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- 伊藤 雄飛
本稿では、「神社・お寺生まれが思い巡らす、これからの働き方の可能性」をテーマに、お寺生まれのプランナー・伊藤が、「働き方」という切り口から、後継者不足や空き寺・廃寺問題といった地方の神社仏閣を取り巻く課題に迫ります。
同じ境遇にあるお寺生まれのデザイナー・中谷と、神社生まれで、ホテル市場を中心に担当するデザイナー・井上ルームチーフとの対談を通じて、多様化が進む新たな「働き方」の可能性について考察しました。
【プロフィール】
井上 裕史
クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン4部 ルームチーフ
榊葉神社(岡山県久米郡美咲町)/禰宜
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2007年 乃村工藝社入社
2017年 ジュニアローテーション制度で中部支店に転勤(2年間)
2018年 皇學館大學神道学専攻科 入学
2019年 上記修了、乃村工藝社復職
中谷 唯和
クリエイティブ本部 クリエイティブプロデュースセンター no.10
中谷山西光寺(山口県岩国市)/住職
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2023年 乃村工藝社入社
伊藤 雄飛
ノムログ編集部/クリエイティブ本部 プランニングプロデュースセンター 企画2部
東光山南陽院(秋田県大仙市)
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2023年 乃村工藝社入社
企画・文:伊藤 雄飛(ノムログ編集部)
撮影:八木 和(ノムログ編集部)
※本記事は2024年11月に実施した対談の内容をもとに構成しています。
そもそも神社とお寺の違いとは?
伊藤
本題に入る前に伺いたいのですが、そもそも神社とお寺の違いって何でしょうか?
自己紹介の際に“実家がお寺です”と言うと、決まって“神社とお寺って何が違うの?”と聞かれることが多いのですが、違いといえばこれ!という要素が意外となくて…。
そんな時、お二人はどのように説明されていますか?
井上
いや、難しいですよね。
私も神主の資格は取ったものの、一言でここが違うと説明しろと言われると少し困ります。
中谷
そうですよね。
僕は鳥居がある方が神社、ない方がお寺と説明することが多いですが、実際はお寺にも鳥居があったりしますよね。
伊藤
以下のような要素が違いと言われること多いですが、鳥居のように場合によってはどちらにも共通する要素もあるので判別が難しいですよね。
井上
宗教的に融合していた時代があるので、鳥居があるお寺はその時代に建立されたものかもしれません。いわゆる神宮寺のように神社に付属して建てられた寺院に多く見られる特徴です。
中谷
神仏習合の名残ですね。
個人的に、宗教が混ざると内部的な争いが生まれることが多い印象があるのですが、日本の場合、そのようなエピソードはあまり聞かないですよね。
井上
これは個人的な想像ですが、神道の考え方が一つの要因かもしれません。
神道の考え方は「人間の力が及ばないものに対する畏敬の念」に始まっていて、“お米がたくさんとれてありがたい”、“来年もたくさんお米がとれると良いな”というような日常に根付いた日本人の感覚の延長に神道があります。
つまり、宗教のような教えではなくて、あくまでも日常生活に根付いた慣習とイメージしてもらうと良いかもしれません。
神道はこのような考え方をしているので、飛鳥時代に仏教が大陸から渡ってきた際も、“日々の中に仏教という分かりやすい概念が入ってきた”と非常に肯定的に捉えていたみたいです。
伊藤
繁忙期も少し違いますよね。
仏教はお盆と年末、お彼岸が忙しいですが、神道は年始が最も忙しいのでしょうか?
井上
神道の場合、最も忙しいのは秋ですね。
神道はお米を一番大切にしていて、稲作に対する信仰と言ってもいいくらいです。
お米が収穫できる秋は、新嘗祭や例大祭などの秋祭りを中心に催事が多い時期ですね。
中谷
ちなみに、僕の実家は仏教の浄土真宗ですが、浄土真宗では宗祖の親鸞聖人の命日とされる11月28日の前後に報恩講という大きな催しがあります。
*報恩講の日程は浄土真宗内の宗派によって異なる場合がある。
*西光寺の報恩講の様子(中谷)
伊藤
これは神社とお寺どちらでも共通かと思いますが、繁忙期には帰省して家業を手伝わないといけないので大変ですよね。
井上
そうですね、私も年に2~3回ほど会社が休みの日に帰省してご奉仕をしています。
私たちは年末年始もご奉仕やお勤めがあるので、一生年末年始に休みをもらえないというのがね…。
伊藤
そうですね(笑)昨年も除夜の鐘を108回つきました…。
*南陽院の山門の様子。大晦日はここで除夜の鐘をつく(伊藤)
キャリアと資格取得
伊藤
続いて、井上ルームチーフの経歴について伺ってもよろしいでしょうか?
