スポーツエンターテイメント空間の可能性とその未来(後編)

安田 哲郎
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安田 哲郎

前編ではスポーツエンターテイメント空間の変化について整理、考察しましたが、後編ではもう少し掘り下げて、「スポーツエンターテイメント空間2.0時代」の施設づくりに必要な要素について考察していきます。

※「スポーツエンターテイメント空間2.0時代」の定義
単なる専用球技場ではなく、敷地全体にあらゆる集客機能を複合することで、非試合日・非イベント時にも集客可能なスタジアムパーク(サッカー)/ボールパーク(野球)として施設全体の目的性を向上させる。欧米で生まれたスタジアムパーク(サッカー)/ボールパーク(野球)に対し、日本でこの考え方をさらに進化させる計画が増加しており、本コラムではこの集客機能の複合化の流れを「スポーツエンターテイメント空間2.0時代」と定義する。

「スポーツエンターテイメント空間2.0時代」に求められる要素とは?

消費者の嗜好の変化がスポーツエンターテイメント空間に与える影響

「スポーツエンターテイメント空間2.0時代」は、日本においてスポーツエンターテイメント空間や施設づくりが変わってきている状態を表現した言葉です。そして、この根底にある要因は消費者の興行に対する楽しみ方の変化ではないでしょうか。

それはつまり、

WHAT(何を楽しむか)から、HOW(どのように楽しむか)への変化

であると私は考えています。

興行はわざわざお金と時間と手間をかけて行くものです。
ゆえに、そのスポーツチームがとても好きだったり、そのアーティストの大ファンだったりするコアなファン層が存在することが前提となります。
しかし、消費者の嗜好の変化により、それだけでは興行として成り立たない時代に入ってきたと感じます。

かつてのスポーツ界は今よりも人気チームと不人気チームがはっきりしており、人気チームには自然と多くの来場者が集まりました。また音楽シーンにおいても、かつてはミリオンヒットのCDが年間何十曲も生まれ、世代を超えて集客できるアーティストが毎年登場するような時代がありました。

しかし、現在は消費者の嗜好が多様化しています。
スポーツにおいては、地域密着の営業努力により人気チームが分散する傾向にありますし、音楽においては、ストリーミング配信を主軸としたアーティストやオンラインコンテンツの充実等、消費者の選択肢が広がっています。

このような時代においては、嗜好の多様化によってスポーツや音楽の楽しみ方も広がっており、リアルな場での試合やライブにおいても、コアファン層だけをターゲットとした興行の作り方だけではなく、家族や友人等を誘ってグループで来たくなるようなライトファン層向けの集客施策を提供していく必要があります。

ここで重要なのは、ライトファン層はコアファン層と比較して、
「興行対象のためにいくらお金や手間をかけてもいい」という人達ではないため、
「単純に楽しい時間を過ごしたい」ということに比重を置く傾向にあるということです。

そのため、興行主としてもWHAT(何を楽しむか)から、HOW(どのように楽しむか)を提供していくという発想が必要になってきます。

それは、誰と行くのか、どの時間帯に行くのか、どんな楽しみができるかといったことで、例えば、春の昼間に家族でスポーツの試合を観戦して、そのまま敷地内でBBQをするとか、夏の夜に友達とライブに行ってそのまま花火を見ながらお酒を飲む等、エンターテイメントを絡めた時間の過ごし方を提案するということだと思います。

少し前段が長くなってしまいましたが、ここからは上記のような消費者の嗜好の変化に応じた
「2.0時代」の施設づくりについて、①周辺環境、②来場者、③バックヤードという3つの視点で考察しようと思います。

「スポーツエンターテイメント空間2.0時代」の必須要素①

#周辺環境とつながるオープンな施設

まず1つ目の視点は周辺環境です。

こちらは「周辺環境とつながるオープンな施設」というキーワードが重要になります。
これは今までのように施設単体で完結するのではなく、もっと外に開いていくべきという考え方がベースになっています。
周辺環境とのつながりとは、周辺の自然や施設と連携するという意味もありますし、地域のコンテンツを採り入れていくという意味も含みます。

何故ならば、「HOW(どのように楽しむか)」という考え方に基づいた時に、その興行前後にどのように時間を過ごせるかがとても重要だからです。

興行前に会場の近くで遊んだり、身体を動かしたり、買い物をしたり、または興行後にそのまま食事をしたり、別のレジャーを楽しんだりというようなことが出来れば、興行中の2~3時間の滞在だけでなく、半日、1日といった形で滞在時間が伸びていきます。滞在時間が伸びればその分消費する金額も大きくなり、周辺地域への経済的な波及効果も生まれます。これは決して大都市だけの話ではなく、地方都市にも当てはまります。

これからますます日本は人口減少が進み、地域の賑わいづくりがより難しくなっていきます。
しかし、スポーツエンターテイメントは地域内の人々の心の拠りどころとなるとともに、地域外の人々を呼び寄せ、消費を生む力があります。

