“生きる楽しみ”研究所より

長谷川 里江
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長谷川 里江

“生きる楽しみ”研究所 事始め

はじめまして。”生きる楽しみ“研究所の長谷川です。

研究所といっても、今のところ所員は私一人。昨年定年を迎えて雇用延長に入ったこともあり、これからの自分自身の活動指針として立ててみたものです。乃村工藝社の仕事は「歓びと感動を提供する空間をつくり、そして活かす」ことですが、私自身の歓びや感動の素は年を重ねると共に少し変わってきています。認知症の母のこと、定年を迎えた自分自身の今後を考えると生活や消費行動も縮小路線、攻めから守りのスタイルに。DCブランドブームやバブル期も体験しショッピングの楽しさも理解している世代ですが、目下の課題は断捨離。一枚の写真を見て旅にも出ていましたが、今は専らアームチェアトラベラー、といった具合です。このように30年前には想像できなかった自分に自分でも戸惑いますが、新しい仕事に仲間と取り組むことは変わらず喜びです。
自分の芯にある大事にしたい歓びや感動の素や、それらを他者と交換・共有することで生まれる発見をプランニングにも活かせないか。そんな気持ちを“生きる楽しみ”という言葉に託してみました。「朝の陽ざしが気持ちよい」「大勢の人と一緒に花火を見上げて心が震える」「新しいアプリで世界と繋がった」等々、“生きる楽しみ”は様々な場所に存在します。

乃村工藝社は明治期の菊人形の演出から始まり、1954年に第一回の東京モーターショーを手掛けて以降、国内外の見本市ブースを受注、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)ではテーマ館、政府館ほか主要パビリオンを担当し、ディスプレイ業界のまとめ役として現在まで歩んできました。イベントや博物館、ショールーム、商業施設や遊園地など、集客人数でその価値が測られてきた仕事が多く、その歩みは各時代の日本人の「見たい」「欲しい」「体験したい」という欲望にリアルな空間づくりで応えてきた歴史かもしれません。どちらかというと、元気な人がさらに元気になる祝祭的な非日常の世界が得意分野だったと思います。
次の時代に叶える欲望は何でしょう?日本の未来年表には少子、超高齢社会、人口減、という文字が赤字で点滅していて、欲望でなく不安をあおるビジネスが目立ちます。また実際、災害やウィルスなどの脅威も現実にあります。一方で表面的には日常も祝祭空間化しているという現在、求められているのは心の安定や共感かもしれません。各人の“生きる楽しみ”の共有が、相互理解や新しい繋がりへの入り口となることを期待しています。

“生きる楽しみ”研究所では、楽しみ採集を軸に以下のような方針で活動していきたいと考えています。(あくまでも現時点での考えです。)

“生きる楽しみ”研究所 活動方針

►対象について 【場】
リアルな場(空間)を主な研究対象としますが、バーチャル空間やネット上のコミュニケーション体験も含めて考えます。また20世紀の空間デザインは視覚偏重でしたが、触覚、嗅覚、味覚等の感覚にも目配りします。

►視点について 【人】
集客施設のターゲットの大勢を占めていた、好奇心旺盛な元気な人々だけでなく、これまで特別なケアが必要とされてきた人々も含めた全ての“生きる人々”の視点を大事にします。

►研究活動

1.“生きる楽しみ”採集
 “生きる楽しみ”事例を幅広く収集。

2.“生きる楽しみ”評価軸の検討
 採集した事例から共通項を抽出し、これまでの集客数や売上だけでない、次の創造に結びつけるための評価軸を設定。

3.“生きる楽しみ”提案
 “生きる楽しみ”が生まれる場や仕組みを考える。実際につくってみる。

採集事例
大きく風呂敷を広げてしまいましたが、体験と対話を重ねて進めていきたいと思います。現時点での採集事例を少しご紹介します。

■活動&施設:ダイアローグ・イン・ザ・ダーク
 視覚障害者の案内により、完全に光を遮断した”純度100%の暗闇”の中で、視覚以外の様々な感覚やコミュニケーションを楽しむドイツ発のソーシャル・エンターテイメント。これまで世界41カ国以上で開催され、800万人を超える人々が体験。日本では1999年の初開催以降、これまで22万人以上が体験している。2020年には日本初のダイバーシティのミュージアム(仮称「対話の森」ミュージアムを開設予定。言葉の壁や世代の壁を超えた体験も計画されており、さまざまな違いを超え、対等な対話を体感できるプラットホームとなる。
事業主体:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ
参照:ダイアログ・イン・ザ・ダークWEBサイト:https://did.dialogue.or.jp/