井上
簡単に私の経歴をお伝えすると、2007年に乃村工藝社に入社して、そこから10年ほど東京本社に勤めた後、当時のジュニアローテーション制度を利用して期間限定で中部支店に転勤しました。
*ジュニアローテーション制度:本社と支店のデザイナーを入れ替えてレベルを高めることを目的とした制度。2~3年の期間限定で支店に転勤できる。
そこで2年ほど勤め、満期を迎えて本社に戻るというタイミングで、ちょうど仕事の区切りも良いので神職免許取得のための大学進学を決めました。
井上
そして、乃村工藝社に勤めながら受験勉強をして晴れて皇學館の専攻科(社会人コース)に入学しました。
基本的には4年制の大学なのですが、大学の基礎科目を取り終えていると就学期間が1年で済むので、そこに1年ほど通っていました。
伊藤
空間デザイナーとしてのキャリアを積んだ上で資格取得に向かったからこそ得られたものはありましたか?
井上
神道限定なのかもしれませんが、大学では班制度のようなものがあって、資格取得の期間中は常に彼らと共同生活をするのですが、そこで得られるものが多かったですね。
中谷
あ、このシステムは仏教にもありますね。
班員とは常に一緒にいるので、自分の生い立ちや考え方を話す機会がとても多いですよね。何より盛り上がりますし。
井上
そうですね。
私の班には高校を卒業してそのまま入学した若い子もいれば、退職後に入学されたシニアの方まで幅広い年代の方がいました。
私はちょうど年齢的に中間だったということもあって、20人ほどの班の班長、いわゆるクラス委員のようなものをやっていました。
*修了奉告祭の様子(井上)
デザイナーとしての10年分のキャリアと班長という立場があったからこそ、共同生活を通じて、班員から良い影響をもらうことができましたし、こちらからも良い影響を与えることができたのではないかなと思います。
空間デザインの視点から神社を見る
伊藤
その他にも空間デザイナーとしてのキャリアを活かして、在学中には授業をされていたと伺いました。
井上
はい、自分の経歴を生かし、皇學館在学中に「デザイン視点で神社境内に空間的な魅力を見つける」をテーマに授業をさせていただきました。
中谷
神社ってとても空間の魅力があふれていますよね。
井上
そうですね、シンメトリーや境内の領域性、奥行き感、シークエンスなど、挙げるときりがないですよね。
そして、そういった自分の勤める神社の空間的な魅力を神職が知っていると、神社の魅力をより一層参拝者に伝えることができるので、空間やデザインのスキルが神職にはあった方が良いと考え、授業を始めました。
*皇學館での授業の様子(井上)
伊藤
授業ではどのような課題を出されていたのですか?
井上
「祭をリデザインする」というお題で、普通の七五三ではなく、“そこにどのような空間体験があると七五三に来たくなるか”ということを考える課題を出しました。
中谷
やはり、神社でも集客性を高めるというのは重要な課題ですか?
井上
そうですね、伝統にのっとりながらも新しい価値を生み出していくことは必要だと思います。
特に地方の神社を中心に、最近は氏子(仏教でいう檀家)が減ってきているので、家業の収入だけで生活をするのは難しいですね。
実際に、私の父は設計事務所との兼業をしています。
私も将来的に同じ働き方をする可能性があるので、今のうちから将来を見据えて家業の魅力を発信することを意識しています。
最近だと、井上家が代々神主を務めている榊葉神社のHPを制作しました。
*榊葉神社HP。神社の由緒に加え、井上 が撮影した映像も掲載されている(井上)
中谷
え、この映像ってご自身で撮影・編集されているんですか…?外注ではなく…?
