紫式部人形の後ろ姿

「あの紫式部と
福井県越前市の意外な関係!」
前編
―紫式部のゆかりを入口に―

藤居 重雄
藤居 重雄
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藤居 重雄

福井県越前市「紫ゆかりの館」ホームページURL

紫式部人形が出迎え、平安時代の男女の逢瀬をイメージ展示室の入口で紫式部人形が出迎え、平安時代の男女の逢瀬をイメージしていただきます。

その土地ならではの歴史・文化を博物館や展示施設に昇華させるプランナーである私が、今回担当したのは福井県越前市にある「紫ゆかりの館」。地元に愛される「紫式部」の生きた世界を多くの方に感じてもらえるような施設を目指しました。

福井県越前市、武生盆地の山々に囲まれた「紫式部公園」
国内で唯
一の本格的な寝殿造庭園で平安時代の世界に浸る!

越前市は、日野山を南側に臨み東西の三方を山で囲われた、福井県中央部の武生(たけふ)盆地に広がる内陸都市です。現地確認のために寝殿造の公園「紫式部公園」を訪れた私は、池の水面にうつる建物や橋、金色の紫式部像を眺め、平安時代の気分に浸りました。

ここ紫式部公園は、紫式部がこの地を訪れたことを記念する歴史・文化公園として昭和58年に造られました。平安時代の庭園を再現した国内唯一の寝殿造庭園として知られ、休憩所の「藤波亭」とあわせて、市民に愛されてきました。その後、市民が紫式部に想いを馳せる行事「式部とふじまつり」が毎年5月3日に開催されるようになり、沢山の市民が平安王朝の文化を楽しむようになりました。

紫式部公園池のほとりから、釣殿(つりどの)と反橋(そりばし)を望む。

「越前たけふ駅」の開業に向けて
北陸新幹線で訪れる観光客に、紫式部のゆかりをアピール 

「紫式部公園」に訪れた変化のきっかけは北陸新幹線の敦賀駅までの延伸です。令和6年(2024年)の春に「越前たけふ駅」の開業が予定されており、越前市では観光地としての知名度・魅力の向上をめざし「越前国府の歴史・文化のまちづくり」に取り組まれています。この方針の一環として、紫式部公園の休憩所「藤波亭」を国府が置かれた越前市の歴史や紫式部と越前市との関係をアピールする施設としてリニューアルすることになりました。リニューアルの目的は、休憩所と紫式部公園を一体的に楽しめる周遊観光の拠点とすることで、誘客増加につなげることです。弊社はこの「藤波亭」の建物と展示のリニューアルの設計と展示施工を受託したことから、越前市とのかかわりがはじまりました。

ここで「越前国府」をご存じない方のためにご説明します。「国府」とは奈良時代から平安時代に令制国の国司が政務を執る施設(国庁)が置かれた都市のことで、各国における政治的中心都市でした。全国の国府は大・上・中・下の4段階に分けられ、その中でも「越前国府」は大国でした。

越前国府の国庁イメージ
越前国府の国庁イメージ(「紫ゆかりの館」パネルより転記)

「越前国府の歴史と紫式部との関係」を発信する観光施設
「紫ゆかりの館」の視点と手法

越前市からは、2つのテーマを発信することで、
誘客促進につながる観光施設づくりを求められました。

テーマ❶「越前国府がおかれた越前市の歴史を発信する」
テーマ❷「紫式部と越前市との関係について発信する」

私は、テーマ❶を発信の「視点」。テーマ❷は発信の「手法」として提案しました。

テーマ❶【視点】
越前国府は越前の歴史を伝える重要な文化遺産ですが、一般に知られておらず、国庁の場所も未確定なので、発信の題材が乏しいことが課題でした。そこで、「若き紫式部が越前国府で出逢った感動や驚きを彼女の視点から伝える」ことで、越前国府がおかれた輝かしい越前市の歴史の素晴らしさが伝わるのではと考えました。

テーマ❷【手法】:
屋外の公園は楽しめますが、源氏物語の世界を体感できる屋内「空間」が乏しく、紫式部が越前を訪れたことを実感できる「展示のストーリー」や館を起点に市内から広域観光を楽しめる「周遊のストーリー」などの具体化が課題でした。そこで、

空間:「源氏物語のゆかり」を体感するみやびで華やかな空間
展示ストーリー:「紫式部と越前」のゆかりを伝えるストーリー
周遊ストーリー:「恋」のゆかりで、館・公園・市内から丹南地域をめぐるストーリー

