食がつなぐ歴史文化妄想展示への入り口

稲垣 美麻
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稲垣 美麻

食や食をとりまく文化に興味があります。
そして常々、食文化は知的な興味を広げる入り口やきっかけとしてすごく良い素材だと思っております。
難しいことを学ばなくても、いきなり深いレベルの文化や歴史に到達して、想像しなかった世界を見せてくれることがあると思うのです。そしてそれは、展示化するテーマに適しているのではないかと思っています。

食文化は誰にでも開いた興味の入り口

私が、興味を広げる入り口としていいなと思うのは、食は身近な行為なので、おいしそうとか、まずそうとか、食べたことないとか、個人的な感想が生まれやすい、という敷居の低さです。
更に、あまり難しいことを言わなくても、わりと一般的な知識でその土地の地形と、地質と、気候と、植生と、生き物と、民俗と、歴史と、産業と、行事と、人の気質と・・・ダイレクトにつながりやすい。かつ、「料理」や「料理作りの場」という具体的なものがあるので、複数のジャンルの融合が無理なく理解できるのではないかと思うのです。
・・・ちょっと食を贔屓目に見すぎているかもしれませんが。

敷居が低いのに文化の広がりと統合感が味わえる食文化の世界を、展示として表現したいというのが、ここ何年か思い続けているテーマです。全ての展示が食文化から始まってもいいのではないかと思うくらいです。

オススメつながり食「すんき漬け」

個人的な経験の中で、食のつながりをとても実感したのが、「すんき漬け」づくりでした。
というわけで、すんき漬けづくりを例に食文化つながりをひも解いてみようと思います。

早速ですが、これがすんき漬けです。

見た目は、よく漬かった野沢菜漬けって感じでしょうか。
長野県の木曽あたりで昔から作っている葉っぱ系漬物です。

塩を使わない葉っぱの漬け物

最大の特徴は塩を使わないこと。
塩を使わない保存の方法はいろいろありますが、葉っぱ物の保存はまずは塩漬けなのではないかと思います。
昔は他の地域にもあったようですが、今は木曽地域だけらしい。木曽あたりは海から遠く離れたエリアで、昔は“米は貸しても塩は貸すな”と言われたほど塩は貴重品だったそうです。海なし県と揶揄される長野県の有名な野沢菜漬けだって塩漬け。海なし県の中でもさらに山が険しくて雪が多い木曽エリアの隔絶感がしのばれます。
塩を使わずどうするかというと、植物性乳酸菌で発酵させて保存します。その特殊な作り方もあり、食の世界遺産「味の箱舟」プロジェクト(https://www.slowfood-nippon.jp/ark-of-taste)に認定されています(正式には一緒に作る「木曽赤かぶ」が認定名称です)。
味は、まろやかな酸味と独特の発酵風味があります。この発酵風味が何にも代えがたいもので、わたくしがはまっているところであります。
初めて食べると、うまみが薄く肩透かしにあったような感じを受けるかもしれません。かつお節や醤油をかけることも多いようです。油ともよく合います。カレーのつけ合わせがまたいいのです。福神漬け的な。あったかいおそばに入れてもおいしいです。木曽から松本あたりでは、すんきが漬かった頃に「すんきそば」ののぼりが立ちます。
地元の方々は、そのままでおいしいといいます。私も最近は特にそう思います。

乳酸発酵させるすんき漬け作り方

塩を使わずにどうやって漬け物にするのか、どうしても気になり、すんき漬けを分けてくれていた木曽郡王滝村出身の同僚、Fさんのご実家に押しかけ、作り方を教えてもらうことにしたのが、2年ほど前のことです。

F家のすんき漬けは、
●すんき菜の葉っぱ
●2つの“タネ”
●熱湯
で作ります。

大まかにいうと、乳酸菌が入ったタネと一緒に保温して発酵させて作ります。ヨーグルトづくりに似ていますね。

作り方の前に材料のご説明を。

ここはF家のすんき菜の畑。すんき菜はこんな葉っぱです。

そして、見にくいですが、収穫したすんき菜です。

赤いカブがついています。葉っぱはすんき漬け、カブは赤かぶ漬けにします。赤かぶ漬けは甘酸っぱくてカブの辛みが程よくて、こちらもおいしいです。

F家の赤かぶ漬け。きれいなピンクですねー。酢漬けにすると全体に色が付きます。

ちなみに、F家で栽培しているのは正式には「王滝蕪」。木曽のすんき菜とほぼ同じようですが、種は別けられているらしいです。王滝固有種。

次にタネ。

去年のすんき漬けを干したもの。熱湯で戻しています。これが“タネ1”。

1週間前に漬けたすんき漬け。これが“タネ2”。

F家の母と娘が“タネ2”の桶から漬け液とすんき菜を取り分けています。

白いボールに入っているのが漬け液。新鮮なものは赤かぶと同じきれいなピンク色なのです。
この写真のポイントはもう一つ。F家のお母さんが着ている南木曽名物「南木曽ねこ」。
いろりで作業していた頃の背中用の暖房着。袖がなくて作業性がいいのと、おしりまでサポートしているところがウリです。いろりを囲んでいた木曽エリアの暮らしに根差した衣料です。ねこを背負った女性たちが集まると何とも言えずかわいいです。