井上
はい、自分で撮りました(笑)。
デザイナーとしてのスキルはこういう部分でも活かせるので、今後家業を継ぐ上でもあって損はないと思います。
神社・お寺生まれという生い立ちはデザインに活きる?
中谷
今までに神社生まれという生い立ちが具体的にデザインとして活きたなと思うことはありましたか?
井上
うーん、ない…!
中谷
ないんですか(笑)
井上
正確に言うと、デザインとしては活きない。でも思想としては活きてくると思います。
中谷
それはコンセプトメイクの部分ですか?
井上
そうですね。
神職の免許を取得したことをきっかけに、星野リゾートさんの「界 出雲」という温泉旅館の計画に携わらせていただいたのですが、その時に活きたと思います。
井上
出雲地方は鉄の産地として有名で、タタラ製鉄が重要な産業となっていました。
そのエピソードを「界 出雲」でも伝えようとアートワークを製作しました。
製作にあたり日本刀などの原料となる「玉鋼」を製錬する際に排出される「ノロ」という不純物を含んだ鋼に着目しました。
ノロは純度が低く使い物にならないため、捨てられてしまうことが多いのですが、アートワークでは、玉鋼とともにノロを円形に散りばめることで、出雲の神話にもなっている夕陽に見立てています。
*「界 出雲」のエントランスに設えた玉鋼とノロのアートワーク
井上
このアートワークで伝えたかったことは、“玉鋼をつくる上で、人の勝手でこれだけのノロを捨てている。これも含めて人の営みである”ということでした。
そして、このメッセージの背景には、“身の回りのあらゆるものには神々が宿っているからこそ、それらに対する感謝や畏敬の念を持つことが大切である”という神道の考え方があります。
中谷
なるほど、アートワークにこめたメッセージに神道の考え方が反映されているのですね。
井上
はい、そしてこのアートワークをはじめとして、我々がデザインをする上で考えたことは、旅館のオペレーター全員にインプットをして、宿泊される方を案内する際に話してもらうようにしています。
伊藤
オペレーター全員に、ですか…?
井上
はい、オペレーター全員にインプットをすることで、彼ら一人一人が自分の言葉で空間とストーリーについて話せるようなオペレーションをしています。
そうすることで宿泊される方の知的好奇心が満たされ、彼らの満足度が非常に高まります。
そしてもしかすると、宿泊の翌日に玉鋼を扱う工房に見学に行くかもしれない、玉鋼のイベントに行くかもしれない、という具合に、出雲大社などの名所を訪れることだけが目的だった方の予定が良い意味で変わることを期待しています。
中谷
僕はまだそのような宿泊施設を体験したことがないのですが、美術館に訪れたようでとても楽しそうですね。
井上
ありがとうございます。
やはり表層的な話だけだと他との差別化も難しいですし、宿泊者の満足度も上がりません。
“分かってくれ”では空間デザインとして少々乱暴だと思っており、“伝える努力をする”、そこまで含めて商品だと思っています。
伊藤
「界 出雲」は、先日香港のSky Design Awards2024でシルバーを受賞されたと伺いましたが、そちらでもコンセプトメイクの部分が評価されたのでしょうか?
井上
そうですね、海外のアワードは意匠性だけでなくて、デザインに至る背景やストーリー、コンセプトといった部分も重要視されます。ですので、マテリアルの背景を汲み取ったアートワークも評価されたポイントの一つかと思っています。
神道の思想を学ぶ中で磨かれた、あらゆる物事の成り立ちをしっかり理解する、という素養をここではうまく発揮できたと思います。
井上
家業がバックボーンにあることで、家業と関連する仕事に関われる、ということももちろんあります。ただ、そのような直接的なレベルにとどまらず、家業があることによって磨かれた素養が乃村工藝社におけるアウトプットに深みをもたらしてくれていると思います。会社に還元されるナレッジという面から見ても家業というバックボーンはとてもユニークだと思います。
*「界 出雲」内観
社寺空間を再活用する上で重要なこと
中谷
現在、全国にお寺は約7.7万ありますが、そのうち約2割の1.7万が住職のいないお寺(空き寺・廃寺)であると言われています。
そんな中、空間的な魅力を活かして宿泊施設やカフェ、塾として利活用されている空き寺や廃寺が多く見られますが、社寺空間のポテンシャルをうまく活かすにはどのようなことが重要だと思いますか?