3つのゆかりで紫式部と越前市との関係を発信することにしました。
次に、空間/展示ストーリー/周遊ストーリーの順に、施設内容をご紹介します。

鳥瞰パース
鳥瞰パース:雅で華やかな空間と展示・周遊のストーリーで誘客を促進

「源氏物語」とのゆかりを体感する、
「紫ゆかりの館」の、みやびで華やかな空間
づくり

平安時代・源氏物語のみやびで華やかな空間を皆さんに楽しんでいただくために、5つのゾーン(❶出会いの庭→❷はじまりの縁→❸紫式部の間→❹催しの間→❺しるべの間)で休憩所をリニューアルしました。

紫ゆかりの館リーフレット「ゾーン構成図」
紫ゆかりの館リーフレット「ゾーン構成図」より

❶出逢いの庭 ~紫式部公園内の四季花壇とあわせて季節のうつろいを~

「❶出逢いの庭」は、来館者を出迎える正面の庭です。源氏物語にゆかりのある四季折々の植栽を施しました。隣の紫式部公園内の四季花壇とあわせて季節のうつろいを感じていただきます。また、庭の中央にはしだれ桜を植栽しました。入口の館名看板は、宮中に仕えた女房たちの胸元の衣(ころも)の襲(かさ)ねをイメージしたデザインです。

紫ゆかりの館の正面の庭
「❶出逢いの庭」しだれ桜と館名看板が来館者をいざないます

「❷はじまりの縁」〜源氏物語ゆかりの名場面を前に〜

「❷はじまりの縁」は、平安時代の寝殿造りから着想を得た「濡れ縁(えん)」に見立てた空間で、外と内をゆるやかにつなぐ場です。休憩や作品展示、源氏物語ゆかりの名場面を前に記念写真が楽しむなど、体験や催しの場としても利用できます。ここは来館者を各部屋に誘導するメイン通路でもあります。

紫ゆかりの館、はじまりの縁

「❸紫式部の間」〜若き紫式部の暮らしに想いをはせて〜

「❸紫式部の間」は、紫式部と越前市とのゆかりを紹介するメインの展示室です。
入口には、伝統工芸品の越前和紙で再現した原寸大の紫式部人形が御簾越しに出迎え、ここに若き紫式部が暮らしていたことを実感できます。ここでの詳しい空間や展示内容は、次の段落でご紹介します。

紫式部人形
「❸紫式部の間」の入口。紫式部人形が御簾越しに出迎えます

「❹催しの間」〜紫式部や源氏物語ゆかりの絵画作品とともに〜

「❹催しの間」は、紫式部や源氏物語ゆかりの絵画作品や、越前国府の歴史資料など、年に数回様々な企画展示が催されるスペースです。

催しの間
「❹催しの間」絵画作品や歴史資料が展示される前の写真です

「❺しるべの間」〜越前市、丹南地域の伝統工芸品の伝統の技を堪能〜

「❺しるべの間」は、越前市とその周辺の丹南地域を代表する伝統的工芸品を展示するスペースです。越前国府のあった奈良時代より脈々と受け継がれた伝統の技を鑑賞できます。また、伝統の技が体験できる周辺の観光施設情報を映像やパネルで紹介し、物販スペースでは、伝統的工芸品や源氏物語をモチーフにした遊び心のあるグッズも販売しています。

しるべの間
「❺しるべの間」伝統工芸品、グッズが展示される前の写真です

「紫式部と越前」のゆかりを伝える、
「紫ゆかりの館」の展示ストーリー

「❸紫式部の間」

ここは、紫式部と越前との関わりを紹介するメインの展示室です。
父・藤原為時の越前国府への赴任に伴い一年余りを過ごした越前での暮らしは、紫式部にとってどのようなものだったのでしょうか?北国の四季を過ごしその中でも冬の厳しさと荘厳な白山は、紫式部の心に強い印象を残しました。都にはない人々の暮らしに触れ、越前和紙をはじめとした工芸品や食文化など、数々の最高のものを実感することができたのが越前での暮らしだったかもしれません。こうした様々な経験が紫式部を豊かに成長させ「源氏物語」という大作を生み出す原動力になったと言われています。※1

私は、この紫式部が越前で過ごした日々に着目し、越前での感動や驚きを紫式部と同じ目線で感じられるように、時系列でたどる展示ストーリーを考えました。
【❶.越前への旅→ ❷.越前での日々→ ❸.帰京後】
几帳風グラフィックや壁面と床面に投影する絵巻物風映像、和紙人形などの華やかな立体的演出の中で紫式部の感動と経験を追体験することで、越前の歴史・文化の素晴らしさに共感します。