10年以上前の体験ですが、暗闇の中で生き生きと案内してくれたナビゲーターの姿(気配)は忘れることが出来ません。視覚だけでなく、聴覚や年齢の壁を超えた体験の場も実現するとのこと。どのような空間で、どのような手法で、対話をナビゲートされるのか、とても楽しみです。

■書籍:『目の見えない人は世界をどうみているか』 伊藤亜紗著 
光文社新書 2015年4月刊
私たちが最も頼っている視覚という感覚を取り除いてみると、身体は、そして世界の捉え方はどうなるのか―?美学と現代アートを専門とする著者が、視覚障害者の空間認識、感覚の使い方、体の使い方、コミュニケーションの仕方、生きるための戦略としてのユーモアなどを分析。目の見えない人の「見方」に迫りながら、「見る」ことそのものを問い直す。
光文社 書籍紹介より抜粋
参照:株式会社光文社WEBサイト:https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334038540

文中にある、全盲の方の「そっちの世界も面白いね」という言葉に著者と同様、衝撃を受けました。年齢を重ねると視覚障害は誰にでも起こりうる変化。面白い世界と思えるようになれるかは別として、各々の身体について知ることは相互理解と自分の未来予測に必要なことだと思います。

■活動:耳で聴かない音楽会
聴覚障害や普段オーケストラに馴染みのない方々にも音楽の楽しさを届ける、テクノロジーを活用した「身体で聴くコンサート」。音楽ジャンルが増えたことでオーケストラ離れが進んでいる状況を変えるべく企画された。2018年スタート。
主催:公益財団法人日本フィルハーモニー交響楽団
参照:公益財団法人日本フィルハーモニー交響楽団 WEBサイト:https://www.japanphil.or.jp/concert/23719

日本フィルハーモニー交響楽団がメディアアーティストの落合陽一と取り組んでいる、「聴く」ことそのものに着目した「アップデートされたオーケストラ体験」。音を色と振動に変換して体感できる装置や観客参加型の演目、映像と音楽とのコラボレーションなど、演奏会ごとに趣向を変えて準備されています。音楽とは何か、そもそも聞くこととは何かを楽しみながら考えさせる機会になったようです。
*本記事で掲載している展示会およびリンク先のウェブサイトの情報は、当ページ作成時点のものです。
 変更されることがありますので、ご了承ください。

大学では住宅について考え、就職活動の中で初めてディスプレイという世界に出逢いました。小学校の時に体験した大阪万博の会場を手掛けた会社だったと知ったのは入社後です。万博の3年前、1967年に乃村工藝社が出した新聞広告ではディスプレイを「家庭や商店や公共施設を美しく楽しく装い、それに接する人々と暖かい会話をかわす技術です」と紹介しています。料理の盛り付けや花瓶の置き場所を選ぶのもディスプレイ。一方で万博ではディスプレイ技術が、ことばの壁を超えて世界の目を楽しませると宣言もしています。幅広いディスプレイの世界を、私自身も仕事でも毎日の生活でも随分楽しませていただきました。“生きる楽しさ”を考えることは、ディスプレイの世界とも元々繋がっているようです。

老いという未知の世界への冒険の門口に立って、怖さとワクワク感を感じています。“生きる楽しさ”を相棒に出発したいと思います。ディスプレイの世界では受け手がいることを常に想定していますが、“生きる楽しさ”も「共にある」ことでより大きくなります。共有と交換をどうぞお願い致します。
(楽しみ発見能力は人生100年時代、健康寿命の維持にも役立ちそうです。)

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長谷川 里江

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プランナー
明るい明日へ、伴走します。

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