井上
後継ぎもいない、資本もない、でも守られている神社やお寺が全国的にたくさんあるというのが現状だと思います。
いざそれを再活用しようという時に、大規模かつ資本がない限り、社屋の再建だけではビジネスにつなげるのは難しいと思います。
中谷
そもそもつぶれかけている神社仏閣が再建のために大きな資本を落とすということが難しいですよね。
井上
そうですね、だからこそそこに違う価値をつくる必要があって、その一つとしてコミュニティ自体を再建することなどが挙げられます。
井上
町おこしや地域の活性化をする上での重要なポイントは、その地域に入り込んで、つながりを維持することだと思います。
特に地域との結びつきが強い社寺空間の再活用に対して、コミュニティの再建という視点から取り組むのであれば、その地域に家を所有して、住みながら働くというようなことが必要になってくるかと思います。
中谷
家を所有する…賃貸ではなく家を建てるということですか…?
井上
はい、家を建てることで、“家族と移住してそこで暮らす。それくらい決意をもってこの地域に来ている”という意思表示になるみたいですね。
実際に地方でコミュニティづくりをされている方々も実践されているそうで、個人的に素晴らしい取り組みだなと思っています。
一方で、コミュニティづくりにおいて当社は、東京などの遠方からコミュニティの意義を唱えることは得意なのですが、いざ地域内に入り込むとなると、 どうしてもフットワークが悪くなってしまうことがあります。
そのような働き方を受容する体力が当社には十分あるはずなので、今後そんな働き方ができると、仕事の幅が広がるのではないかと思います。
関連記事:人と人とのつながりづくりで、地域ににぎわいをもたらす場づくりを
神社・お寺生まれが期待するこれからの働き方は?
伊藤
最後になりますが、今後どのような働き方ができると良いと思いますか?
井上
私は、会社に所属したまま日本全国どんな場所でも働くことができる制度があると良いと思っています。
そんな制度ができると、家業に限らず子育てや介護など様々な理由で地元に居ながら働きたいという方にとって、より働きやすくなるのではないかと思います。
伊藤
たしかに、そういった制度ができると、社寺空間の再活用など、地域との結びつきが強い領域にもうまく入り込んでいけそうですね。
井上
そうですね、地元に居ながら働きたいという方たちが、それぞれの地元に住み、地域のコミュニティに入り込む ことで、つながりを増やし、新しい領域の仕事を開拓することができるかもしれません。
それは、地元に住み、そこで働くからこそ担える新たな役割だと思います。
このような考え方が浸透し、働く場所や社員一人一人が抱える事情に対して、会社がさらに寛容になると、 会社に勤める私たち、そして会社にとっても、より良い「働き方」になっていくのではないかなと思います。
伊藤
中谷さんはいかがでしょうか?
中谷
僕は現在入社2年目で、基本的には先輩や上長のもとで仕事をすることが多く、一人地元で働くということが上手く想像できませんが 、働く場所の主体が地元になるような働き方はとても面白いと思います。
今では在宅勤務が選択肢の一つとなっていて、ノートPCで働くことができる当社も、わずか5年前には、出社してデスクトップPCでの作業が普通だったと聞きました。
このような働き方の変化は、当社以外にもさまざまな会社で起こっていることだと思います。コロナ禍前後の数年で私たちの働き方がこれだけ変わっているのであれば、数年後には地元を拠点に会社で働くこともできるのかもしれない。
今後の働き方の変化にとても期待しています。
伊藤
今回の対談を通じて、神社・お寺生まれという特殊な境遇にある我々だけでなく、働く人誰しもが自分に合った働き方を期待しているのではないかと感じました。
そして、急速に働き方が多様化している今は、一人一人に合った働き方が叶い、結果的にそれが企業の利益になる、そんな働く側と企業側、双方にとってより良い働き方が実現するチャンスなのだと思います。
これからも働き方の変遷を追いかけつつ、その時々だからこそできる働き方について考えていきたいと思います。
お二人とも本日はありがとうございました。
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