したがって、地域の人や観光客に対してエンターテイメントを絡めた時間の過ごし方を提案できれば、それがスポーツエンターテイメントを核とした集客装置となります。そしてそのような試みを行うためには、企業と自治体がタッグを組んで開発していくビジョンがより大切になってくると思いますし、そのような施設が選ばれていくのだと思います。

「スポーツエンターテイメント空間2.0時代」の必須要素②

#来場者の体験価値を向上させる施設

2つ目の視点は来場者です。

こちらは「来場者の体験価値を向上させる施設」というキーワードが重要になります。
これはただイベントを観る(Watch)空間から複合的な体験性(Experience)を提供する空間への変化をより求められてきているという考え方がベースになっています。

コロナ禍を契機にスポーツエンターテイメントの世界でもDXの波がやってきました。オンラインでの配信やデジタル課金コンテンツは一般的になり、無観客の配信イベントも珍しくなくなりました。今後さらに5Gが普及すれば観覧スタイルはより進化していき、リアルとバーチャルの境界は無くなっていくと予想されます。

そんな時代においては、わざわざリアルな会場に行きたくなる目的が必要になります。
そこで重要になってくるのが空間とデジタル技術で来場者の体験価値を向上させる施設づくりとマネタイズ施策です。会場に行かないと体験できないことや体験できない時間をいかに提供するかが鍵になり、そこにマネタイズのチャンスが生まれます。逆に変化に対応できない施設は中長期的に淘汰されていくのではないかと思います。

「スポーツエンターテイメント空間2.0時代」の必須要素③

#バックヤードのホスピタリティを充実させた施設

最後の視点はバックヤードです。

こちらは「バックヤードのホスピタリティを充実させた施設」というキーワードが重要になります。
一見、バックヤードのホスピタリティの充実は「2.0時代」の変化に関係ないように思えますが、バックヤードが充実している施設は良い興行主に選ばれ、結果的に集客力のあるイベントを提供できるという利点があります。

一般的にバックヤードと呼ばれる裏側のエリアには来場者は立ち入らないため、国内施設においては必要最低限の機能を満たしていれば、必要以上に空間を豪華に設えることはあまりありません。(例えば、スポーツ選手が利用するバックヤードエリアはロッカールーム、食堂、トレーニングルーム、リラックス施設等であり、アーティストにとっては楽屋、スタッフ控室等。)

しかし、海外の有名スポーツエンターテイメント施設はバックヤードへの投資がホームチームの勝率を向上させたり、著名な興行主やスーパーアーティストに選ばれたりする要因となるという考え方を実践しており、日本より豪華な空間になっている事例が多いです。

バックヤードにどこまで投資するかはコストと効果のバランスもあるので一概に良し悪しは言えませんが、昨今の国内施設の計画においては担当者が海外視察をして良い部分を採り入れる傾向が強まっているため、今後日本でもバックヤードに対するホスピタリティを充実させるという考え方がスタンダードになっていくかも知れません。

スポーツエンターテイメント空間の未来をつくりたい!

ボールパーク・アリーナ空間の可能性を拡げる

ここまでスポーツエンターテイメント空間が今後進んでいく方向について考察してきました。
前編の冒頭でも記述したように、新しいフェーズに入った「2.0時代」においては、スタジアムもアリーナも空間をどんどん進化させられる大きな可能性を秘めていると感じていますし、この分野は日本において有望な成長分野だと信じています。

「2.0時代」が始まりつつある今、もともとスポーツが大好きだった自分が、スポーツエンターテイメント空間の未来をつくるという仕事に携われていることはこの上ない幸せですし、空間づくりのプランナーとしてこの分野を開拓していきたいと思っています。

近い将来自分が携わったスポーツエンターテイメント施設で多くの観客が熱狂していることを楽しみに空間プランニングをしていきたいです。

最後までお読み頂きありがとうございました。

2021/02/26現在

スポーツエンターテイメント空間の事例

乃村工藝社が企画設計に関わった「北海道ボールパークFビレッジ」とは?

「世界がまだ見ぬボールパーク」の誕生
北海道ボールパークFビレッジは、北海道日本ハムファイターズの新球場を含めた、約32ヘクタールの広大な敷地面積の中に、自然と共存する次世代ライブエンターテイメントや心身を育むウェルネスソリューション、文化交流が活発な街づくりを目指す、新しいクリエイティブなコミュニティスペースです。球場内には、世界初の“フィールドを一望できる球場内天然温泉とサウナ”や、日本初のフィールドが一望できる球場内ホテル、ミュージアムなどの施設が揃い、通年で楽しめる革新的な球場となっています。乃村工藝社がプレミアムエリア内やスタジアムの空間づくりを手掛け、ウェルカムモニュメントや農業学習施設のプロジェクトマネジメントも行っています。地域社会の活性化や社会貢献につながる共同創造空間として期待されています。

この革新的な観戦スタイルを提供できる北海道ボールパークFビレッジはイノベーショナルな施設として今後ますます話題になっていくことでしょう。

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