そしてペットボトルにはいっているのが タネ2の“スペシャル版”。

王滝村ですんきがおいしいと評判のお宅の漬け液。
F家のお母さんがもらってきたものです。いろいろな菌が混ざるほうがいいとのこと。
すごい秘密を知ってしまった感じです。この日一番の興奮どころでした。

では、漬け方をご説明します。

葉っぱをきれいに水洗いしてから、一つかみくらいずつ束ねておきます。

水濡れ完全防備です。

傍らで、F家のお父さんが大釜にお湯の準備中。

王滝村には何でもあるのですねー。  

お湯が沸いたら、一束ずつ大釜で湯がきます。

まずは根っこから。葉っぱまで入れて全部で15秒くらい。サッと湯にくぐらせる感じです。

湯がいた葉っぱは、そのまま桶にドバッ。

その上に、1週間前に漬けたすんきを入れます。

後ろに“スペシャル版タネ”が控えております。  

さらに、タネ1の干しすんきも重ねます。・・・というのを繰り返します。

“スペシャル版タネ”入りますー。

桶がいっぱいになったら、最後に熱湯をザバァ~。

私的“おーっ”の瞬間。葉っぱ系保存に熱は禁物な気がしていましたが、アツアツです。 

玄関先に移動して、ビニールのカバーをかけます。

桶は水分で満たされているので相当重いです。台車がないと大変です。  

熱が逃げないよう、布でくるんで漬け込み完了です。

1週間くらいで食べられます。
そして、また来年用のタネになるのです・・・。  

漬け物から見える霊山を支えたひとネットワーク

すんき漬けの作り方からは、とにかくタネが命ということを感じました。そして、タネをそろえるには、1週間前、1年前からの準備と、老舗うなぎ屋のタレのようにタネを継ぎ足し続けてきた王滝村の人々の営みが不可欠なのですね。すんき漬けを教えてもらったこの日、F家のお母さんに連れられて村内の女性と話す機会が何度かありましたが、どこへ行っても王滝蕪の成長具合や収穫量、漬け方・・・と、すんき漬け&赤かぶ漬けの話題で持ちきりでした。王滝女子ネットワークなくしてすんきなし、を実感したものです。

ところで王滝村は、修験道の霊山として名高い御嶽山のおひざ元です。御嶽山登山口が村にあり、御嶽信仰の信者さんのための宿舎がいくつかあります。信者さん登山のピーク時には村中で宿舎を手伝うということが行われてきたようです。
信仰を支えてきた村が長年にわたって培ったネットワークが、おいしいすんきのタネを絶やすことなく育て、王滝蕪の種も守ってきたのではないかという気がしました。

噴煙をあげる御嶽山です。  

妄想宇宙でつながるピクルスロード

ここからは私の仮説、というか現状はただの妄想。

すんきがいつ、どういう経緯で作られ始めたか、はっきりとわからないようですが、御嶽登山を普及させた普寛行者という方の法事で出されたという150年前の記録があるそうです。家庭料理はあまり記録に残されない気がして、どちらかというと、行者さんが作る精進料理的な位置づけが強かったかもしれないと思いました。
また、語感が似ている京都の「すぐき」は塩漬けですが、カブ菜の系統の葉っぱを乳酸菌発酵させるので味も似ているし、別物と思えない。元々は上賀茂神社に仕える社家で作っていたものだそうで、ここにも宗教との関わりが。さらにさらに、ネパールには「グンドルック」というすんきと類似した漬物があるそうです。仏教の聖地でもある山岳国ネパールと木曽の間には、漬け物がたどった道があるのかも。

妄想が暴走して・・・

考えてみると、目に見えない菌を人の手でコントロールするのは結構難しいことで、腐らせずにおいしいすんき漬けを作るのは、わりと専門的な技術だったのかもしれません。なので宗教のような高度な知識体系を持つ組織の中で育まれたのかも。そんなことを考えるもう一つの理由は、赤かぶ漬けの存在です。すんき漬けは赤かぶ漬けとセットで、同じタイミングで作ります。不思議だったのは、赤かぶ漬けは山形や青森、秋田、新潟、飛騨高山、滋賀など日本各地にあるのに、すんき漬けが現在伝わっているのは、木曽地域だけということです。なぜ木曽だけなのか理由はいくつかあると思いますが、そこに信仰に裏付けされたひとネットワークがあるのかもしれないと思ったのです。
さらに、修験道の行者さんたちは植物の薬効や病気治療の知識も高いのですよね。すんき漬けの作り方にも薬づくりの技術が生きているとか・・・。そういえば、最近すんき漬けは健康食品としての効能の高さが注目されています。免疫が上がって花粉症の症状が緩和されるとか・・・。行者さんたちは知っていたのかも・・・。

葉っぱの漬物から、王滝村の歴史を越えて、修験道の世界や遠くネパールに行ったものが、気がつくと現代に戻ってきている・・・、時空を超えるピクルスロード、その爽快感が体感できる展示をつくりたいなと夢想しています。

※ F家からの追加情報では、王滝蕪のルーツは秋田→東南アジアという研究があるそうです。  ムムム。秋田といえば鳥海山という修験道の有名な山がありますね。

 

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稲垣 美麻

稲垣 美麻

フード&風土系
本当は生き物も好き

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