向上・暮らしの質の向上に対するレジリエンス性の高い包括的ソリューションになる可能性が注目されています。2019年には国交省がグリーンインフラ活用戦略を発表しており、整備体制や支援策がこれから順次整ってくるものと予想されます。グレタ・トゥンベリさんの発表の影に隠れてしまいましたが、2019年の国連気候変動サミットではグリーンインフラに相通ずるNbs(Nature based solutions)という概念に注目が集まりました。こちらもエコシステムを社会課題に対するソリューションとして用いようとする考え方です。このように、自然環境をインフラとして活用する向きは世界的潮流になりつつあると言えるでしょう。
グリーンはコミュニティに効く
場の活性化という点で、コミュニティの重要性は言うに及ばずですが、自然環境は誰にとっても親しみやすいテーマであるだけにコミュニティ形成の核としやすいだけでなく、四季折々の表情や時間経過を楽しめる点でイベント性も持ち合わせています。シーズンごとに無理やりイベントをひねり出すよりも、「桜が咲きました」、「カルガモの子どもが生まれました」とかの方が、よっぽどコミュニティ形成力のある魅力的なイベントになるように思います。もちろん、イニシャルコストがかかることや、維持管理が必要なこと、それ単体でのマネタイズが難しいことは承知ですが、「SDGsへの貢献」と「場の活性化」の両方の観点で、このグリーンインフラは“効く”ソリューションとなるでしょう。
私論は以上です。どうでしょう、本稿でSDGsに対する見方が変わりましたか? いや、当たり前のことを言っているし、事例としてありきたりと感じたのであれば、知らず知らずのうちにSDGsが本流になりつつあるのかもしれません。もしそうであれば、冒頭の「その日」は明日やってくるかもしれません。急がば安心・有利です。競合は虎視眈々と戦略を進めているかもしれませんよ。
参考文献
実践版グリーンインフラ活用戦略 日経BP社
ビジネスパーソンのためのSDGsの教科書 日経BP社
SDGsが問いかける経営の未来 日経新聞出版社
Cohen-Shacham, E,. Walters, G., Janzen, C.and Maginnis, S. (Eds.)2016.Nature-based solutions to adress global societal challenges. Gland, Switzerland: ICUN. xiii + 97pp.
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SDGsとビジネス、そして空間創造