※1「紫ゆかりの館」の監修をしていただいた、福嶋昭治先生(園田学園女子大学名誉教授)が執筆された「源氏物語紫式部と越前たけふ」発行:紫式部顕彰会(越前市)に紫式部と越前とのゆかりが詳しく述べられています。

「❸紫式部の間」絵巻物風映像、几帳風グラフィック、和紙人形
「❸紫式部の間」絵巻物風映像、几帳風グラフィック、和紙人形

「❶ 越前への旅」〜京から越前国府への5日間の旅路〜

紫式部は、京から越前国府へ向かうおよそ5日間の旅路で、輿(こし)の簾(すだれ)越しに眺めた景色や人々の姿を歌に残しました。当時の行列に参列するような気分で往時の様子が想像できるよう、「下向(げこう)行列の和紙人形」や実物大の「網代輿(あじろこし)」を立体的なシーンで展示しました。

「❸紫式部の間」下向行列の和紙人形や網代輿「❸紫式部の間」下向行列の和紙人形や網代輿

「❷ 越前での日々」〜心癒された越前での日々〜

ここでは山海の恵みを食し、越前漆器の美しさを愛で、素朴な越前焼の表情に心癒された越前での日々を紹介しています。中央にはメイン映像「百花繚乱-紫式部がであった越前国府-」があります。藤原宣孝との恋の歌のやり取りや帰京後の結婚など、紫式部本人が回想して語るモノローグで演出しています。壁面映像で美しい絵物語が進行し、床面映像で心象風景が水面にうつり込み、花々や雪、四季の景色となって展開することで、紫式部の想いに、来館者も心を重ねられるのがポイントです。

「❸紫式部の間」絵巻物風映像「百花繚乱-紫式部がであった越前国府-」「❸紫式部の間」絵巻物風映像「百花繚乱-紫式部がであった越前国府-」

「第❸部 帰京後」〜越前での一年余りの暮らしを終えて〜

越前での一年余りの暮らしを終えて、京へ戻った後に結婚や出産を経て、宣孝の死後に執筆された、代表作『源氏物語』について紹介しています。

「❸紫式部の間」帰京後を紹介する几帳風グラフィック
「❸紫式部の間」帰京後を紹介する几帳風グラフィック

「紫式部」とのゆかりを継承する、
市民と行政の共同プロジェクト「源氏物語アカデミー」

展示室の最後には、越前市で60年以上続く、紫式部ゆかりの市民活動について展示しています。昭和33年に市民の有志により「紫式部顕彰会」が結成されました。昭和63年には「第一回源氏物語アカデミー」が開催され、紫式部顕彰会の事業が全国的に発信されるようになりました。その後「源氏物語アカデミー」は、市民と行政の共同プロジェクトとして、関係諸団体の協力を得ながら、現在も引き継がれています。当館は、紫式部とのゆかりを語り継ぐ市民にも長く愛される施設づくりをめざしています。

 

いかがでしたでしょうか? 【前編】「あの紫式部と福井県越前市の意外な関係!」
ここでは「紫ゆかりの館」の源氏物語の世界を体感できる「空間」と紫式部が越前を訪れたことを実感できる「展示のストーリー」を中心にお話しました。
続く【後編】では、「恋」をテーマに館を起点に市内から広域の丹南エリアの観光を楽しむ「周遊のストーリー」を紹介します。引き続きご覧ください。

 

プロファイル
藤居 重雄
クリエイティブ本部 プランニングセンター 企画4部 第10ルーム プランニングディレクタ

乃村工藝社で20数年以上にわたって行政の文化系展示施設、企業の展示の分野でキャリアを重ねてきました。
事業初期段階の調査業務から、基本構想、基本計画、基本・実施設計、運営支援まで業務経験を有します。特に、重要文化財を扱う歴史系展示施設から、文学系展示施設(万葉集、俳句他)、防災啓発施設、城郭、世界遺産・日本遺産のガイダンス施設、企業博物館など幅広い分野を手掛けています。お客様とともに地域や組織の皆さまが元気になる空間・環境づくりをお手伝いさせていただきます。

展示映像「越前の山海の恵みを食す紫式部」
展示映像「越前の山海の恵みを食す紫式部」

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藤居 重雄

藤居 重雄

チーフプランナー
地域・企業の歴史・文化を分かり易いストーリーでつなぐ

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